雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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 東京都内にあるネオジーン日本法人のヘリポートから荷物を積んだ大型輸送用ヘリが飛び立った。空に飛び立ちしばらくして箱から出した獲物に「大人しくしてろ」と言って、ホリーに押さえつけさせながらジムは窮屈な拘束を解いた。タケシは暴れることなく大人しく指示に従った。命令オーダーの通り “なるべくきれいに生かした状態” を保つため「効くかわからんが」と言ってタケシに鎮痛剤を打ち、簡易的にでも傷の手当てをしようとしたジムは自分が切り裂いた両の足と正体不明の、恐らくタケシの仲間であろう男の弾丸が抉った肩を見て、ホリーと目を合わせた。謎の男との格闘の末、いまだに傷から血の滲む切創だらけのジムの顔を見て、強気なホリーの目は “どういうこと?” と口ほどに伝えてきた。
 タケシの足も肩も出血はすでになく、切り裂いた箇所は真新しい細胞で傷口が覆われ太い蚯蚓腫れ状になっていた。抉られた肩は、今まさに修復の真っ再中で蠢く血肉はワームが動く姿にも見えた。
「そっちのおじょうちゃんは驚いたみたいだが、お前は驚かないんだな。さすが揺るがないジムってところか」
 タケシは憔悴した顔で薄く笑った。ジムはそれには答えず、それでも傷口に所定の応急処置をした後に拘束服を着せ、ホリーには「休んでおけ」と伝えた。ホリーは何か言いたげだったが、ジムとタケシをみやり何も言わずにその場を離れた。ジムはタケシと二人になった。
「大した時間じゃないが横になるか」
 ジムの言葉に今度はタケシが驚いたようだった。
「優しいんだな。それとも俺が哀れか。だったら外を見せてくれ」
 ジムが窓のシールドを開いてやると、遠くにLIVE BAN AIDの会場が見えた。イベントの最後を飾るに相応しく最高潮に盛り上がりを見せるそこは、夜の街に出現した巨大な光のドームのように輝いていた。血なまぐさい裏世界から華やかな光の世界が煌々と見えた。その境界は見えないに等しいが、その世界の隔たりは、永劫に近いとタケシは窓に顔を押し付けた。
「花火、きれいだったろ。 “Twinkle Twinkle Little Starきらきら星” お前との約束守れてよかったよ」
 窓の外をのぞくタケシは誰に向けてか一人呟いた。ジムは静かにその姿を眺めていた。自分よりも若いこの男からは疑問が次から次へと浮かぶ。あの異常な傷の治り方をジムは知っていた。そしてその異常さよりも違和感を感じるのは、肉体よりもその精神なかみだ。
「ジム。お前、何が聞きたいんだ。俺が答えてやれることなら答えてやるよ」
 窓の外を見たままのタケシは、そこに映りこむジムに今度ははっきりと問いかけた。
「あの男は誰だ。仲間か」
「昔のな。昔のことなんで名前も忘れちまったよ」
「なんでそいつは俺を知っているんだ」
「さあな。それは知らん」
「お前はなんであのギタリストを焼き殺そうとしたんだ?」
 仲間がいるなら罠にはまらず逃げられたかもしれないのに。
「……あいつのあの音はな。ずっと俺の中で鳴り続けてた音だ。あの音を聴くと、俺の中の怪物が目を覚ましそうになる。全てを壊せと誘われるんだ。悪魔の囁きみたいなものさ。俺は怪物じゃない。人間だ。だから、人間でいられるように消そうと思った。だが、入谷が悪いわけじゃないからな。入谷あいつはただの人間だと思う。罪も無い人間を殺そうとした俺はもうすでに狂っていて、音は俺の中の怪物が歌っていたのかもしれないな。俺は音に誘われるまでもなくやっぱりもうとっくに怪物だったてことかもな」
「あのギタリストが弾く音は、お前にとってそんなに特別なのか」
「人間はみんなそれぞれ音を持ってるんだ。お前もな。だがあの音は……俺は確かに昔聴いたんだ。あの音を。俺がこんな身体になる時に。怪物になる前に。あの野郎は神じゃなきゃ、悪魔。人間じゃないって専らの噂だった。だが、ただの噂だったけどな」
「どういうことだ」
「死んだからさ。殺したんだよ俺たちが。あそこを逃げ出すときに、殺して、破壊して、そして野郎の頭を吹き飛ばし、きっちり死体にしてやった。死ぬなら、人間だろ?」
 タケシは、窓の外を眺めたまま小さく曲を口ずさみ始めた。
「……待て。お前、その歌なぜ知ってるんだ?」
「仲間が良く歌っていたからさ。戦闘の後、生き残った後に」
「仲間……デイヴィか?」
 タケシは何度も終わりの無い曲のフレーズを繰り返しながら頷いた。
「いつだ? いつその人間に会った」
「7、8年は経つか」
「そんなはずはない。アイツはその何年も前に半身不随になった。俺は見舞いにも行ったんだ。戦場に出られるような身体じゃない」
「……ジム、お前もドッグヤード出身か。俺は廃棄される寸前だった。しくじって身体半分吹き飛ばしちまって。で、処分される犬と同じ運命になるはずだったんだが、さっきの話、破壊した施設で吹き飛んだ身体が返って来たんだ。デイヴィとはそこで会った。あいつはポイントを稼ぎ終えたが復讐のために来たと言っていた」
 タケシは自分と同じ出身のジムの顔を見て話し始めた。
「たいそうなおまけつきの新しい身体は俺たちに地獄の苦しみと力を与えたが、人間として死ぬ選択の権利を奪っていった。俺はもう60近くになるってのにこんな姿だ。だが今夜見たかったものが見られたからこの身体も悪くなかったな」
「60?」
 ジムは自分の耳を疑った。
「俺は嘘をついていないぜ、ボーヤ」
 タケシはその顔に年齢不相応の深い色の表情を見せて笑った。ジムは違和感の正体を思い知った。表に見える姿(現象)と見えない裏の姿(本質)の乖離。
<ジム。あと10分ほどで着くぞ>
 ブライアンからルジェット経由の通信が入った。「わかった」とジムが応答する。
 東京湾の上空を滑るようにヘリは飛ぶ。眼下に広がる闇のような海を眺めてタケシは最後にジムに告げた。
「ジム。お前は知らないだろうが、この曲には終わりがあるんだ。いつか聴けるだろうから楽しみにな」
 そしてまたタケシは終わりの無い曲を口ずさみ始めた。
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