雪原脳花

帽子屋

文字の大きさ
上 下
77 / 109
間奏曲

lamentazione(6)

しおりを挟む
「あんた……どうして……」
「気が付いたとき私はここにいました。近くにはハンドラーがいた。でも、なにも覚えていなかった。自分が殺されかけたのに、その相手の顔すら、醜く歪んだ笑顔がおぼろげに記憶の片隅に見えるだけで、なにが起きたのかほとんども覚えていなかった。私は悔しくて悔しくて、なぜ自分はこんな出来損ないで生まれてこなくてはならなかったのかと、私がいったいなにをしたのかと涙がこみあげてきましたが、泣き声をあげることもできず、ただただつぶされた喉でうめきました」
「つぶされた……」
 グレンは無意識に自分の喉に手をあてた。
「でも、あんたいましゃべってる」
「ええ、そうですね。ハンドラーが言うように私に奇跡がおとずれたんです。私はこの教会の世話になりどうにか体を動かせるようになった。しかし声はヒキガエルのように醜い音が出るばかり。そんな私にハンドラーはいつも奇跡は必ず来ると言っていた」
「奇跡……」
 そんなものあるはずないと笑うブロンディの声の影で、自分にも奇跡は来るのだろうか、この男が話すように奇跡が起きれば自分もまともに、普通の人間のように文字がすらすらと読めて長い内容も理解し、それを記憶に残して話すことができるようになるのかと小さく呟く自分の声が聞こえる。自身の中で相反する意識をコントロールできずにグレンは混乱していく。落ち着かない気分が小刻みに身体を揺らした。無意識にかかとが床を叩く。「大丈夫ですよ。落ち着いて」男はそうグレンに言うと揺れる膝の上に手を置いた。
「あの日、ちょうどいまあなたが座っているところに私も座ってあのステンドグラスを見ていました」
 男に促されるように、グレンは顔をあげた。割れたところを簡易に修理してあるだけのつぎはぎの色ガラスは、それでも光を通して美しく見えた。ちりばめられた光の色彩の中に、剣を携えた巻き毛の男が見える。その肩からは大きな翼が広げられていた。
 羽……そっか、天使か。天使ってでかくなるんだな、それに剣なんて持って戦うんだ。
 天使といえば羽のはえた赤ん坊の姿をして、おもちゃのラッパ片手にくるくる飛び回るものだとグレンは思っていた。クリスマスになるとキャロルがそこかしこのショーウィンドーに顔を押し付けて可愛い!と騒いでいたのを思い出す。
「そして聴こえてきたんですよ、私にも。奇跡の音が」
 ぼんやりとガラス絵の天使を見上げているグレンに男は静かに、しかしはっきりと伝えた。
「音……」
「ええ。まるで天上の音楽が響いてきたかのように。その音を聴いてから私の全てが変わり始めました。脳の中にあらゆる感覚器がとらえた情報が雨のように降り注ぎ、そしてそれは奥底に眠っていた記憶の種を芽吹かせ、根付くことさえ可能にした。私は過去の今までの記憶を知ることができ、そして新たな情報を記憶することが出来るようになった」
 男はこんどこそはっきりとグレンの目を見つめた。
「今まで自分の人生に何が起こってきたのか、ここにいる理由もなにもかもね。それだけじゃない、音は、声となって私に語りかけてくる。私は奇跡によって記憶と庇護者とそして生きる力を手に入れた」
 間近にある男の瞳に自分の顔が映って見える。眼球のカーブにそって歪んだ顔の周りで一瞬、ステンドグラスを通したかのような光が淡く浮かんだ気がした。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

我ら新興文明保護艦隊

ビーデシオン
SF
もしも道行く野良猫が、百戦錬磨の獣戦士だったら? もしも冴えないサラリーマンが、戦争上がりのアンドロイドだったら? これは、実際にそんな空想めいた素性をもって、陰ながら地球を守っているエージェントたちのお話。 ※表紙絵はひのたけきょー(@HinotakeDaYo)様より頂きました!

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

火星

ニタマゴ
SF
2074年、人類は初めて火星という星に立つ。 全人類が喜ぶ中、火星人は現れた。 そして、やつはやってくる!地球へと・・・ 全人類VS一人の火星人の戦いが始まったのであった・・・

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...