96 / 109
間奏曲
lamentazione(25)
しおりを挟む
キャロルがテレビを観ている間に、いつの間にか奥の部屋から気味の悪い音は消えていた。代わりにモバイルの呼び出し音が聞こえる。整ったリズム音にキャロルは、知らずほっと小さく息をはいたが、母親はしつこく鳴り続ける呼び出し音にうんざりした声をあげた。酒と喘ぎでがさつき、荷物が床を引き摺られるような声が苛立った様子で通話に応じる。母親のモバイルは扱いの乱雑さから映話機能は壊れ、通話も不調のために、やたらと大きな声が苛立ちを隠すそぶりもなくモバイルへの相手へと文句を並べている。
いつものことだと、キャロルはまたテレビへと意識を向けたが、文句の合間に「グレン」と兄の名前が出てくると、慌てて奥の部屋の音に耳をすました。
ほんの数分の後「わかったよ」と通話を終了する声がした。キャロルは注意深く奥の部屋の音に耳をそばだてていたが、薄い壁の向こうでギシリとベッドが軋む音と不機嫌な足音が床を鳴らすと、母親の声に似た床をこするたてつけの悪いドアが開き「キャロル!」と自分を呼んだ。
「ママ」
キャロルが振り返ると、母親は面倒臭そうにモバイルを娘に放って寄越した。キャロルは慌ててキャッチする。この前は受け取り損ねて顔にあたり痛い思いをしたことを思い出す。
「グレンのバカが病院に運ばれたらしいよ!サインが必要とかなんとかぐちゃぐちゃとこの電話のやつが言ってるからあんた行って来て」
「ママは?」
「アタシは疲れてるんだから寝かしてよ。ついでにお酒、買ってきて」
受け取ったモバイルの向こうから、誰かが呼びかけてくる声が聴こえた。看護師だろうか。警官だろうか。
「あ、えっと、あ、はい。わかります。すぐ行きます。あの、お兄ちゃんは大丈夫なんですか?」
告げられた病院は街の中央にある大きな病院だった。兄の様態をキャロルは尋ねたが、病院の名前と場所を告げた担当者は仕事がようやくすんだとばかりにすぐに通話を切ってしまった。
「お兄ちゃん、怪我したのかな。まさか、このテレビでやってる教会の事故に巻き込まれたとか……」
「事故?」
母親はさして興味もなさそうに、宙に浮くニュース映像を眺めて鼻で笑う。
「知らないね。それよりはやく行ってきなよ。アタシ、お酒が飲みたいって言ってるでしょ」
苛々とした口調のこの母親に何を言っても無駄なことは分かりきっていたので、キャロルはそれ以上何も言わず出かける準備をした。だが酒を買うための金は、キャロルのモバイルはチャージが0のうえに、財布どころか上着のポケットにもどこにもコイン1枚ありはしない。
「ママ、お金」
「はあ?」
「お酒を買うお金ちょうだい」
キャロルが手を出すと、充血した目の母親は蔑んだ笑いを浮かべ「なんだい!親に酒を買ってくる金もないのかい。それぐらいの金、外で客でもとって体で稼いできなよ!」と叫んだ。
「今はないの……だからお酒買えない」
チッと舌打した母親は「ほんと、使えないガキだよ」と吐き捨て、部屋にいる男が差し入れでもしたのか、下着の中でしわくちゃになった紙幣をキャロルの顔に投げつけた。キャロルはその紙幣を拾い集めると、つぶれそうな気持ちをこらえ兄のマフラーを引っつかんで外に飛び出した。
背後で「お前のガキがサインなんて出来るのか?兄貴はまともに喋れない、字も書けないアホだろうが。妹だっておんなじようなもんだろ?」「バカなこどもだけどね、自分の名前ぐらい書けるだろ。学校に通わせてやってるんだから!そのおかげでバスにだって乗れるんだ。学校サマサマだよ」と下卑た笑いが薄暗い通りに響いた。
いつものことだと、キャロルはまたテレビへと意識を向けたが、文句の合間に「グレン」と兄の名前が出てくると、慌てて奥の部屋の音に耳をすました。
ほんの数分の後「わかったよ」と通話を終了する声がした。キャロルは注意深く奥の部屋の音に耳をそばだてていたが、薄い壁の向こうでギシリとベッドが軋む音と不機嫌な足音が床を鳴らすと、母親の声に似た床をこするたてつけの悪いドアが開き「キャロル!」と自分を呼んだ。
「ママ」
キャロルが振り返ると、母親は面倒臭そうにモバイルを娘に放って寄越した。キャロルは慌ててキャッチする。この前は受け取り損ねて顔にあたり痛い思いをしたことを思い出す。
「グレンのバカが病院に運ばれたらしいよ!サインが必要とかなんとかぐちゃぐちゃとこの電話のやつが言ってるからあんた行って来て」
「ママは?」
「アタシは疲れてるんだから寝かしてよ。ついでにお酒、買ってきて」
受け取ったモバイルの向こうから、誰かが呼びかけてくる声が聴こえた。看護師だろうか。警官だろうか。
「あ、えっと、あ、はい。わかります。すぐ行きます。あの、お兄ちゃんは大丈夫なんですか?」
告げられた病院は街の中央にある大きな病院だった。兄の様態をキャロルは尋ねたが、病院の名前と場所を告げた担当者は仕事がようやくすんだとばかりにすぐに通話を切ってしまった。
