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Ch.2
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どこまでも不遜な少年は、薄く開かれた男の黒い瞳を左右色の異なる瞳で鋭くみつめた。だが男は気圧されることも、怯むこともなく、ふっと息を吐き目の前に広がる花畑の花弁を揺らしてカップとソーサーを静かにあるべき場所へ置いた。そしてまた、にこにことした笑顔で、まるで彼が捜している子供と同じくらいの年の子供を相手にしているように柔らかくどこか諭すような声を出した。
「我々OUTが持つ契約情報は極秘個人情報だ。命と引き換えに契約するんだから当然だろう。顧客の最期の望みを叶えるのが我々だ。この世界のキャラクターが死亡、消滅するときだけじゃない。物質世界とでもいうべき、現実世界に繋がれた肉体が死んだとき、我々との契約書、遺言によって指定された相手へその事実を伝える。相続人を指定しているならば、財産の整理を行い、仮想資産だけでなく現実資産も行政に没収されることなく、孤独死として処理されることなく、現実世界に戻ることなく、この世界での死を全うさせる。現実世界で誰に知られることなく死を迎えたとしても、その最期にとどまる情報が孤独でないように」
「あんたたちは、死を媒介にして境界を越え、仮想と現実の世界をつなぐんだ。あんたたちはとてもうまくやっている。死の二重取りと言えなくもない」
「まったくたちの悪い子だ。子供だからなんでも許されるなんて思ってはいないだろうね?見返りを期待していいのかい?」
「僕は子供じゃない」
「いいや。きみは子供さ。永遠にね」
「残念ながら永遠なんてものはありはしない。葬儀屋のあんたが一番良く知ってるだろう」
「おや、きみらしくない。知らないのか?永遠にまつわるこんな噂があることを」
「噂?」
「そう、噂だがね。永遠を生きようとしている輩がいるらしい」
「馬鹿馬鹿しい」
「笑ったね?」
「笑い話だからだ。だいたいなぜ僕にその話を?」
「決まってる。商売敵、いや、純粋に敵とみなしてもいい。死とは仮想であれ現実であれ尊いものなんだ。時間が非可逆的であるように、死を軽率に扱ってはいけない。終わりがなければ始まりがなくなる」
「では何がある?」
「無だよ。死がなければ、終わりがなければ、そこは無になる。それこそ箱のない空き箱のように。そしてそれには終わりがない。一度、無になってしまったらそこは永遠に無だ」
いつのまにか空になっていたティーカップから、また暖かな湯気が立ちのぼる。男は眼鏡の奥の目を一層細めて、カップを傾けた。少年は立ち上がった。
「いくのかい?」
「話は終わった。データと花の話は至急だ」
「至急、ね」
男は言葉を口の中で転がすとひとり何度か頷いた。少年は男を見やり、無言でそのまま出口に向かったが数歩行ったところで足を止めた。男を振りかえらず、背中越しに問う。
「あんたは自分の死に様をどうするつもりなんだ?」
「気になるかい?」
男も少年の方を見ず、透き通る紅い液体に小さく息を吹き、湯気を飛ばして遊びながら応えた。
「現実世界の姿を教えるなら線香の一つでもあげてやってもいい」
「供えてくれるなら線香より饅頭がいいなあ。最中でもいい、空也の最中。あれは美味しい。次に来るときの土産はそれがいい。ああ、あの店は予約しなけりゃダメだよ」
少年はしらけきった様子で鼻を鳴らし、ズカズカと足音を立てると乱暴にドアを開けて外へと出て行った。
「忘れないでね、永遠の子供くん」
支配人がにっこりと笑う室内には、打って変わって時を刻む音が溢れ返っていた。
そして現実世界では、永遠の中間反抗期!宇宙人!と、人目もはばからず、本庁の庭園で空に向かって叫んでいる野生司の姿があった。
「我々OUTが持つ契約情報は極秘個人情報だ。命と引き換えに契約するんだから当然だろう。顧客の最期の望みを叶えるのが我々だ。この世界のキャラクターが死亡、消滅するときだけじゃない。物質世界とでもいうべき、現実世界に繋がれた肉体が死んだとき、我々との契約書、遺言によって指定された相手へその事実を伝える。相続人を指定しているならば、財産の整理を行い、仮想資産だけでなく現実資産も行政に没収されることなく、孤独死として処理されることなく、現実世界に戻ることなく、この世界での死を全うさせる。現実世界で誰に知られることなく死を迎えたとしても、その最期にとどまる情報が孤独でないように」
「あんたたちは、死を媒介にして境界を越え、仮想と現実の世界をつなぐんだ。あんたたちはとてもうまくやっている。死の二重取りと言えなくもない」
「まったくたちの悪い子だ。子供だからなんでも許されるなんて思ってはいないだろうね?見返りを期待していいのかい?」
「僕は子供じゃない」
「いいや。きみは子供さ。永遠にね」
「残念ながら永遠なんてものはありはしない。葬儀屋のあんたが一番良く知ってるだろう」
「おや、きみらしくない。知らないのか?永遠にまつわるこんな噂があることを」
「噂?」
「そう、噂だがね。永遠を生きようとしている輩がいるらしい」
「馬鹿馬鹿しい」
「笑ったね?」
「笑い話だからだ。だいたいなぜ僕にその話を?」
「決まってる。商売敵、いや、純粋に敵とみなしてもいい。死とは仮想であれ現実であれ尊いものなんだ。時間が非可逆的であるように、死を軽率に扱ってはいけない。終わりがなければ始まりがなくなる」
「では何がある?」
「無だよ。死がなければ、終わりがなければ、そこは無になる。それこそ箱のない空き箱のように。そしてそれには終わりがない。一度、無になってしまったらそこは永遠に無だ」
いつのまにか空になっていたティーカップから、また暖かな湯気が立ちのぼる。男は眼鏡の奥の目を一層細めて、カップを傾けた。少年は立ち上がった。
「いくのかい?」
「話は終わった。データと花の話は至急だ」
「至急、ね」
男は言葉を口の中で転がすとひとり何度か頷いた。少年は男を見やり、無言でそのまま出口に向かったが数歩行ったところで足を止めた。男を振りかえらず、背中越しに問う。
「あんたは自分の死に様をどうするつもりなんだ?」
「気になるかい?」
男も少年の方を見ず、透き通る紅い液体に小さく息を吹き、湯気を飛ばして遊びながら応えた。
「現実世界の姿を教えるなら線香の一つでもあげてやってもいい」
「供えてくれるなら線香より饅頭がいいなあ。最中でもいい、空也の最中。あれは美味しい。次に来るときの土産はそれがいい。ああ、あの店は予約しなけりゃダメだよ」
少年はしらけきった様子で鼻を鳴らし、ズカズカと足音を立てると乱暴にドアを開けて外へと出て行った。
「忘れないでね、永遠の子供くん」
支配人がにっこりと笑う室内には、打って変わって時を刻む音が溢れ返っていた。
そして現実世界では、永遠の中間反抗期!宇宙人!と、人目もはばからず、本庁の庭園で空に向かって叫んでいる野生司の姿があった。
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