34 / 53
3
しおりを挟む
職場についた幸人は何時も通りに仕事の指示を出したりサインをしたり、会議に出たり、きちんと仕事をこなしていた。
頭はズキズキ痛むが、亘がくれた薬が効いて、そこまで支障は出なかった。
痛かった頬も、今では治まっていた。
我ながら未練がましいよな。
真菜さんの事は忘れよう。
休憩に缶コーヒーを開けながら、幸人は落ち込んだ気持ちになる。
翔の事を色眼鏡で見てしまっていたが、親友である亘の弟さんならまず間違いなく良い男なんだ。
真菜さんの上司だって言っていたし。
元々、真菜さんも翔が好きだったのかもしれない。
これって当て馬って言うんだよな。
まぁ、真菜さんの恋の役に立てなら良かったか。
そんな風に考える幸人。
忘れようと思っても、気づけばこう、未練がましい事を考えてしまうから嫌になる。
別に結婚願望は無いのだ。
今まで通り、見合いやら話を持ってくる親族達を交わしてお一人様を貫こう。
それでいい。
亘達にも迷惑をかけてしまったな。
何かお礼をしないと。
服に汚物を吐いた上に新しい服まで借りてしまって……
帰りにブティックに寄って良いスーツを見てこよう。
自分と亘は体格がよく似ているので、自分に合わせて作って貰えば亘にも合うはずである。
仕事を終えた幸人が外に出ると雨だ。
もうすぐ春だが、自分に春が来ることは無さそうだな。
そう自嘲的に笑ってしまう幸人だ。
商店街のアーケードは賑わっている。
そうか、今日は土曜日。
「キャーひったくり!! 捕まえて!!」
直ぐ側で悲鳴が聞こえた。
ひったくり!?
振り向く幸人は、走ってくる男に気づく。
咄嗟に足を払って引っ掛けた。
「うわっ! てめぇ!」
キラリと光る物が見えた。
コイツ刃物を持っていたのか!
流石に避けきれず刺されると目を瞑った幸人。
僕の人生もこれで終わりか……
死ぬ前に初恋が出来て良かったかもしれない。
真菜さん有難う。
「グハッ! 離せ!!」
幸人に痛みは無く、男の悲鳴が聞える。
ゆっくり目を開ける幸人。
「暴れるな! 早く警察に電話して!」
二十歳ぐらいの女性が果敢にも男を取り押さえて羽交い締めにしていた。
「は、はい!」
幸人は急いで警察官に通報すると、勇敢な女性に加勢して男を一緒に取り押さえるのだった。
「すごく怖かったですね~」
警察で一緒に事情聴取を受けてから、並んで外に出る女性と幸人。
さっきと全然印象が違う。
フワフワしていて可愛らしい。今どきの女性という感じだ。
怖かったなんて白々しく聞えるが、本当に怖かったのだろう。
「有難うございました。貴女は命の恩人です」
「大袈裟ですよ。貴方が犯人の足を払ってくれたから捕まえる事が出来たんです。反射神経が良いですね」
「そんな事は…… 素敵な服が汚れてしまいましたね。お礼に新しい服をプレゼントさせてください」
大して服は汚れていなかったが、命の恩人に何もせずに帰すわけに行かないと思った幸人。
「いえ、貴方だって汚れてますよ」
「じゃあ一緒に僕のも買うので付き合って下さい」
幸人は、自然と女性の手を引いていた。
雨はいつの間にか止んでいる。
「僕は仲嶋幸人と言います。勇敢な貴女の名前を教えて下さいますか?」
「私は田辺夏奈って言います。勇敢なのは幸人さんの方ですよ」
フフっと可愛くて笑う夏奈。
「田辺……」
いや、違う。
田辺なんて良くある名字だ。
それに似てなさ過ぎる。
「無理です。こんな店、入れない!」
幸人が連れてきたブティックの前で、驚いて立ち止まる夏奈。
腰が引けている。
「大丈夫ですよ。私の顔馴染の店です」
「貴方が大丈夫でも私が駄目なんです。こんなとこの服を着て何処に行けって言うんですか! 宝の持ち腐れになるだけです!」
「ああ……」
あまりに嫌がるので、取り敢えず店の前から離れる事にした。
「申し訳ありません。若い女性が行くような店を存じ上げないので、連れて行って貰えますか?」
こんなオッサンと行きたくは無いだろうか。
何を血迷って誘ったりしてしまったのだろうか。
やっぱりクリーニング代をポンと渡して好きな服を買ってもらった方が良いかも知れない。
「私がよく行くお店に行きましょう」
夏奈は嫌がるでもなく幸人の手を引いて歩き出すのだった。
そして数分後。
「無理です、値段が安すぎて怖い。入れません」
店の前で腰が引ける幸人。
ワゴンセール500円っていくらなんだ!?
