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セックスしても出られない部屋
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目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だった。無機質な正方形の部屋、窓はなく、唯一の脱出路と思われるドアには鍵が掛かって開けられない。風呂トイレ、食材に調理器具も揃っているが、照明は少し薄暗くムーディな雰囲気。部屋の隅に設けられたユニットバスがなぜかガラス張りだったりと、端的に言って、ラブホテルみたいな部屋だった。キングサイズのベッドにはメルヘンな天蓋がかかっている。
「……閉じ込められたっ! くそっ!」
どん、どんっ、と扉を叩くが、誰が応答する気配もない。
探索者の冬弥は、とあるダンジョンを攻略している最中だった。ダンジョン探索を誘ってきた友人と一緒に薄暗い洞窟を歩いているとき、何者かに待ち受けていたかのように襲われたことは覚えているが、そのあとの記憶がない。襲われたといっても怪我はなく、そこでぽかんと座り込んで目覚めてあたりを見回している友人のほうも、傷ひとつ負ってなさそうなのは幸いである。
部屋から出られないが、牢屋というような雰囲気ではない。水も食料も十分に用意されているし、ここで生活すらできそうだ。捕虜になったのだろうか。脱出する方法はないかと冬弥が壁を調べていると、友人――紅蓮は「まあ落ち着けって」となだめすかし、どっかりとベッドに腰掛けた。
「座ってみろよ。このベッドふかふかで凄いぞ」
「なんで君はそんなに落ち着いていられるんだ、閉じ込められたんだぞ」
「だってなあ」
ちょっと困ったような顔で彼が指さした方向へ、冬弥も顔を向ける。
どうして気付かなかったのだろう、扉の上だった。壁掛け看板に、デカデカと、この部屋の名前が書かれている。
『セックスしても出られない部屋』
冬弥は絶句した。一瞬、まさかこのラブホテルみたいないかがわしい部屋で探索仲間の友人とセックスしないといけないのかと思いかけたが、違う違う。セックスしても出られない部屋、ってことは、つまり、セックスしても出られない部屋、という意味だ。
「え、いや……? ん……?」
「セックスしても出られないんだぞ? 普通なら出られるだろ」
「まあ……その方がありがちっちゃありがちだけど……」
「でも、この部屋はセックスしたところで出られないんだ。お手上げだろ。焦ったって無駄だ」
鷹揚と語る紅蓮の言っている意味は分かりそうで分からなかった。看板に示された部屋名で脱出方法が分からないということは、尚更焦る必要があるんじゃなかろうか。
「出せ! 誰かいないのか! おいっ」
どんどんどん。壁という壁を叩いて回るが、妙なところは見当たらない。ユニットバスの中をくまなく調べても成人男性が出入りできそうな通気口もない。むしろ、部屋を調べれば調べるほど、ここってラブホテルなんじゃないか、という疑念がわきあがってくるのだった。真っ白の綺麗な浴槽に備えられたボタンを押すと、浴槽が七色にライトアップされた。ゲーミング風呂だった。
「おおー」
ベッド脇の小棚から電マを発見した紅蓮が、それを振動させて喜んでいる。コンドームやローションもあったし、オモチャもコスプレグッズも豊富に揃っていた。テレビのリモコンを押すと、AVが流れはじめた。有名女優の鉄板系から濃い企画モノまで充実のラインナップだ。
「きっとどこかに脱出のヒントが……」
「真面目だなあ」
床を這いつくばって脱出口を探している冬弥を尻目に、紅蓮はチャンネルを操作して好みのAVを探している。友人がいつだってのんびりマイペースで危機を危機とも思わないのは昔からだ。石橋を叩きすぎて壊すタイプの冬弥とは、案外良い探索者コンビである。
「あ、これ良いな。爆乳ナースに襲いかかる地獄の高速極太お注射~緊急絶頂24時~」
「……脱出する気ないだろ?」
「まあまあ。冬弥も座れよ」
とはいえ、紅蓮がこうやってのんびりマイペースにしているときは、大概そのほうがうまくいくときだ。……仕方ない、扉が開く条件が提示されていないなら時間経過で開くかもしれないし、それまで悠長に構えておこう。
備え付けのキッチンに立つ、冷蔵庫の中には水以外にもそれなりの食材が揃っていた。調味料の中に、塩、こしょう、に並んでデカデカと『媚薬』と記された瓶を見つけた。見なかったことにして、ペットボトルの水をごくごくと飲んだ。
「……やっぱりダメだ、何かおかしい、このダンジョンのゲームマスターはどんな奴だ?」
「んー、どんな奴だったかなあ」
