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「さっきの方とは本当に婚約しているのですか?」

 運転席の仲嶋に話し掛けられ、視線を運転席に向ける。
 目の前でイチャイチャされて不機嫌なのかも知れない。

「はい、一応。一ヶ月の様子見している段階です」
「政略結婚ですか? それとも弱みを握られ、脅されているとかですか?」
「いえ、そういう訳では無いです……」

 何だろう。
 そんなドロドロした関係に見えただろうか。
 なんか昼ドラみたいな事を言われている。

「では、真菜さんは彼を心から愛していると?」
「そうですね。多分、自分ではまだ良く解らないのですけど……」

 多分、自分は翔が好きなんだと思う。
 真菜は顔を赤くしてしまう。

「そう、思い込まされているのでは?」
「翔さんは催眠術師では無いと思いますよ?」
「言葉巧みに人の心を操る詐欺師という場合もあります」
「翔さんがですか? 少し、失礼だと思います」

 急に何を言い出すんだこの人。
 真菜はムッとした。
 翔の事は、自分だって良く知っている筈だ。
 もちろん、そんな事をする人で無い事も知っている。

「彼は私の上司でも有るんですよ。真面目に仕事の出来る誠実な方です。一緒に仕事をしているぶん彼の事は解っているつもりです」

 真菜は翔の事を疑われ、腹が立った。

「言葉が過ぎました。どうかお許し願いたい」

 憤りを感じる真菜に気づき、仲嶋は謝罪を口にする。

「貴方の目の前でイチャイチャしてしまったのは申し訳ありません」

 真菜も謝罪を口にした。

「はい、嫉妬してしまいました」
「え?」

 真菜は仲嶋がきっと、目の前でイチャイチャされてイライラしているのだと思ったのだ。
 だが、嫉妬するとはどういう事だろうか。
 思わずスマホで検索してしまう。
 なるほど、自分には恋人が居ないのに、私だけいつの間にか恋人を作って楽しそうにしているから、モヤモヤしちゃったのかしら。

「大丈夫ですよ。仲嶋さんは趣味探しの友達ですから」
「はぁ……」

 自分でも曖昧な事を言ってしまったと思うが、仲嶋からも生返事が返ってくる。

「目的地に付きました」

 仲嶋はホテルの駐車場に車を止める。

「美術館はここの最上階なんですよ。なので、食事も此処でしちゃいましょう」
「なんか、素敵な所ですけど……」

 絶対、高級ホテルだ。
 食事もお金が沢山かかる所だ。
 私、そんな贅沢できるお金は無いよ。

「大丈夫ですよ。ここの仕事を少し手伝ったんです。顔が効くので」

 真菜の表情に勘づいてか、安心するように言う仲嶋。

「すごいんですね」

 ほぉ~と、ただ感心してしまう真菜だ。
 仲嶋は、助手席のドアを開けるとエスコートする様に真菜の手を掴む。
 やっぱり紳士と言う感じの人だ。
 真菜は大人しく着いて行く事にする。



 真菜と仲嶋が駐車場に入った後、直ぐにまた別の車が駐車場に入った。
 二人の様子をジッと見つめるのは翔である。

 クソ、手なんか握っちゃって許せん!

 翔は気になって、居ても立っても居られず、仲嶋の車を尾行してしまった。
 美術館ってここか。
 ここは会員制の高級ホテルだ。
 翔はカードが無かったか探してみる。
 確か、兄から貰ったはず。
 よし、あった!
 翔は急いで真菜と仲嶋の後をつけるのだった。
 


 二人はレストランに入り、夕食を楽しむ。
 薄暗い店内は、ムーディな雰囲気だ。
 貸し切りではないが、テーブルとテーブルの間に間隔が有るので、視界に他人が入る事もなく、二人っきりの気分が味わえる。
 窓からの夜景も綺麗だ。

