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第6章 帝国編
第110話 近況報告
しおりを挟む「はじめまして。これからどうぞ宜しくお願い致します」
「ああ、此方こそ!」
一週間前、婚約を交わした彼女と、今日初めて顔を合わした。
彼女──、シルヴィア·サーバルは伯爵家の長女で、笑わない女として社交界では有名だった。
月の女神だと幼い頃は言われていたが、笑わないが故に呼び名は変わっていった。
鉄の女、氷の女、彼女を表す言葉は色々あるけれど、当の本人は気にしていないようだった。
紺碧の髪に、満月のような瞳。それに加えて目鼻立ちもしっかりしているから、余計に冷たい印象を抱かせるのかもしれない。
よく晴れた春の日。あたたかな太陽の光、爽やかな風。
我が公爵家の東屋で開かれたこの茶会は、私の人生を大きく変える出来事だった。
まず自己紹介をしよう。
私の名はアラン·マクラーレン、公爵家当主。父が病気を患い、不本意ながら半年前に公爵家を継いだ。
世間には公にしていないが私には困った能力がある。
それは人の考えが透けて見えること。
意味がわからないって?
たまに居るだろう? 超能力がある人って。そういうものかな。
人の本心が丸見えで、時々嫌になるんだよ。
私は見た目もこんなだから、あ。自分で言うのもなんだけど容姿は整ってる方だと思う。
落ち着いた金の髪はふわふわして、優しい緑の瞳、背も180は超えてるし、公爵家を継ぐに相応しい完璧な笑顔。パーティーでは女の子に囲われるのが当たり前だった。
だって相手が言葉にしなくともやって欲しいことが分かるんだもの。そりゃあモテるさ。
その分嫌な性格も分かってしまうんだけどね。だから今まで婚約には至らなかった。結局人間って、嫌な生き物だから。特に貴族って奴はね。
公爵家を継いどいてこう言うのもなんだけどさ。
能力についてひとつ説明しておくと、どうも血の繋がった者には精度が落ちるらしい。
お陰で兄妹喧嘩や反抗期は人並みにあったかな。
で、何故そんな男が急に婚約したかって言うと、父が倒れたから。
歳も28だし、家も継いじゃったし、婚約ぐらいしないと親を安心させられないだろう?
家系の歴史において、サーバル伯爵家との縁談は無難な選択だと思う。
彼女貴族令嬢としては行き遅れの23だけど、こっちだって行き遅れの28だから全く気にしていない。彼女はもしかしたら気にしてるかもだけど。
それに父親の仕事を手伝うぐらい優秀だっていうから私にとっては文句の付け所がない。今まで通り相手の考えを見れば婚約だって結婚生活だって上手くやってけるさ。
私が、我慢すればいいんだから。
「きっとパーティーでは何度も同じ空間にいたと思うのだけど、君とは今日初めて話すよね」
「ええ、お見掛けしたことは何度か。今日はお天気も良く心地の良い日で……、茶菓子もこんなに用意してくださってありがとうございます」
「何が好みか分からなかったからさ、一通り全部用意しちゃった」
「まぁ」
(さすが公爵家、とか思ってるんだろうな)
相変わらず表情は動かないが会話は普通に出来そうだ。
公爵家の名に恥じぬよう一流のパティシエに用意させた茶菓子、茶葉も最高級のものを用意した。女の子ってハジメが肝心だからさ。
この能力は一つ難点があって、相手の顔をじいっと見つめなければならない。それだから余計に女の子には勘違いされちゃうんだけど。
最初から能力を使うなんてなんだか申し訳無いけど、関係を円滑にするためには必要なこと。
私が男爵家の生まれだったらここまでモテてはいないだろうからね。
(さてさて氷の女は一体どんなことを内に秘めているのかなーっと。どれどれ……)
『わぁ~~、全部美味しそう。迷っちゃうなぁー……』
「ん?」
「はい?」
「あっ、いやなんでも。どうぞ好きなだけ召し上がって!」
「ありがとうございます」
そして彼女は無難なクッキーに手を伸ばし、『おいしい』とひとこと。もちろん言葉には出していないし表情も変わってない。
それから美しい指先がカップへと伸び、紅茶の香りを鼻腔に詰める。
『はぁ……良いかほり。そして美味……幸せ……』
「げっほごっほ……っ」
「どうされました?」
「い、いや、大丈夫、ごめんよ、人生初の婚約者だから少し緊張してて」
「まあ。わたくしも婚約者は初めてなもので、初心者同士ゆっくり時間をかけましょう」
「ああそうだね、君の言う通りだ」
「シルヴィア、で構いません」
「……そうか、では私もアランと」
にこりと微笑んでみせるもやはり彼女は眉の一つも動かさない。ただこくんと頷いただけ。
これは確かに相手の考えが透けて見えないと不安になってしまうなぁ。
「シルヴィアは休みの日はどんなことをして過ごしているんだい?」
「そうですね……特に何も」
「…………何も?」
「ええ」
「……そ、そう」
(え? まさか会話終了?)
流石にそれは寂しいのだが。
じっと顔を見つめてみるも、駄目だ。なんにも見えない。ということはなんにも考えてないってことだ。
(え? そんなことってあるのかい? こんな男に見つめられておいて? 恥ずかしくて何も言えないとかそんなんじゃなく??)
「えーっと。何もしないって具体的にはどう何もしないの?」
「そうですね……、ただ、外を眺めてます」
「外を?」
「はい。お茶をすすりながら、ただぼーっとするんです。そうしているのが一番リラックスして休めるんです」
「そうなんだ」
そう言うと彼女は満月の瞳を外の世界へ向けた。
まるで人形のようだけど、凛とした姿は美しい。
本当に何も考えてないのだろうか。
彼女も貴族、嘘をつくのは随分と簡単だろう。位の高い貴族になれば当然備わってるスキルだと思う。
何を考えているかわからないと言われる人ほど、頭の中ではアレヤコレヤと考えているものだ。んで意外とむっつりだったりね。心の中に秘めてるけどそういう人、何人も知ってるから。
なのに彼女を見つめて見えたものは、
『あー……今日も空が青いなー……』
唯それだけだった。
(え、え? えーー?? 何この子、ちょーいい子なんですけどぉーー)
もっともっとじいっと見つめてみるも、なんにも見えない。
ということはなんにも考えていない。
(え? え? うそー!? まさかこの子リラックスしてるってことー!? 今日初めて会話したのにー!? 公爵家がすでに心安まる場なのーー!?)
「あの……私の顔になにか付いてますか?」
「へ!? いや! そんなことは無いよ! もっと遠慮せずに食べていいのになって思ってただけだから!」
「まぁ。そうですよね、せっかくご用意してくださったんですもの。遠慮なく戴きます」
「どうぞどうぞ」
「『ありがとうございます』」
「!!」
(あ! あー! あーーっ!! ありがとうが心からの“ありがとう”ーー……! そういえば会ったときから裏表の無い言葉ーーっ!! ああーーっ!!)
こうして違う意味で我慢するしかない日々を送ることになる私であった。
尚、少しだけウザがられるのはもうしばらくあとのお話。
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※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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