探索者二人を閉じ込めて、ラブホテルちっくな部屋に妙な看板を出して、それを見た探索者の起こす行動を監視して楽しむ……とか? それにしては、監視カメラのようなものがひとつも見当たらないのが気になる。そもそもゲームマスターが作ったダンジョンなら、必ず脱出、攻略する方法があるはずだ。
「セックスしても出られない部屋……セックスしても出られない部屋、なあ……」
ようよう状況を理解しはじめたのか、紅蓮が看板を見上げながらブツブツと言っている。確かに、あの看板以外に、脱出方法のヒントらしきものはない。冬弥ももう一度考えた。天蓋付きのベッド。ガラス張りのバスルーム。見放題のAV。ローションにゴムに媚薬に電マ。……うん、やっぱりラブホとしか思えない。
――ゲームマスターは『セックスしないと出られない部屋』と書こうと思って『セックスしても出られない部屋』と書き間違えたのではないか。
一回そう思い始めると、もうそうとしか思えなくなってくる。画面越しに他人のセックスを見、隣の男が「セックス、セックスなあ」と呟き続け、完全にセックスにおあつらえ向きの状況だ。直視しないようにしていた現実に、いったん目を向けてしまったとたん、釘で打たれたように、もうそれしか考えられない。
書き間違えたに違いない。
つまり、セックスをするしかない。
紅蓮とセックスをするしか、脱出する方法はない。
……看板に『セックスしないと出られない部屋』と素直に書いてあったら、まだ「仕方ないからセックスするか」と自然な流れになったものを。冬弥は内心で頭を抱えた。この状況で、「これはもしかして書き間違いで、僕たちはセックスをしたら外に出られるのではありませんか?」と紅蓮に提案することは、まるで「この状況にこじつけてお前とセックスがしたい」と言っているようなものではないか。紅蓮とセックスをするという発想がなければ、こんな思考浮かびようもないわけで。実際紅蓮は看板を見ていまだ首を傾げているし。いや、紅蓮とセックスしたくはないのだけれど。セックスしなければならないだけで、セックスしたいわけではないのだけれど!
紅蓮のほうから切り出してくれれば、まだ恥ずかしくない。けれど、紅蓮はこてんこてんと首を傾げて大真面目に看板を見つめて、いっこうに「これって書き間違いなんじゃないか?」と思いついてくれそうもない。
言うしかない。一生この中で暮らすわけにはいかないのだ。
「ぐ、ぐれん……」
「ん?」
「あのさ……この看板って、もしかして」
――いや。
だめだ。セックスの前にシャワーを浴びなければ。思いついた逃げ腰を即座に実行してしまい、冬弥はシャワールームに逃げ込んだ。
ガラス越しに見える紅蓮がこちらを見ていないのを確認しつつ、それとなく尻の窄まりに指をあてがってみたが、ここに性器が出入りするところなんて想像もつかない。ましてや紅蓮は冬弥より体格がいいので、自分のより太いモノをぶら下げてるはずだ。
多分、僕が挿れられるより、僕が紅蓮に挿れさせてもらったほうが、最小の負荷でこの難局を乗り切れると思うんだが――言おう言おうと勇んで風呂を出ると、「あ、俺も」と言って紅蓮が立ち替わりにバスルームへ入ってしまったので、また勇気がしぼんでしまった。
ベッドに倒れた。
今からここで、僕は紅蓮とセックスをする。
どっどっどっどっ。全身が心臓になったみたいに鼓動している。なのに肝心の部分は完全に縮こまって使い物になりそうもない。ゲームマスターがどこからか見ていてセックス判定をするとして、どこからセックスと判断してくれるのだろうか……やっぱり挿入が必要なのか? もしかしたら、キスや抱擁くらいでも、セックスと判断してくれるかも……あるいは二人で布団を被って、それっぽくもぞもぞしていれば、もしかしたら……目をつぶって精神統一しようとすると先ほど見たAVの中でアンアン言っていた女優の姿が目に浮かび、どっちかというと自分はそっちかもしれない、とふと思った。抱く側ではなく、抱かれる側。男の矜持はどこに。でも、紅蓮、デカいし……僕は勃たないし……いや、紅蓮が僕の体で勃つとも限らないのだけど……
どざん、とベッドが揺れて、目をつぶっていた僕はとびあがる。
備え付けのバスローブの着方がだらしなくて逞しい胸板が曝け出されている紅蓮が、頭を拭き拭き、こちらを見た。
「なんか冬弥、顔が赤くないか?」
「……風呂入ったから」
「だな。一旦寝るか。もう夜だしな」
紅蓮が横になる。キングサイズのベッドなので、体格の大きな紅蓮が隣に寝ても、冬弥は隣に十分幅広く寝ることができた。
寝ることはできるけれど。
できるのだけど。
けど。
……頭の後ろで腕を組み、目を閉じた紅蓮の精悍な横顔、長い睫毛やきりりとした鼻筋、喉仏、分厚い胸板、太い腕、などを見ていると、あらぬことを妄想していたせいで、妙にドキドキしてしまう。横になってそれを見ながら、ごくり。唾を飲んだ。
これから抱かれるんだ。
こいつに。
この男に。
「ぐれ……ん」
「ん?」
