おにぎりレシピ

その午後の世界（１）

僕は廊下に並ぶトイレの前で迷わず赤いピクトグラムが貼り付けられているドアを選んで開いた。
本当に単純かつ大雑把、混沌としているわりに融通のきかない世界ですよねえ。
この世界に来て、まずもって間違えてはいけないと再三科戸さんに注意を受けたのがこのトイレの選択だった。この世界に来て女子として僕が選ぶべきは、だいたい赤系の色合い且つISO 7001で規定された女性用シンボルマークがついたドア。とは言え、だいたいにおいて基本的に選択肢は２種類しかないから、一度覚えてしまえばとまどうことはなかったけれど。それより何より、この世界の人間と言われる社会を構成している生命体は、トイレが必要不可欠である生命体だったり、やたら性別にこだわりがあったり、そしてさらにこだわりを見せるわりには２種類しかカテゴライズを基本的には認めてないとか、そっちの方がよっぽどとまどいは大きかった。
辺鄙でモノ好きしか行かない世界って言われるだけのことはありますよね……。
僕は鏡の前で手を洗いながらぼんやりとトイレについて考え、そしてハンカチで手を拭いて鏡に映る自分を確認した。
うん。大丈夫、かな。
今朝、科戸さんに結んでもらった髪も崩れてはいなかったし、あの凶器の目から落ちて来た形の無い鋭い刃が具現化して、首筋に突き刺さっているようなこともなさそうだった。
魔法が使えるわけでもなんでもないんだから当たり前ですよね……とは思いつつも、あの視線を思い出すだけで、嫌な寒気が背中を走った。