警視庁生活安全部ゲーターズ安全対策課

帽子屋

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Ch.1

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 地上に出てあたりを見回した野生司は、深緑の省庁群と呼ばれるその一つの前で足を止め「おお……」と、聳え立つ巨大な森と見紛う庁舎の姿に思わず感嘆の声をもらした。都内のほとんどの建造物、高層ビル群は全て無機物と有機物の融合体、ハイブリッド・マシン-プラントの蔦によって壁面を緑に覆いつくされ、警視庁も例外ではなかった。
『墨田から見る中央は山に見えるけど、こうやって近くで見ると巨大な森と言うか、なんか圧倒されるなあ』
 野生司は大きく息を吸い込んだ。鼻腔から吸い込まれた空気は、奥多摩に行ったときを思い起こさせる濃度があった。
「なんだか空気が濃い?」
<ハヤマ製のこのツタで地上の構造物を覆うことで、二酸化炭素を軽減し大量の酸素を供給していますからそう感じるのかもしれません>
 耳の奥で聞きなれた声が応える。
「そうなんだ。前に来たときもこんな感じだっけ?」
<しおんは普段あまり中央に来ませんからね。以前、登庁したときは緊張と興奮で空気のにおいなど感じる暇もなかったといったところでしょうか>
「え 興奮て……」
<それはもう遠足に来ているようでしたよ>
「えー」
 そうかなあ、そんなに興奮してたかなあ……野生司は独り言のように呟きながら警視庁のエントランスへと向かい始めた。その横を何人かが足早に通りすぎて行く。そのうちの何人かは、やはり野生司のように独り言を呟いているように見えるが、おそらくパーソナルAIと会話をしているのだろう。さっそうと野生司の脇をすり抜けていく、見紛うことのないハイヒールの女性は右耳に指をあてAIを通し、何人かと通話しているようだった。彼女がかけている眼鏡はMR(ミクスト・リアリティ)眼鏡なのかもしれない。その視界の向こうには通話相手が何人も並んでいるのだろうか。そして彼女はそのまま警視庁のエントランスに消えていった。
「おお……」
 かっこいい……周囲の全ての人間がキャリア、すごく仕事の出来るエリートに見えてしまう。自分もその一員にこの1時間以内にはなるのかと、野生司は希望を胸に、一目憧れの女性の背中を追ってエントランスをくぐった。
<やはり今日も遠足のときと同じ心拍数になっていますよ。初日ですから落ち着いていきましょう>
 どこか苦笑いの混じった声音のAIの声がいつもより耳の奥の方で聴こえた。

 
 エントランスから続くいくつかのゲートでのチェックをクリアした野生司は、ようやく庁内に入ることができた。
『え』
所轄のフロアとは違いだだっ広い空間に圧倒される。
『えーと……』
 仕事用モバイルから辞令と本日の指示書を呼び出し、目を走らせるが、時刻と場所は書いてあっても、そこまでの新設丁寧な経路案内などはない。
『と、とりあえず上階に行くことは間違いないから、エレベーター……どれ? どれに乗ればたどりつくの??』
 庁内はテロ対策のため安易な内部構造になっておらず、何本ものエレベータはそれぞれ行き先階が分かれている。くわええて庁内では、個人モバイル、パーソナルAIの使用が、使用可能エリアに限定されているため、いつも助けてくれるAIの声が今は聞こえない。
 ようするに野生司は意気揚々と登庁した迷子だった。
 忙しく行き交う職員に声をかけるのもしり込みしてしまい、結局、庁内に配備されているパトロール兼案内ロボットに声をかけ、部署までの道案内をお願いすることにした。
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