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 公園で暴漢に襲われる幸人を発見し、助けた夏奈は、腰が抜けた様子の幸人に付き合って自分も隣に腰を下ろした。
 見る分には怪我はしてなさそうだが、胸元が肌けていて目のやり場に困る。
 かと言って、自分の上着では小さすぎるだろうし……

「夏奈さんは大丈夫ですか?」
 
 夏奈も男に突き飛ばされたので、幸人は心配している。

「ええ、受け身を取りましたから」

 夏奈の方に害は全く無い。
 夏奈の返答に、幸人もホッとした様子だ。

「時に夏奈さん、こんな事を確かめるのは失礼かもしれませんが、念の為に尋ねますね。電子キーは持って出ましたか?」
「あ……」

 幸人に聞かれてハッとなる夏奈。
 夏奈の様子に額をおさえる幸人だ。

 そうだと思ったのだ。

 こんな夜更けに外に出たがったとして、真菜や翔が快く何も言わずに土地勘もない夏奈にカードを持たせ、一人で外に出すわけがない。
 どうしても用事が有るとなれば、どちらか着いてくる筈である。

「まぁ、部屋番号は解っていますし、どちらかが起きていれば入れて貰えるでしょうけど…… 電話で確認した方が良いですよ」

 すごく怒られると思うが……

「無理ですよ……」
「どうして? 夜中に部屋を抜け出して怒られそうだからですか?」

 躊躇う様子の夏奈。
 だが、カードも無ければ指紋操作でドアを開ける事も出来ない夏奈は、中から開けて貰う以外、部屋に帰れる方法が無い。
 
「お姉ちゃん、体力無いんです」

 溜め息混じりの夏奈は、予想外の事を言う。
 幸人にはあまりに突飛で意味が解らなかった。
 首を傾げてしまう。

「だって、翔さんとお姉ちゃんラブラブだし、同じ部屋で寝たらそうなるじゃないですか」
「う、うん?」

 何の話が始まったのか、幸人は目が点になる。

「今、きっとエッチの真っ最中です。邪魔はしたく有りません。でも、終わったら直ぐ寝ちゃうと思うんですよね。お姉ちゃん」
「そ、そうなんですね……」

 あまりにアケスケな事を言う夏奈に、上手く話が飲み込めない幸人である。
 取り敢えず頷いた。

「側の部屋で姉がそんな事をしていると思っちゃったら、私もなんだが居た堪れなくて出てきちゃんたんです」

 膝を抱えてシュンとしてしまう夏奈だ。
 姉が急に遠くに行ってしまった様で寂しくなってしまったのだろうか。
 幸人はソッと夏奈の頭に手を置く。
 少しでも慰めになればと思った。

「幸人さんもお姉ちゃんが好きだったんですよね?」
「ええ、そうです。バレちゃてましたか?」

 思わず苦笑する幸人。
 真菜が言う筈は無いので、自分から漏れていたのだろう。
 彼女を諦めると決めたし、未練なんて無いのだが、一度抱いた好意が消えてなくなる事は無いだろう。
 でも、もう辛くは無いのだ。

「電話でお姉ちゃんに天使の様に可愛らしい僕の救世主とか何とか大袈裟な事を言っていたので」

 夏奈は少しムっとした表情をする。
 
「僕、そんな事を言っていましたか?」
「言ってました」

 無意識であるが、そんな事を言ったのなら真菜さんはドン引きであろう。
 夏奈さんも何だこの気持ち悪いオジサンはって思われた事だろうな。

「お恥ずかしいのですが、この歳になって初めて恋をしたんです。僕には真菜さんが天使に見えました」

 あの婚活パーティー。
 慣れない空間と、苦手な女性に囲まれ質問攻めにされ、目が回りそうだった。
 キツイ香水に酔って頭も痛くなり、吐きそうで、ソファーに逃げようとした。
 そんな時に目に入ったのが真菜さんだった。
 その瞬間、頭痛も吐き気も吹っ飛んだ。
 幸人には真菜が砂漠で見つけたオアシスに感じたのだ。

「でも、あの人は僕の肩で羽を休めてはくれませんでしたね」
 
 僕が見つけたオアシスは、僕を癒やしてくれたけど。
 僕は彼女のオアシスにはなれなかった。
 でも、彼女は他のオアシスを見つけていたようだ。
 だから良いんだ。


「お姉ちゃんの事、諦められないんですか?」
「いえ、彼女が幸せなら僕はそれで構いません」
「幸人さんは優しい人ですね。こんな素敵な人に想われてお姉ちゃんは幸せ者だわ」
「僕も真菜さんに出会って恋を知れたのだから幸せ者です」 

 フフっと微笑む幸人に夏奈も微笑み返す。
 何時の間にか、どちらともなく二人は手を握り合っていた。


 ガサガサ

 近くから物音が聞こえ、夏奈は咄嗟に幸人の手を離して身構える。
 さっきの男が戻って来たのかしら!

『んっ…アッ、ああん…』
『興奮するのか?』
『だってぇ~……』

 向こうの茂みで何か揉み合っている様に見える。

「あそこでも人が襲われているわ! 助けなきゃ!」
「待って、違います違います!」

 飛び出そうとする夏奈の腕を咄嗟に掴む幸人。
 ブンブン首を振る。
 顔を真っ赤にしたり青くしたりしていた。

「どうしてですか? 女の人が悲鳴を……」

 アァーンダメェ~とか、聞こえてくる。
 大変だぁ!

「あの人達は恋人同士なんですよ」
「そんな訳ないじゃないですか、恋人同士がこんな暗がりで何をしてるんって言うんです!」
「逆にそれ以外何も思い当たらないけど……」

 何をするんだって、ナニをしてるんだよ。
 
「とにかく、ここから立ち去ろう」

 他人のそんな行為を盗み聞く趣味は無い。
 もしかしたら向こうは聞かせたいのかも知れないが……

「も、もしかして…… 都会では公園でするものなんですか?」

 ハッとし、口をおさえる夏奈。
 やっと理解出来た。
 都会ではベッドでは無く、公園でするのね。
 お姉ちゃんも!?
 夏奈は顔を真っ赤にしてしまう。

「いや、特殊な性癖の人たちなんだろう」

 そんな事より幸人は早くここから立ち去りたい。
 盛り上がっている様子のカップルの喘ぎ声も大きくなってきた。
 聞きたくもない声が耳に入ってくるのは不快である。

「ごめんなさい。もしかして、幸人さんも?」

 知らずに追っ払ってしまったが、幸人さんもそういうプレイを楽しんでいたのかもしれないわ!
 そう思った夏奈が頭を下げる。

「違いますからね! 変な誤解はしないでくださいよ!」

 幸人は夏奈の手を掴むと、そそくさとその場を離れる。
 いつの間にか、腰が抜けていたのも戻ったらしく、歩くに支障はなかった。
 公園から夏奈を連れ出したが、これからどうしたら良いのか。
 時刻はもう深夜を回ってしまっていた。
 流石に亘に連絡出来る時間でも無いな……


「取り合えず、僕の部屋に来ますか?」

 幸人はその案しか出てこなかった。
 断じて下心が有るわけではない。
 若い子を深夜に置き去りにして帰る訳にも行かないじゃないか!
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