警視庁生活安全部ゲーターズ安全対策課

帽子屋

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Ch.1

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 いつもより早い時間に起床しシャワーを浴びて入念に寝癖を直し、鏡の中の自分と一緒に深呼吸した野生司は、休日以外では乗ることの少ない地下鉄に乗り、首都中心部、官公庁エリアへと向かった。窓に映る自分の顔は、なんだか緊張しているように見える。そういえば、一昔前、毎朝この時間帯の電車やバスの中では人が身じろぎひとつも出来ないラッシュと呼ばれる惨状が日々繰り広げられていたそうだが、今はよほどのイベントでもない限りそんな混雑に見舞われることはない。首都を統括する管制AIが公共交通機関の乗車率が平常時であれば80%程度を超えないようにコントロールしている。野生司は着慣れないスーツと、ハイとは言えない、ちょっとかかとが高くなった靴、でも野生司からしたら十二分にハイヒールな靴を履いている今、この時代に生まれて本当に良かったと思った。古い映画に出てきた通勤ラッシュ風景を祖父母と見たときに祖父母から「これはフィクションではなく、東京の毎朝の風景だった」と聞いたときの衝撃を思い出しながら地下鉄に揺られる。車内ではラッシュで戦う民族の制服ですとも言うべきスーツにネクタイ姿の人間も、今では半々と言ったところだった。

 地下鉄の改札を出ると、地下水の如く人波の流れにのるようにして地下通路をその先へと進む。地下と言っても天井はそれなりに高く、空の様子をリアルタイムで頭上に映し出す宙空投影と時間によって明度を変える人工光の照明効果で地下構造物特有の閉塞感はあまり感じない。浄化した外気を循環させ意外にも澄んだ空気が流れる地下道を進むと、広く開けたスペース、何本もの動く歩道が乗り入れるターミナルエリアに出た。人はそれぞれ行き先方面別の歩道に乗って運ばれていく。動く歩道は野生司の元職場となった、向島方面へも伸びている。時間さえあれば、向島からこの桜田門まで歩道を乗り継いで来ることが出来た。
 流れ行く人々に一瞬目を奪われ動きの止まった野生司の耳に<右手30メートル先の上昇スロープに乗り、地上へ出ると警視庁本部入口前です>と、野生司の個人モバイルからの声が聴こえる。一定時間、一定箇所で止まった野生司が迷子にでもなったのかと判断したモバイルが、耳に装着しているインイヤーモニターを通じて行き先を伝えてきたのだった。
「え、あ、はい。ありがとう、了解です」
 野生司はひとり呟くと、急いで指示されたスロープへと向き直り一歩を踏み出したが、いつもと違う着地の感触に、一瞬よれっと体勢を崩した。
<今日はいつもと違ってローヒールですから、かかとから着地してつま先で体を前に押し出してみましょう。焦らなくても到着予定時刻まで、まだ時間はあります>
 すかさず聴こえてくる声に「はぁい」と小さく応えて辺りをちらりと見回す。
<大丈夫ですよ。誰も見てません。気にしない、気にしない>
 野生司は声を出さず、心の中でハイ、そうですね、うんうん、と頷いてかかとを意識しながらその場をあとにした。
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