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Ch.1

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 マシンプラントのツタで覆われた庁舎の中階層部分にある屋上広場は、日々の捜査、職務で疲れた心身を、清め、払え、休め、とでも設計者は言いたかったのか、上階から滝のように落下する水は、そのまま水耕栽培の畑へと流れ込み、その向こうには中木程度の木々と四季折々の花が咲き虫や小動物も現れる一角に東屋、藤棚といった木陰にベンチやテーブルが置かれ、省庁群全てがビル風を調整し、一部は風力発電に利用する構造になっているため、緩やかな自然の風が野生司の顔をなぜた。
 朝の日課か畑を一回りしてきた職員もいれば、よく見るコーヒーショップのカップを片手に朝食をとっている職員もいる。だが、あたりを見回す野生司の目にそれらしい人影、探し人は見つからなかった。
 探し人の人相、身体的特徴は、部屋を追い出した張本人、和洲から「そう言えばいってなかったよね」と悪びれもなく、モバイルに着信した声が伝えてきた。その着信があるまで、野生司は “ロク” と呼称された、人間だか宇宙人だかを、ここにいるんだから警察官には違いない、そして高いところ、というヒントだけであてども無く探そうとしていた自分にはたと気付き、警察官としての矜持やら自覚やらを恐る恐る思い出した。尋ね人、探し物の類の基本である基本的情報も得ずに一体何をやっているのだと、己に対して猛つっこみたいを入れたかった。何よりこの姿が録画されていて、もしこれがなんらかのテストの一つだったとしたら絶対にマイナス点だ。更新に響くに違いない。ああ情けない。野生司は今ほど、パーソナルAIと語りたいと思ったことはない、ああ声が恋しいと無意識に口をついて出てきた。
「のおす、いま、俺が恋しいって言った?」
「え? は? 何事ですか? 言ってません。言いません。言うわけありません」
 モバイルの向こうの和洲の声に慌てて全否定を並べ立てると「そんなに否定しなくても……じゃ、ロクの情報送る……」と、いくぶん沈んだ声とともに通話は切れ、ファイルが送られてきた。
 着任しょっぱなからの混迷した状況に野生司はもう和洲がいったいなにを言っていたのかは、とりあえず置いておくとして、エレベーターホールの手前にあるちょっとしたスペースで、モバイルに送られてきたファイル、“ロク” としか聞いていない探すべき相手の手配書を宙に映し出し眺めた。
「なんですかこれは」
 宙に映し出した画像は、誰が撮影したのかわからないが、先ほど部屋にいた枡暮と見知らぬ男が互いの腕を取り合い取っ組み合い真っ最中で、和洲が描き入れたのか枡暮に掴みかかる男は赤丸で大きく囲まれ “コレ” と矢印が引っ張ってある。その横に、“身長は190ちょっと超えてるぐらいかなぁ。でかいからすぐ見つかると思うよ” とコメントが記載されていた。
「でかいって……190cm超えはでがすぎでは? でかい……宇宙人か、そうなのか。て言うか、なんで殴り合い? そしてなんでその画像?」
 野生司が宙空映像を前にして独り呟く後ろを、ひそひそと声をひそめて職員たちが、時に笑い、一部は失笑、時に眉をひそめ、釣り上げ、一部は苦虫を噛み潰したような顔をして通り過ぎ去っていったが、野生司はちっとも気付かない。その様子を、窓際で数人と机を囲んでいた一人が舌打を一つして席をたった。
「ちょっとあなた、そのロクデナシをミーティングスペースに展開してなにやってんの?そんなの投影されてたら、こっちは打ち合わせどころじゃないし職務に支障をきたす」
「え? ロクデナシ?」
 振り向けば、朝の憧れが野生司の目の前で、ハイヒールの威力をこよなく発揮して仁王立ちしていた。


『かくれんぼ、ですか』
 野生司はきょろきょろと見渡しながら畑のわきを抜け、入り口からは木々で隠れて見えないスペースへ回った。上空を走る雲が影を作った先に、一瞬かげろうのようなモヤが上がるのを野生司は見逃さなかった。駆け寄ってみると芝に寝転がって煙草を吹かし、雲に目掛けて煙を吐き出す図体も態度もでかい男を見つけた。
「あのう、すみません……生活安全部ゲーターズ安全対策課の……」
 探し人、お尋ね宇宙人である確信はあったが、気持ち良さそうに寝転んでいる姿に、ついつい低姿勢で声をかけ、さらに噛みそうな新しい部署の名前をそらんじてみた。
「ちがう」
「え?」
 寝転んだ男は目も開けずに否定の言葉で野生司の言葉を遮った。
「ちがう。口にだすな。声をだすな。そして去れ」
『声出すなって……さすが宇宙人』
「えっと……ロクさん」
 棘で武装した言葉にもめげずに上から降ってきた声に面倒臭そうに片目を薄く開けた男は、野生司を一瞥すると鼻をならして「ちがう」とまた一言だけ発し、くわえていた煙草を小型だが強力な空気清浄機付きの灰皿の電源を入れ放り込みプイと横を向いて目を閉じ朝寝に戻ろうとした。
 野生司は横たわる宇宙人を頭の先から爪先まで眺め、大きく息を吸い、盛大に吐き出した。どういうベクトルのやる気かは自分でもわからなかったが、なぜだか気合が入った。
『5歳児……巨人な宇宙人だけど……5歳児と言えば義務教育の第一歩。1年生になる前の一番大事な時期。よし!』
「ロクさん、和洲課長が呼んでいます」
 野生司は膝をつき、ロクの顔をのぞきこむと、厳しくもないが甘くもない口調で伝える。顔の各パーツの大きさや形、配置は良さそうで、鼻梁も高い。目を閉じてはいるが、整った顔立ちと言えなくもない。だが、どっからどうみても大人だ。いい年した大人だ。くせのある黒髪の合間にちらほら白髪が見え隠れしている。
『白髪あるじゃないですか。まったくいい歳した大人がなにしてんだか』
「しつこい、和洲なんて知らない」
 男は黒いジャケットの背中で全否定する。
「知らないわけないでしょ。寝言は寝てから言ってください」
「残念だな、僕は寝てる」
「じゃあ起きたら知ってるんですか」
「起きればな。だが、僕は当分起きない。だから君はさっさとその和洲のところに戻ってこのことを報告すればいい」
「そう、ですか……」
「そう。早く行け」
「それでは寝てる方にこれは不要ですし、なんといっても警視庁でボヤ騒ぎを出すなんて不祥事あってはならないことですので私が回収しておきます」
 言うが早いか野生司は、ロクが高性能灰皿と並べておいてあった煙草を奪った。
「!」
「ハイ、起きました!」
 慌ててがばりと身を起こしたロクの目の前に、野生司はモバイルから取っ組み合い画像の手配書を宙空に投影し、その横に、和洲の映話も映し出した。
『ロク、おはようさん。言い逃れ、出来なさそうじゃない?』
 王将と書かれた湯のみで茶を啜っている和洲のほほんとした声を無視して190センチを超える5歳児は不貞腐れた様子で庭園の出口へと大股で向かった。
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