ハロウィンの吸血鬼

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 まさか吸血鬼族だったとは。
 貧血だと思ったのはあながち間違えでは無かったらしい。
 あの歳まで吸血鬼族と気づかず生き抜くのは珍しいな。
 血が薄いのか、それとも何か特別なのか。
 吸血鬼族の彼が栄養失調で倒れたのは仕事のしすぎとは関係ないと思うが、彼が不正に残業させられている事に気づかなかったのはやはり俺の落ち度に思う。
 彼を責めてしまうのもお門違いであった。
 あまりに彼が自分自身に無頓着過ぎてツイ。
 とにかく、事実確認と証拠を集めて彼の上司は降格処分が妥当だろう。
 上司の空いた席に山田くんに入って貰うか?
 しかし、飲み会にハブられる課にそのま置いておくと言うのもどうなのだろうか。
 彼も気まずいだろう。  
 移動させるか。
 どうするかな。
 
「やぁ、貴臣。今晩は。私と言うものが有りながら他所の吸血鬼に会いにいくなんて酷いんじゃないかなぁ」
「紫雨(しう)退いてくれ。車に乗りたい」

 俺の車のドアに寄りかかりながら待っていましたと手を挙げるのは吸血鬼族の長らしい知り合いの吸血鬼だ。
 さっきの声がコイツの付き人に似ていたが、やっぱりそうだったらしい。
 コイツも吸血鬼族を漏らすとは怠慢である。
 吸血鬼族は珍しいし、保護するに値する血族である。
 コイツが山田くんを見落としていたから彼は倒れて救急車に運ばれる羽目になったのである。

「今日のパーティーも来てくれなかったね。貴臣は私の狼なのだから義務は果たしてくれないと」
「それは紫雨が勝手に言っているだけだろ。お前の狼になった記憶は無い」

 俺は狼族という血族であるが、大して珍しい種族ではない。
 実はその辺にごろごろ居る種族だ。
 月を見ても狼になったりしい。
 稀に尻尾や耳がうっかり出るぐらいなものだ。
 あとは普通の人より血の気が多いぐらいである。

「困った狼だ。私が食事に有り付けずに倒れても良いのかな」
「薬を飲むか、他の奴を飲めば良い。お前に吸血されたい狼も夢魔も男も女も沢山いる」

 吸血鬼の長ともなればモテモテであろう。
 彼は容姿も良い。
 そもそも吸血鬼族は容姿に優れた上に能力が高い種族。
 引く手数多の筈だ。  
 それを何故か俺の血に執着している。
 意味が解らない。

「それは沢山いるけどさ、私が飲みたいのは貴臣の血だけなんたもん」
「好き嫌いが激しすぎるだろ」
「もともと吸血鬼はグルメでね。自分好みの血を見つけたらそれ以外は飲む気になれないもんなんだよ。だから魅惑的な味の貴臣が悪い。責任取って飲ませろ」
「解ったから退けろよ。車に乗りたい」

 血を飲ませないと帰してもらえそうない。
 全く我がままな吸血鬼を知り合いに持った俺は運が悪いと思うしか無い。
 近くで様子を伺っていたコウモリに紫雨は俺が送ると合図を出す。
 コウモリはパタパタと飛んで行った。
 紫雨の付き人はコウモリ人間である。
 しかし、あのコウモリが人になっている所を見た事がない。
 もしかしたら人語を話すコウモリなのかも知れないな。
 そんな事を考えている内にさっさと助手席に座った紫雨。
 俺も運転に座る。
 ホラと、腕を差し出しだ。

「太腿の付け根辺から飲むのが一番旨いんだけどねぇ」
「蹴り飛ばすぞ」

 飲ませてやるだけ有り難いと思え。

「はーい」
 
 紫雨は渋々て言った様子で俺の腕に噛み付く。
 普通に痛い。
 顔を歪める。
 ごくごくと、俺の血を飲む紫雨。
 これが旨いと言うのだから吸血鬼は変わり者だ。

「ご馳走さま」
「ああ」

 紫雨が口を離すと、傷跡も無く、腕は綺麗なままだ。  
 吸血鬼の唾液には高い治癒効果があるらしい。
 紫雨が初めて俺の血を飲んだ時も、俺が紙でウッカリ指を切ったせいでもある。
 紫雨はただ指の傷を治したいと思って舐めただろうに、やたら旨かったらしく気に入ってしまったとの事。
 これも事故みたいなもんだよなぁ。

 紫雨も好きになるならもっと美人か可愛い娘が良かったに違いない。
 取り敢えず適度に飲んでみたら俺より好きになる血が有るかも知れないし、試して欲しいのだが。
 食わず嫌いなんだから。

「吸血鬼の唾液には痛みを感じさせない寧ろ気持ちよくする効果が有るはずなんだけど、貴臣には効かないね」
「そうだな。普通に痛い」
「ごめんねぇ」
「我慢できないほど痛い訳じゃない」

 素直に謝られると、俺も申し訳なくなる。

 紫雨を家まで届けると、コウモリがパタパタと出迎えてくれた。
 やっぱりコイツはコウモリのままだな。
 それにしても相変わらず立派な家だ。
 門を潜って建物に着くまで1キロ有るんだから敷地が広すぎる。

「泊まって行かない?」
「いや、帰る」

 何でそんな事を聞くのかも解らない。
 さっき沢山飲んでいたと思うが、血のおかわりが欲しかったのだろうか。
 俺は血の気が多い狼なので別にいくら飲まれても構わないのだが、流石に明日も仕事だし、もう家に帰って寝たい。
 
「そっか、おやすみ。次のパーティーには顔を出してね」
「おやすみ」

 俺は返事をはぐらかし、見送る紫雨を後に帰路につく。

 パーティーは吸血鬼族たちのお食事会であり、自分の餌がどれだけ素晴らしいかを見せ合う場らしい。
 俺も何度も誘われているが、顔を出したのは一度っきりだ。
 別に紫雨と俺は契約しているわけではないし、自慢の餌というわけでは無いだろう。
 何が良いのか解らないが吸血鬼族は自分の餌を自慢するのが好きらしく、パーティーでは皆の前で吸血し、急に淫らな事をはじめたのでビックリした。
 吸血鬼族にとっては自分の餌でもありセフレと公開セックスするのも普通なのかもしれないが、そんな伝統は知ったことではない。
 あの時は驚いて俺の腕を噛で吸血していた紫雨を突き飛ばして逃げた。
 だって、俺は普通の人である。
 狼族ではあるが、結構普通に居たりするし。
 あえて狼族で集まったりしない。
 変な集会をしたりなんかない。
 流石に付き合いきれないと思った。 

 あれからちょっと紫雨を避けてる。
 幼馴染みで昔からよく遊んだりして仲良くしていたし、その延長で血をあげたりしていたが、やはり吸血鬼族となると良く解らない。
 住む世界がやっぱり違いすぎると思った。

 急に紫雨が遠い世界の知らない人に思えて正直怖かった。

 あのパーティーには二度と出たくない。
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