雪原脳花

帽子屋

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第一楽章

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「二人とも無事か?」
 背後から駆け寄ってきた足音は、周囲に気を配りながらも焦りと不安を隠せない声をあげていた。
「「ブライアン!」」
「ジム。こっちだ。二人を見つけた。ああ、二人とも無事だ」
 ブライアンはジムに連絡を入れたモバイルをしまうと、まずは話を聞くか、いや説教するかと二人に向き直った。
「お前たちいったい何がぁぁッッ!」
 問いただそうとしたブライアンに双子は同時に思いっきり飛びつき、二人を抱えたままブライアンは後ろに倒れこんだ。顔をこすりつけてくる双子の頭を撫でながら溜息をつく。
「ブライアンお酒臭い」
「ばか。お前たちが心配かけるからアルコールなんてぬけたわ」
「でも臭い。それによくここがわかったね」
 よっこいせとブライアンは上半身を起こした。
「店の人間にお前たちが出て行く前に何かあったか聞いたんだ。そうしたらお前たちが愛してやまないバンドの面々が2次会に来ていたと言うから、もしやってな。ロンに向かわせたが、お前たちは彼らに接触はしていなかった。対象に接触できない、戻ってこられないトラブルが発生した可能性を考慮。この場合、お前たち、いや俺たちの行動プロセスからすればむやみやたらに動かず人目をさけた場所、つまりここにいる可能性が高いと言うわけだ。ジムは万が一を考えて先に俺をここに寄越して周囲を探っている。敵がいるわけじゃないならもうすぐ来るだろ。ほらな。お前たち、まずは気合入れて謝れよ」
 大またでやってきたジムは、いつもと変わらず凪いだ顔だったが双子は「「ごめんなさい」」「「もうしません」」「エリックは悪くないの。僕が急に見つけちゃったから」「フレッドから目を離した僕のせいなの」を何度も繰り返した。ジムは低い声で「話しは帰ってからだ。行くぞ」とだけ言い用意してあったタクシーに向かった。車に乗り込みホテルへ向かう途中、ジムからは怒りも何も感じられなかったが黙りこくり、そして双子も黙っていた。沈黙の中、ブライアンが、ホリーとロンに撤収の電話をかけた。


 シャワーを浴び着替えた二人をベッドに座らせ、煙草を吸いながら待っていたジムはパックマンに吸殻を放り込むと問いただしはじめた。
「エリック、フレッドどちらからでもいい。説明しろ」
「音が……」
 フレッドが先に口を開いた。
「音?」
「歌が聴こえたんだ。イリヤたちがいるのはわかってた。でもイリヤを追いかけたんじゃない。イリヤたちのすぐ後を、歌を口ずさみながらついていく人間がいたの。僕、その曲がどうしても気になって。ごめんなさい。エリックは悪くないよ。僕が勝手に獲物だって感じてついていっちゃったんだ」
「どうしてエリックに連絡しなかった」
「聴き逃すと逃げられちゃうと思ったの。小さな音だったし。すごく集中してた」
「エリック?」
「僕も。フレッドが獲物だって言うなら間違いないからついていった。モバイルを切ったのは相手に気付かれそうだったから。ごめんなさい」
「どんな相手だ。その相手は確認出来たのか?」
「この国に旅行で来た観光客みたいな普通の人間。お兄さんとおじさんの間くらいの年齢(とし)だと思う。だけど、ほとんど後ろ姿しか見えなかったんだ。正面から顔を見る前に消えちゃったから」
「消えた?」
「うん。音も消えたし」
「歩行者専用区域から地下に入って行ったから見えなくなった」
「うん。そう」
「それで僕たち迷子になってることに気付いて。人にあんまり見られちゃいけないと思って、あの公園に隠れて連絡しようとしてた」
 二人をルジェットで診断スキャンした結果は “正常動作中” だった。二人が行動していた時間も含め異常はどこにも認められなかった。
「二度とこんなことをするな。必ず動く前に俺に言え。わかったな」
「「うん。ごめんさい」」
「すぐに寝ろ。もう朝までしゃべるんじゃないぞ。寝ろ」
 ジムは立ち上がり部屋の照明を落とすとドアを出て行こうとした。
 音。
 ジムは記憶を巻き戻し、燃やして灰にしたチェシャネコの手紙を鮮明に再生した。
「フレッド。お前が追いかけた音はどんな音だ」
「うん。こんな歌」
 フレッドはベッドに入って天井を向きながら、をハミングした。


 シャワールームで熱い湯を頭に浴びながらジムはあの曲を反芻していた。
 どういうことだ。
 フレッドがハミングした曲は確かに旧友が昔ギターで奏でていた終わりの無いあの曲だった。フレッドが獲物だと感じた相手が旧友だったとしても年代特徴が合わない。そもそもあいつは普通には動けないはずだ。親類か知人か。それともあの曲は有名な曲からの拝借物だったのか。ジムは晴れない思考、もどかしく行き詰まったロジックに「忌々しい化け猫め」と言って区切りをつけシャワーを止めた。
 シャワールームから出てきたジムを一足早くさっぱりとしたブライアンがコーラ片手に待っていた。
「獲物がいたというのは、タケシ・ヤングのことか?」
「違うようだ。旅行者風の男だったと言っている」
「フレッドはいったいなんだってそんなやつを獲物だと認識して追ったんだろう」
 ジムは机の上にあった煙草を取り出し火を点けた。
「わからん」
「どうするつもりだ」
「何がだ」
「はぐらかすなよ。今回のあいつらの報告だよ」
「ルジェットには “正常” としか情報がない。あの時間のログにもエラーははかれてない」
 ジムは机の上にルジェットから転送したエリックとフレッドの簡易行動ログを机の上に宙空投影させた。どこにもエラーもアラートも出ていなかった。二人から聞いた話とログに矛盾点もない。録画の内容を確認するには本部のサーバーにアップし、データを要求する必要がある。直接このタブレットから今見ることはできない。
「本部はお前に知らせず、双子にも理解できないような裏の命令オーダーを与えているとか」
 ブライアンの発言に、ジムは煙をはいて首を振った。
  裏の命令。チェシャネコの手紙は灰にしてから来ていない。

『俺があんたのお願いを聞くとでも?』
『聞くさ。何故なら、君自身が、彼を探したくなるからだよ』
『ほらね。探したくなった。狩りは得意でしょ?』
『ジム、スナーク狩りの始まりだよ。ベルの音が聴こえるかい?』

 目を細めて笑うチェシャネコの声がこだまする。

 「わからんが、異常がない以上特筆して報告するまでのこともない」
 
 何を信用する。この灰色の曖昧な世界で。
 双子たちの言葉か。チェシャネコの笑いか。大佐の声か。
 何を選択する。選択される側のこの俺が。

 本部に映像を解析させるべきか。何のために。任務に無関係だと勘繰られたら。歌を聴いて追いたくなった、獲物を見つけて追ったと言う行動が、やつらの想定外の行動だとすれば。あいつらはAZの自発性を、それらしき行動すら許しはしないだろう。また初期化させるのか。或いはルジェットが認識出来ないエラーだったとすれば。二人に、片方に、システム異常が見つかった場合は。
 二人はどうなる。
 いつか聞いた二人の願いは。
 ジムはやはり自分も絆されていると思った。自分はヒーローではない。選択される側の選択は、人間を選ぶ必要はない。組織に尽くす義理もない。アストライアーのバランスがどちらに傾こうが構わない。その天秤に掛けられた向こうの皿に載っているのがたとえ世界だったとしても。

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