「お兄ちゃん、怪我したのかな。まさか、このテレビでやってる教会の事故に巻き込まれたとか……」
「事故?」
母親はさして興味もなさそうに、宙に浮くニュース映像を眺めて鼻で笑う。
「知らないね。それよりはやく行ってきなよ。アタシ、お酒が飲みたいって言ってるでしょ」
苛々とした口調のこの母親に何を言っても無駄なことは分かりきっていたので、キャロルはそれ以上何も言わず出かける準備をした。だが酒を買うための金は、キャロルのモバイルはチャージが0のうえに、財布どころか上着のポケットにもどこにもコイン1枚ありはしない。
「ママ、お金」
「はあ?」
「お酒を買うお金ちょうだい」
キャロルが手を出すと、充血した目の母親は蔑んだ笑いを浮かべ「なんだい!親に酒を買ってくる金もないのかい。それぐらいの金、外で客でもとって体で稼いできなよ!」と叫んだ。
「今はないの……だからお酒買えない」
チッと舌打した母親は「ほんと、使えないガキだよ」と吐き捨て、部屋にいる男が差し入れでもしたのか、下着の中でしわくちゃになった紙幣をキャロルの顔に投げつけた。キャロルはその紙幣を拾い集めると、つぶれそうな気持ちをこらえ兄のマフラーを引っつかんで外に飛び出した。
背後で「お前のガキがサインなんて出来るのか?兄貴はまともに喋れない、字も書けないアホだろうが。妹だっておんなじようなもんだろ?」「バカなこどもだけどね、自分の名前ぐらい書けるだろ。学校に通わせてやってるんだから!そのおかげでバスにだって乗れるんだ。学校サマサマだよ」と下卑た笑いが薄暗い通りに響いた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
おっさん、ドローン回収屋をはじめる
ノドカ
SF
会社を追い出された「おっさん」が再起をかけてドローン回収業を始めます。社員は自分だけ。仕事のパートナーをVR空間から探していざドローン回収へ。ちょっと先の未来、世代間のギャップに翻弄されながらおっさんは今日もドローンを回収していきます。
法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』
橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった
その人との出会いは歓迎すべきものではなかった
これは悲しい『出会い』の物語
『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる
法術装甲隊ダグフェロン 第二部
遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。
宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。
そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。
どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。
そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。
しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。
この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。
これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。
そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。
そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。
SFお仕事ギャグロマン小説。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
強奪系触手おじさん
兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
骸を喰らいて花を咲かせん
藍染木蓮 一彦
SF
遺伝子操作された少年兵たちが、自由を手に入れるまでの物語───。
第三次世界大戦の真っ只中、噂がひとり歩きしていた。
鬼子を集めた、特攻暗殺部隊が存在し、陰で暗躍しているのだとか。
【主なキャラクター】
◾︎シンエイ
◾︎サイカ
◾︎エイキ
【その他キャラクター】
◾︎タモン
◾︎レイジ
◾︎サダ
◾︎リュウゴ
◾︎イサカ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる