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Ch.2
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保護地域に指定された山からの濃い空気が漂う山間の村に、祭り以外では珍しい叫び声がこだました。叫び声を上げた男は、「あんたの遺伝情報を持ってないんだから、子供が絵を描く天才で当然だ。自然の摂理だ、まったく理に適っている」と自然溢れる山間の中、さも当然と摂理を貫く容赦ない言葉を受け入れまいと耳を塞ぎ、二階の窓を開け放ち飛び降りた。
「こんなはずじゃなかった。僕より、子供のほうがこんなにも才能に溢れているなんて。僕より素晴らしい芸術家になるようにと、たしかにギフトを贈ったが、こんなにも天才の名をほしいままにするなんて」
男は飛び降りる前、黒いスーツの宇宙人が長台詞を朗々と吐き出しながら自分に向かって歩を進めるのを阻止しようと呟いたが失敗に終わった。宇宙人の歩みは、男の面前まで止まることはなかった。
男の手には封筒が、今では珍しいリアルな紙のそれも上質な紙の手紙が握りつぶされていた。伝統を重んじる芸術分野では国際的に著名な賞の受賞を告げる手紙だった。宛名には男の名が書かれていたが、受賞した作品は彼のものではなかった。
「それはあんた宛の手紙じゃない」
宇宙人がそう告げると、男は手紙を目の前の宇宙人に投げつけ窓の外へ飛び出した。
彼もまた、ムンクのように、なにかをおそれ慄いた苦悶で歪んだ表情で地面へと吸い込まれていった。
アトリエとなっている階下の部屋で、もくもくとキャンバスに向かう子供の絵を褒めちぎっていた野生司は、叫び声に背筋が凍り、認めたくない現実を、警察官か、もしくは引率の先生の矜持か、とにかく勇気を振り絞って振り返った。窓の外では、警視庁の備品であるセーフティネットに受け止められ、ぽよんぽよんと弾むこのアトリエの主の姿を見た。
野生司は、子供ににっこり笑って「緊急避難の練習かな」と告げて、脱兎の如く2階へと駆け上り、アトリエの真上にある部屋へ飛び込んだ。
「ちょっと!!!ロクさん!!何やってんですか!!」
「何もしてない。勝手に飛び降りた」
「そんなわけないでしょう!!!」
野生司は窓の下を見やり、両の掌を天井に向けしらをきる宇宙人を力任せに脇へと押しのけ、窓の下を覗き込んだ。
「あのぅ……無事、ですか?」
<もちろんです。人命救助は最優先事項ですから>
四方でセーフティネットを固定していたぴぽまるくんたちの頼もしい声が心に染みた。
「あー……疲れた……」
ベッドに倒れこんだ野生司は「履歴」とモバイルに伝え、宙に着信履歴を表示すると「羽田先輩。映話」と告げた。宙に“呼び出し中”とメッセージが浮かびあがる。
<はーい。お疲れーって本当にお疲れじゃん>
タンクトップに短パンの羽田が現れた。
「お疲れ様です……」
<どした? 今日も巨大な5歳児にやられた?>
「子供にプライドを酷く傷つけられた親が部屋から出てこなくなった。自殺するかもしれないとパートナーからの通報で出動したんですけど」
<まって、まって、その話聞くの2回目じゃない? デジャブ?>
「いえ。2度目です。先日の1回目は、自分の遺伝情報から誕生した子供が天才でないのはおかしいと主張、2度目の今日は、絵画やデザイン、視覚的な創造物に秀でた遺伝情報を探し、そこから誕生した子供が、幼いながらも世界が認める天才になってしまって、自分とのギャップに耐えられなくなったと主張」
<安全対策課ってそういうのに出張るんだ?>
「通報したパートナーが原因は子供だって言っちゃってましたから」
<で?>
「未遂でした」
<げー子供にプライド傷つけられて自殺未遂?>
「いや、まあ、部屋のドアをぶち破ったうちの5歳児が更に父親に追い討ちをかけ、窓からダイブって言うか……」
<安全対策課じゃなかったっけ?>
「うちの課が他の部署から切り離された、漂流島な課である理由がわかってきました」
<なになに?>
「面倒臭いんですよ。うちが動く時、問題となる親ってギフトの注文が高いタイプが多いんです。通常ギフトでは飽き足らずっていうか」
<身の程知らずな親ってことか>
「そこまでは言いませんけど、いや言いたい時もありますけど。高いギフトを贈ってやったのに理想と違うって平気な顔で言っちゃう輩には」
<そんな親、どんどん逮捕しちゃえば? 親には贈ったギフトにも子供にも全責任あるし、だいたいGATERS(ゲーターズ)じゃなくたって親は子供に責任があるよ>
「だからこそGATERS(ゲーターズ)に限らず、子供を持つには親の資格が必要だし、その資格に見合うだけの責任に対する違反行為への処罰は重いんですが」
<しっかし保護しに行った先の親を自殺に追い込むって、相当だな。ヒトデナシって言われてるんでしょ?だから、本当にヒトじゃないんじゃないの?宇宙人とかアンドロイドだったりして>
「色んな意味で宇宙人に見えますけどまさか」
<わかんないよー 最近のロボットやアンドロイドは本当に優秀だから。この前、迷い犬探ししたんだけど、年季の入ったロボット犬の、そしたら犬の認知症らしき症状出てたよ」
「それってどこか壊れちゃってたんじゃないんですか?」
<いやいや。リアルを追求するエンジニアが、認知症発症プログラムを組み込んでいたかもしれない。大昔にある一定の期間を過ぎると必ず壊れて修理に出さなければいけないタイマーがあると、まことしやかな都市伝説をきいたことがある>
