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17話

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 馬車に乗り込んだジェレーノは、ハンカチを濡らして唇を拭く。
 心にもない出任せと言えど、愛しとアンリーヌを揶揄する様なセリフを吐かなければならず、精神的に疲れた。
 罪悪感で胸も苦しい。
 しかも、彼女ではない他の女を口説いてしまった。
 ごめんよアンリーヌ。
 これも君の為なんだ。
 キャメリアを調べさせたジェレーノは彼女の危険な正体について報告を受けていた。
 色々問題が有り、全くもって不徳の致すところでは有るが、今は手出しができないのだ。
 大事なアンリーヌを守るにはこうする他、ジェレーノには手が無い状態である。
 好きでも無い女性に歯の浮くような事を言わなければ成らないのは頭が痛いし、気持ち悪い。

 もう嫌だ。
 泣きたくなってきた。
 でもアンリーヌ為なんだ。

 頑張れ僕!!

 ジェレーノは自分を鼓舞しつつ、帰路を急いだ。

 何かするつもりは無いけれど、アンリーヌが城で待っている。
 そう思うと気分も少しは晴れるのだ。




 城に戻ったジェレーノは、アンリーヌの待つ客室に向かった。
 後はただ彼女を家に送り届けるだけなのだけど……

「ジェレーノ王子、お帰りなさいませ」
「アンリーヌはどうしたの?」

 客室からちょうど出て来た侍女が頭を下げる。

「アロママッサージが気持ちよかったのか、今寝てしまいました」
「寝ちゃったの?」
 
 アンリーヌが?
 人の家で??

「珍しいですよね。私もアンリーヌ様の寝顔は初めて見ました」

 侍女はアンリーヌが来るといつも相手をさせている御馴染みの侍女だ。

「そう、じゃあ泊まって貰おうかな」
「王子、夜這いをかけるなら今ですよ」
「君、明日から来なくて良いよ」
「冗談ですよ」

 フフフっと笑う侍女。  
 まぁ、僕も冗談なんだけど。

「寝顔を見るぐらいなら良いかな」
「何を未来の妻に怖気付いてるんです」
「未来の妻だけど、今は妻では無いよ」
「世間一般的には婚約を結んだら体の関係も結ぶもんですよ。キスの一つもしないなんてどうかしてますよ」
「本当に君ね。明日から来なくて良いよ」

 ムスッとするジェレーノ。
 この侍女はジェレーノが物心ついた時から側で面倒を見てくれている侍女であるので気安い関係なのだが、たまに下品過ぎると思うジェレーノだ。

「ちょっと見てくる。僕が彼女に変な事をしないように見張ってて」
「はいはい」

 ジェレーノはドキドキしつつ客室に入るのだった。
 侍女はやれやれである。
 文武両道のジェレーノだが、奥手すぎるのがたまにキズだ。
 まぁ、そんな所が王子の可愛らしさでも有るのだけど。


 部屋に入り、ベッドに向かうジェレーノ。

「わぁ」

 本当に寝ている。
 可愛い。

 寝顔のアンリーヌはいつもより幼く見えた。
 
「可愛いなぁ。あぁ、本当に可愛いなぁ。かわいすぎるよね。地上に舞い降りた天使だよ」 
 
 アンリーヌの寝顔に感動してしまうジェレーノ。

「そういう事は本人が起きている時に言うんですよ」
「気持ち悪すぎるて引かれちゃうよ」

 こんな事言ったらアンリーヌに煙たがれてしまうじゃないか。

「でも本当に可愛い。アンリーヌ、愛してるよ。僕の唯一愛する人は君しか居ないんだ。あぁアンリーヌ好きだよアンリーヌ」

 ついつい手を取って口付けしてしまうジェレーノ。
 無意識であるが、さっきの口直しもしたかったのだ。

「ほら王子、落ちついて下さいアンリーヌ様が目を覚まします」

 慌ててジェレーノの手を叩く侍女。

「おお、僕とした事が」

 アンリーヌが寝ているからと言って気分が高揚し過ぎてしまった。
 さっきの反動が出てしまったのだろう。

「ん、んん~~……」

 流石のアンリーヌも起きてしまったらしく、声を漏らし、目が動く。
 うっすら、目が開いたが、まだ頭は動いて無さそうだ。

「王子?」

 ジェレーノを見つめて呟くアンリーヌ。

「起こしてしまったかい? ごめんよ。今日は、泊まって行くと良い」
「はい…… おかえりなさい王子」

 ニコッと微笑むアンリーヌは、本当に眠いのか、また寝てしまった。
 ジェレーノはあまりの事に、暫くそこを動けず、アンリーヌをただただ見つめ続けるのだった。

「ただいまアンリーヌ。おやすみ」

 そう囁くのが精一杯だ。
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