「真菜さん、ワインは呑めますか?」
「あ、いえ、アルコールは駄目なんです。仲嶋さんは呑んで下さい」
「何故です? ワイン以外にも有りますよ?」

 婚活パーティーの時は、嗜む程度であるが呑んでいた記憶のある仲嶋。
 今日は何故駄目なのだろうか。

「結構です。このポタージュ、美味しいですね」

 真菜はアルコールを断り、ポタージュとパンを楽しんでいた。
 仲嶋も、強くすすめる訳にもいかず、話を変える。

「真菜さんは、結婚には何を求めますか?」
「アンケートですか?」

 唐突な質問だが、先に婚約した先輩として意見を尋ねられいるのだろうかと、仲嶋に視線を向ける。
 仲嶋はすこし照れた様子で何とも言えない表情だ。

「そうですね。しいて言うなら一緒に住んでいて苦にならない事ですかね」
「それから?」
「それだけです」
「ソレダケなんですか!?」

 何故か仲嶋は驚いた様子で、ちょっとカタコトである。
 
「やっぱり夫婦として長く一緒に暮らすのならそれが苦にならない相手じゃないといけないじゃないですか」
「それは最低限の話ですよね」
「最低限であり、最重要です。私としては、それ以外に求める事は有りませんね」
「それならば、私とも一緒に住んでみませんか?」
「ん??」

 聞き間違いろうか。
 一緒に住んでみませんかと聞かれた気がしたが。
 真菜はポカーンとしてしまう。

「私と彼、どっちの方が一緒に住みやすいか検証してから結婚を選択しても良いのではないですか?」
「な、何故ですか?」

 何で結婚の話になっているのだろうか。
 真菜には話の流れが読めない。
 
「私が貴女を気になっているからです」
「いえ、あの……」

 だって、結婚を考えるのに女性が苦手だから困っているのでは無かっただろうか。
 もう、面倒になって練習相手で手を打つ事にしたのだろうか。
 
「仲嶋さん落ち着きましょう」
「私はずっと落ち着いていますよ」
「早まった考え方は良く有りませんよ」
「貴女こそ早まった考え方は良く有りません」
「私は早まってなんていませんよ」
「いいえ、真菜さんは早まっています。で、なければそんな考え方で異性と同棲などしないでしょう」
「私は私の考えが有ります。それは私の考えなので口出しされたくは有りません」
「では私の考えに貴女も口出ししてはいけませんよ」
「えっと…… 何の話でしたっけ?」

 いつの間にか口論に発展してしまい、真菜は何でこんな不毛な言い合いになってしまったのだが解らなくなってしまった。
 何の話だっけ?

「ですから、貴女が結婚は一緒に居て住みやすい相手が良いと言うので、私とも同棲してみて決めたら良いと提案しているんですよ」
「何故?」
「ですから…… これ、エンドレスじゃないですか!」

 もう! と、声を荒らげてしまう仲嶋だ。

「デザートのシャーベットでございます」

 ボーイがタイミングを見計らっていたのか、二人の空いた食器を片付けてデザートを置く。
 取り敢えず、落ち着いてシャーベットを口に含んだ。
 冷たい味が、ちょうど良い。
 仲嶋を見れば、同じようにシャーベットを口に含んで落ち着き取り戻そうとしている様子だ。
 
 さっきの話は何だったのだろうか。
 これを聞いたらまたエンドレスになりそうだ。
 仲嶋も同じように感じたらしく、それ以上話を続ける事もなく、シャーベットを食べ切った。

「美味しい食事でしたね」
「ええ、さすが三つ星です」
「三つ星なんですね~」

 そんな他愛もない話をしながら、何方ともなく席を立つ。
 仲嶋はカードで支払いを済ませると、レストランを出た。

「私の分をお支払いしたいのですが……」

 いくらか聞くのが怖い。
 しかし、友達と美術館に来て奢らせるのは変だ。
 
「私が誘ったので、私にもたせて下さい」
「そんな……」
「次の映画鑑賞は真菜さんが私を誘って下さい」
「解りました。でも……」

 豪華な食事と、高級ホテルの美術館に見合う映画鑑賞ってどんなものなの?

「美術館はこっちですよ」

 仲嶋は真菜の手を引いて美術館の受付けを済ませるのだった。
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