「都市伝説ですか。私も子供の頃、宇宙人は地球に来ているって言う都市伝説聞きましたよ」
<宇宙人は都市伝説じゃないよ。なんだ、野生司はエリア51を知らないのか?>
「え」
「こんなはずじゃなかった。僕より、子供のほうがこんなにも才能に溢れているなんて。僕より素晴らしい芸術家になるようにと、たしかにギフトを贈ったが、こんなにも天才の名をほしいままにするなんて」
男は飛び降りる前、黒いスーツの宇宙人が長台詞を朗々と吐き出しながら自分に向かって歩を進めるのを阻止しようと呟いたが失敗に終わった。宇宙人の歩みは、男の面前まで止まることはなかった。
男の手には封筒が、今では珍しいリアルな紙のそれも上質な紙の手紙が握りつぶされていた。伝統を重んじる芸術分野では国際的に著名な賞の受賞を告げる手紙だった。宛名には男の名が書かれていたが、受賞した作品は彼のものではなかった。
「それはあんた宛の手紙じゃない」
宇宙人がそう告げると、男は手紙を目の前の宇宙人に投げつけ窓の外へ飛び出した。
彼もまた、ムンクのように、なにかをおそれ慄いた苦悶で歪んだ表情で地面へと吸い込まれていった。
アトリエとなっている階下の部屋で、もくもくとキャンバスに向かう子供の絵を褒めちぎっていた野生司は、叫び声に背筋が凍り、認めたくない現実を、警察官か、もしくは引率の先生の矜持か、とにかく勇気を振り絞って振り返った。窓の外では、警視庁の備品であるセーフティネットに受け止められ、ぽよんぽよんと弾むこのアトリエの主の姿を見た。
野生司は、子供ににっこり笑って「緊急避難の練習かな」と告げて、脱兎の如く2階へと駆け上り、アトリエの真上にある部屋へ飛び込んだ。
「ちょっと!!!ロクさん!!何やってんですか!!」
「何もしてない。勝手に飛び降りた」
「そんなわけないでしょう!!!」
野生司は窓の下を見やり、両の掌を天井に向けしらをきる宇宙人を力任せに脇へと押しのけ、窓の下を覗き込んだ。
「あのぅ……無事、ですか?」
<もちろんです。人命救助は最優先事項ですから>
四方でセーフティネットを固定していたぴぽまるくんたちの頼もしい声が心に染みた。
「あー……疲れた……」
ベッドに倒れこんだ野生司は「履歴」とモバイルに伝え、宙に着信履歴を表示すると「羽田先輩。映話」と告げた。宙に“呼び出し中”とメッセージが浮かびあがる。
<はーい。お疲れーって本当にお疲れじゃん>
タンクトップに短パンの羽田が現れた。
「お疲れ様です……」
<どした? 今日も巨大な5歳児にやられた?>
「子供にプライドを酷く傷つけられた親が部屋から出てこなくなった。自殺するかもしれないとパートナーからの通報で出動したんですけど」
<まって、まって、その話聞くの2回目じゃない? デジャブ?>
「いえ。2度目です。先日の1回目は、自分の遺伝情報から誕生した子供が天才でないのはおかしいと主張、2度目の今日は、絵画やデザイン、視覚的な創造物に秀でた遺伝情報を探し、そこから誕生した子供が、幼いながらも世界が認める天才になってしまって、自分とのギャップに耐えられなくなったと主張」
<安全対策課ってそういうのに出張るんだ?>
「通報したパートナーが原因は子供だって言っちゃってましたから」
<で?>
「未遂でした」
<げー子供にプライド傷つけられて自殺未遂?>
「いや、まあ、部屋のドアをぶち破ったうちの5歳児が更に父親に追い討ちをかけ、窓からダイブって言うか……」
<安全対策課じゃなかったっけ?>
「うちの課が他の部署から切り離された、漂流島な課である理由がわかってきました」
<なになに?>
「面倒臭いんですよ。うちが動く時、問題となる親ってギフトの注文が高いタイプが多いんです。通常ギフトでは飽き足らずっていうか」
<身の程知らずな親ってことか>
「そこまでは言いませんけど、いや言いたい時もありますけど。高いギフトを贈ってやったのに理想と違うって平気な顔で言っちゃう輩には」
<そんな親、どんどん逮捕しちゃえば? 親には贈ったギフトにも子供にも全責任あるし、だいたいGATERS(ゲーターズ)じゃなくたって親は子供に責任があるよ>
「だからこそGATERS(ゲーターズ)に限らず、子供を持つには親の資格が必要だし、その資格に見合うだけの責任に対する違反行為への処罰は重いんですが」
<しっかし保護しに行った先の親を自殺に追い込むって、相当だな。ヒトデナシって言われてるんでしょ?だから、本当にヒトじゃないんじゃないの?宇宙人とかアンドロイドだったりして>
「色んな意味で宇宙人に見えますけどまさか」
<わかんないよー 最近のロボットやアンドロイドは本当に優秀だから。この前、迷い犬探ししたんだけど、年季の入ったロボット犬の、そしたら犬の認知症らしき症状出てたよ」
「それってどこか壊れちゃってたんじゃないんですか?」
<いやいや。リアルを追求するエンジニアが、認知症発症プログラムを組み込んでいたかもしれない。大昔にある一定の期間を過ぎると必ず壊れて修理に出さなければいけないタイマーがあると、まことしやかな都市伝説をきいたことがある>
「都市伝説ですか。私も子供の頃、宇宙人は地球に来ているって言う都市伝説聞きましたよ」
<宇宙人は都市伝説じゃないよ。なんだ、野生司はエリア51を知らないのか?>
「え」
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