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 会社には遅刻せずに着けた。
 ホッと胸を撫で下ろして、自分の席に腰を下ろす真菜。
 翔はまだみたいだ。
 朝のメールチェックをし、仕事の計画を立て、自分のスマホも確かめる。
 友里恵からの返事は来てないな。
 母からのメールは入っている。

『友里恵ちゃんから聞いたわ。お母さん、真菜に結婚して欲しいけど、変な男に引っかかって欲しくは有りません。その男とは別れて下さい。お母さんがちゃんとした男の人を見つけて来るからね』

 どうやら友里恵がお母さんに翔の事を報告したらしい。
 本当に心配してくれてるのかも知れないけど、誤解である。
 でも、友里恵に言っても聞いてくれないだろうし……
 お母さんも友里恵はもう自分の娘ぐらいに思ってそうなので、友里恵が言うなら間違いないと思っているだろう。
 確いう私だって、翔と職場での接点が無ければ、友里恵の言うことを信じていた筈だ。
 これは困ったわね。
 翔の事をお母さんに何と説明したら良いのだろう……
 そんな事を考えている内に始業の時間になってしまった。

「田辺はこれを頼む」

 いつの間にか来ていた翔が真菜の机に仕事の資料を置く。
 
「はい」

 真菜は翔から受け取った資料に目を通した。
 翔は順に仕事を配っていく。

「志田主任、おはようございます」
「おはよう」
「今日、仕事終わりに皆でご飯でも行こうって話てたんです。主任もたまには顔を出してくれますよね?」

 若い社員がキャピキャピと翔に話しかけているのが聞こえた。
 普段、こんな会話は聞こえない真菜であるが、今日は不思議とよく聞こえる。
 そのご飯、私、誘われてないわ。
 それはまぁ、良いのだけど……

「僕は結構です。先約がありますので」
「え~」

 断る翔に、若い社員は残念そうな声え出していた。



 お昼、真菜は初めて社員食堂を利用した。
 いつもはお弁当を持ってくるのだが、今日は用意出来なかった。
 明日は用意しよう。
 翔さんの分はどうしたら良いだろうか。
 作っても良いのかな。
 
「ここで券を買うんだ」

 何も考えずに列に並ぼうとした真菜の腕を引いたのは翔だ。

「あ、なるほど」

 食券形式だったのね。

「何食べる?」
「そうですね……」

 文字だけじゃイメージ出来ない。

「魚のフライが大丈夫なら日替わり定食がオススメだけど?」
「魚のフライ大好きです」
「じゃあ俺と同じにしよう」
「あ、ちょっと……」

 翔は手早く金額を投入に勝手に券を2枚買って列に並んでしまう。
 確か、400円だったわ。
 真菜は財布を確かめる。
 500円玉しかないけど、良いか。

「これ……」
「えー、こういう時はカッコつけさせてくれよ」

 翔は500円を受け取らなかった。

「明日は、田辺の手作り弁当な」

 そう、耳で囁かれる。
 真菜は顔を赤くして『もー』となってしまう。
 誰かに見られてたら大変なのに。
 結局、翔が食券を2枚カウンターに出したので、出来たらまとめて呼ばれるらしい。
 必然的に真菜は翔と昼食を取ることになってしまった。

「そう怒るなって、田辺は解んないだろ? 出来たらコレがピピって鳴って知らせてくれるから取りに行くんだぞ?」
「私だって周りを見れば何となく解りますよ」
「じゃあ、あそこの御茶はフリーだから好きに飲んでも良いんだぞ? 知ってたか?」
「お茶を好きに飲んで良いんですか? 貰ってこようと。翔さ…… 志田さんも飲みますよね?」

 うわぁ~やっちゃった。

 翔さんはちゃんと名字で呼んでくれるし、うっかりミスもしないのに、私がやらかしちゃうよ。

 真菜は恥ずかしくなり、逃げるように立つ。
 翔は要るとも要らないとも言わなかったが、要らなかったら飲まないだろう。
 真菜は勝手に翔の分も入れる事にする。


「ねぇ、見た? すっごいイケメンとお化けみたいな暗い女が一緒に座ってて違和感がすごくない」
「やめなよ。聞こえるよ~」

 隣りでフリーのお茶を入れながら違う部署の女性がクスクス笑っているのが聞こえる。
 多分、私に聞こえるように言っているのだろう。
 これは私にどうしろと言うのだろうか。


「上司と部下なんじゃない」
「イケメンな上に優しい上司なのね。何処の人かなぁ」

 経理部ですよ~

 真菜は2つの湯呑にお茶を入れる。
 ほうじ茶だ。美味しそう。
 それを持って翔の所へ戻るのだった。


「志田主任が食堂利用するの珍しいですね!」
「ここ、座っても良いですか?」

 どうしよう。
 同じ部の若い社員と、他の部の子に絡まれている。
 戻るに戻れない。

「田辺、何つっ立ってんだ」

 翔は真菜に気づいて立ち上がって呼ぶ。
 メチャクチャ恥ずかしい。
 なんだこれは。
 殆ど公開処刑な気がするんですけど……
 顔を隠したいが、湯呑を持っていて無理である。
 仕方なく、翔の前の椅子に戻った。

「迷子になったのか?」

 ハハっと苦笑する翔に真菜は溜め息を吐く。

「私達、お隣失礼しますね~」

 若い社員さんは勝手に翔の隣に腰掛けた。
 その友達は少し嫌そうに真菜の隣に腰を下ろす。

「どうぞ」

 真菜は翔の前にお茶を置いた。
 
「有難う。あ、鳴ってるな」

 ピピッと機械が鳴る。

「取ってきます」
「いや、俺が持ってくる田辺は此処に居てくれ。席を取られると困るだろ」
「宮崎さん、此処、お願いします」

 真菜は若い社員に席をお願いした。

「何か怒ってる?」

 スタスタとカウンターに向かう真菜を追いかける翔だ。

「怒ってません」

 別に怒ってない。
 でも確かに、少し自分は不機嫌だ。
 翔さんは何も悪くないのにな。
 何方かと言えば悪いのは私だ。

「宮崎とは何でも無いんだぞ。しつこく言い寄って来るが、職場の女は相手にした事ないからな」

 翔は小声で言い訳じみた事を言ってしまう。
 流石に面倒事はごめんな翔。
 職場の女性に告白されても丁重に断っていた。

「私は職場の女ですけど……」
「そうじゃなくて……」

 不機嫌そうな真菜は定食を持って、席に戻る。
 翔も必死に誤解を解きたかったが、なんせ此処は人が多すぎる。
 この話しは家に帰ってからしたほうが良さそうだ。
 
「有難うございました」

 真菜は宮崎にお礼を言って、席に座るとさっさと食事をはじめた。
 もう目も合わせてくれない気だと、翔もシュンとなる。
 それもこれも宮崎とその仲間がしつこくしてくるせいでる。
 宮崎は何か世間話しやらを翔にふっていたが、まるっと無視して翔も黙って魚のフライを食べる。
 ちらりと真菜を見ると、魚のフライは美味しかったらしく、少し笑顔が溢れていた。

 うわっ、めっちゃ可愛い~

 真菜がモクモクと食事する姿も翔のおかずにトッピングされて、更に食事が美味しくなる翔であった。
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