夏奈が連れてきてくれたお店は、服が桁違い過ぎて訳が解らなくなっていた。
大特価1999円も意味不明だ。
SMLの表記も解らない。
「大丈夫ですよ。着やすいですし、品質が悪いわけでは無いので」
「ですが、私はオーダーメイドが主なので、自分のサイズが解りません」
きっと、このSMLがサイズ表記だとは思うが……
「じゃあ、試着してみましょう」
「は、はぁ……」
夏奈は幸人に大特価1999円のシンプルな長袖Tシャツを持たせると、試着室に押し込んだ。
どうやら幸人のサイズはMだった。
頭はズキズキ痛むが、亘がくれた薬が効いて、そこまで支障は出なかった。
痛かった頬も、今では治まっていた。
我ながら未練がましいよな。
真菜さんの事は忘れよう。
休憩に缶コーヒーを開けながら、幸人は落ち込んだ気持ちになる。
翔の事を色眼鏡で見てしまっていたが、親友である亘の弟さんならまず間違いなく良い男なんだ。
真菜さんの上司だって言っていたし。
元々、真菜さんも翔が好きだったのかもしれない。
これって当て馬って言うんだよな。
まぁ、真菜さんの恋の役に立てなら良かったか。
そんな風に考える幸人。
忘れようと思っても、気づけばこう、未練がましい事を考えてしまうから嫌になる。
別に結婚願望は無いのだ。
今まで通り、見合いやら話を持ってくる親族達を交わしてお一人様を貫こう。
それでいい。
亘達にも迷惑をかけてしまったな。
何かお礼をしないと。
服に汚物を吐いた上に新しい服まで借りてしまって……
帰りにブティックに寄って良いスーツを見てこよう。
自分と亘は体格がよく似ているので、自分に合わせて作って貰えば亘にも合うはずである。
仕事を終えた幸人が外に出ると雨だ。
もうすぐ春だが、自分に春が来ることは無さそうだな。
そう自嘲的に笑ってしまう幸人だ。
商店街のアーケードは賑わっている。
そうか、今日は土曜日。
「キャーひったくり!! 捕まえて!!」
直ぐ側で悲鳴が聞こえた。
ひったくり!?
振り向く幸人は、走ってくる男に気づく。
咄嗟に足を払って引っ掛けた。
「うわっ! てめぇ!」
キラリと光る物が見えた。
コイツ刃物を持っていたのか!
流石に避けきれず刺されると目を瞑った幸人。
僕の人生もこれで終わりか……
死ぬ前に初恋が出来て良かったかもしれない。
真菜さん有難う。
「グハッ! 離せ!!」
幸人に痛みは無く、男の悲鳴が聞える。
ゆっくり目を開ける幸人。
「暴れるな! 早く警察に電話して!」
二十歳ぐらいの女性が果敢にも男を取り押さえて羽交い締めにしていた。
「は、はい!」
幸人は急いで警察官に通報すると、勇敢な女性に加勢して男を一緒に取り押さえるのだった。
「すごく怖かったですね~」
警察で一緒に事情聴取を受けてから、並んで外に出る女性と幸人。
さっきと全然印象が違う。
フワフワしていて可愛らしい。今どきの女性という感じだ。
怖かったなんて白々しく聞えるが、本当に怖かったのだろう。
「有難うございました。貴女は命の恩人です」
「大袈裟ですよ。貴方が犯人の足を払ってくれたから捕まえる事が出来たんです。反射神経が良いですね」
「そんな事は…… 素敵な服が汚れてしまいましたね。お礼に新しい服をプレゼントさせてください」
大して服は汚れていなかったが、命の恩人に何もせずに帰すわけに行かないと思った幸人。
「いえ、貴方だって汚れてますよ」
「じゃあ一緒に僕のも買うので付き合って下さい」
幸人は、自然と女性の手を引いていた。
雨はいつの間にか止んでいる。
「僕は仲嶋幸人と言います。勇敢な貴女の名前を教えて下さいますか?」
「私は田辺夏奈って言います。勇敢なのは幸人さんの方ですよ」
フフっと可愛くて笑う夏奈。
「田辺……」
いや、違う。
田辺なんて良くある名字だ。
それに似てなさ過ぎる。
「無理です。こんな店、入れない!」
幸人が連れてきたブティックの前で、驚いて立ち止まる夏奈。
腰が引けている。
「大丈夫ですよ。私の顔馴染の店です」
「貴方が大丈夫でも私が駄目なんです。こんなとこの服を着て何処に行けって言うんですか! 宝の持ち腐れになるだけです!」
「ああ……」
あまりに嫌がるので、取り敢えず店の前から離れる事にした。
「申し訳ありません。若い女性が行くような店を存じ上げないので、連れて行って貰えますか?」
こんなオッサンと行きたくは無いだろうか。
何を血迷って誘ったりしてしまったのだろうか。
やっぱりクリーニング代をポンと渡して好きな服を買ってもらった方が良いかも知れない。
「私がよく行くお店に行きましょう」
夏奈は嫌がるでもなく幸人の手を引いて歩き出すのだった。
そして数分後。
「無理です、値段が安すぎて怖い。入れません」
店の前で腰が引ける幸人。
ワゴンセール500円っていくらなんだ!?
夏奈が連れてきてくれたお店は、服が桁違い過ぎて訳が解らなくなっていた。
大特価1999円も意味不明だ。
SMLの表記も解らない。
「大丈夫ですよ。着やすいですし、品質が悪いわけでは無いので」
「ですが、私はオーダーメイドが主なので、自分のサイズが解りません」
きっと、このSMLがサイズ表記だとは思うが……
「じゃあ、試着してみましょう」
「は、はぁ……」
夏奈は幸人に大特価1999円のシンプルな長袖Tシャツを持たせると、試着室に押し込んだ。
どうやら幸人のサイズはMだった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる