【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?

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 今日も疲れた。

 すっかり夜が更け、空には月が輝いている。
 そんな月を見る余裕も無く、気力だけで歩いていた。

 本条翠は会社の帰りにいつも寄る場所が有った。
 こんな夜更け、深夜零時を過ぎてもやっている有り難い喫茶店だ。
 そこで飲む一杯のホットココアが好きで、足繁く通っている。

 ああ、今日もやっていてくれた。

 路地裏の解りにくい場所。
 そこを見つける事を出来たのは幸福と言うものにとんと見放されている自分に舞い降りた唯一の幸福だった。


 カランカランと音を出して自分の来訪を知らせるドアを開ければ、こんな路地裏の喫茶店には似つかわしく無い上品で優しい笑みを浮かべる美人の店主が出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ本条さん。ホットココアですね?」
「はい、ホットココアをお願いします」

 椅子に腰掛け、綺麗な店主を見つめる。
 笑顔が可愛い。

 あぁ、和む。 

 此処に来て店主の顔を見ながら甘いホットココアを飲むのが堪らないのだ。
 不眠症に長年悩まされていたが、ここのホットココアを飲んで帰ると熟睡できる。

 不思議だ。

 市販のココアを飲んだってそんな事は無いのに。



 翠は所謂、裏の世界の人間である。
 子供の頃に親に捨てられ、孤児院で育った。
 一人で生きていくにはそう言う世界に足を踏み込むしか無かったのだ。  
 喧嘩や抗争、借金の取り立て等で殴る蹴るの暴行から、刃物で脅すなんて事もしばしばだし、逆も有る。
 この路地裏の喫茶店を見つけたのだって、敵に追われて逃げ込んだのがたまたまこの路地裏で、逃げ疲れて何の気なしには入ったのだ。
 珈琲を一杯頼んだのだが、何故かこの店主が出したのは甘いホットココア。
 ブラック珈琲だと思って飲んだらビックリしたし、思わず
「テメエふざけてんのか舐めやがって!」
みたいな事を言って凄い睨みを利かせてしまったと思う。
 自分はどうも三白眼で目付きが悪く、人相が良くない。
 こんな顔で睨まれたら大抵の人はビビるし、半分ぐらいは股間を濡らす。
 だが、ここの店主はニコニコと微笑みながら
「体が冷えている様でしたので、これは私からのサービスです」
 と、ブラック珈琲も出してくれた。 
 俺はそんな風に笑いかけられた事無かったから、更に驚いてしまった。
 だって皆、怖い、気味が悪い、愛想が無いと煙たがられ、嫌な顔をされる。
 本当に人の笑顔なんて初めて見たと思った。
 心が温かくなったのはホットココアのお陰だけじゃない気がした。

 それからというもの、翠はここの店主の笑顔とホットココアが気に入り、毎日の様に訪てしまうのだ。
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