呼びかけると、ちょっとこちらへ顔を向けて、少し微笑んで見せる友人に。
心臓が跳ねる。ああ、おかしくなってしまったみたい。完全に雰囲気にあてられたんだ。だって、仕方ないんだ。セックスしないと出られないから。
「や、や、」
「や?」
「やるしか……ないと……思、うんだ、けど」
意を決して小声で言うと、ふわふわと笑っていた紅蓮が、急に真顔になった。
恥ずかしい。顔は熱くて多分真っ赤で、目も潤んでしまっている。冬弥は布団を掻き寄せてもじもじしながら、
「だ、だ、だ……抱いても……いいよ」
ああ胸がバクハツしそう。口の中で溶かすみたいに小さく小さく呟くと。
がっと起き上がった紅蓮が、獣のような勢いで、急に抱き寄せてきたのだから、冬弥は驚いて声まであげた。
「ぐれ……ッ」
唇を、覆い被さってきた唇で噛みつくように塞がれて。
身を捩る間もなくするりと入り込んできた手が下着の中をまさぐって。
――なんで。なんで躊躇しない。なんで動揺しない。舌と指とで上から下から掻き回された頭と体が、ぐるぐるしてるのが、次第に快感に置き換わっていく。
*
――ぱたり。
ああ、冬弥が気を失ってしまった。ぐったり力の抜けた腕の中の友人は、それでも余韻のようにまだ小さく喘いでいる。ペットボトルの水の中に媚薬を仕込むよう指示しておいてよかった、初夜だってのにすごい感じようだ、五回くらいはイッてたんじゃないか。思っていたとおり、冬弥とは体の相性が良い。最初からあんまり乱暴しすぎて嫌われるのもいやなので、今日はこのあたりにしておこう。
冬弥の体を綺麗に拭いて、服を整えて、丁寧に布団をかけてやる。すやすやと眠る紅潮した友人の顔を見て、大いに満足して、紅蓮はスッキリした顔でうんと伸びをした。
かねてから練りに練っていた計画だったが、苦労した甲斐あり、効果はてきめんだった。特に、『セックスしないと出られない部屋』ではなく『セックスしても出られない部屋』という意味深な文言にしたことで、冬弥のほうからお誘いされる、という奇跡的状況に持ち込めたのが素晴らしい。
これで既成事実は作った。真面目な冬弥のことだ、既成事実さえ作ってしまえば、念願の恋人になるのも最早時間の問題だろう。
実は、ここのゲームマスターは知り合いだ。紅蓮は合図さえ送ればいつでも部屋の鍵を開けてもらえる。
でも、あと数日この部屋で二人だけの甘い時間を過ごすのもいいかな。……あたたかい頬を撫でると、すりすりと頬擦りをしてくれた。平時には決して見られない、蕩けたような事後の寝顔。これからは何度でも見られるだろう。愛おしい友人の額に、紅蓮は柔らかく唇を落とした。
「……閉じ込められたっ! くそっ!」
どん、どんっ、と扉を叩くが、誰が応答する気配もない。
探索者の冬弥は、とあるダンジョンを攻略している最中だった。ダンジョン探索を誘ってきた友人と一緒に薄暗い洞窟を歩いているとき、何者かに待ち受けていたかのように襲われたことは覚えているが、そのあとの記憶がない。襲われたといっても怪我はなく、そこでぽかんと座り込んで目覚めてあたりを見回している友人のほうも、傷ひとつ負ってなさそうなのは幸いである。
部屋から出られないが、牢屋というような雰囲気ではない。水も食料も十分に用意されているし、ここで生活すらできそうだ。捕虜になったのだろうか。脱出する方法はないかと冬弥が壁を調べていると、友人――紅蓮は「まあ落ち着けって」となだめすかし、どっかりとベッドに腰掛けた。
「座ってみろよ。このベッドふかふかで凄いぞ」
「なんで君はそんなに落ち着いていられるんだ、閉じ込められたんだぞ」
「だってなあ」
ちょっと困ったような顔で彼が指さした方向へ、冬弥も顔を向ける。
どうして気付かなかったのだろう、扉の上だった。壁掛け看板に、デカデカと、この部屋の名前が書かれている。
『セックスしても出られない部屋』
冬弥は絶句した。一瞬、まさかこのラブホテルみたいないかがわしい部屋で探索仲間の友人とセックスしないといけないのかと思いかけたが、違う違う。セックスしても出られない部屋、ってことは、つまり、セックスしても出られない部屋、という意味だ。
「え、いや……? ん……?」
「セックスしても出られないんだぞ? 普通なら出られるだろ」
「まあ……その方がありがちっちゃありがちだけど……」
「でも、この部屋はセックスしたところで出られないんだ。お手上げだろ。焦ったって無駄だ」
鷹揚と語る紅蓮の言っている意味は分かりそうで分からなかった。看板に示された部屋名で脱出方法が分からないということは、尚更焦る必要があるんじゃなかろうか。
「出せ! 誰かいないのか! おいっ」
どんどんどん。壁という壁を叩いて回るが、妙なところは見当たらない。ユニットバスの中をくまなく調べても成人男性が出入りできそうな通気口もない。むしろ、部屋を調べれば調べるほど、ここってラブホテルなんじゃないか、という疑念がわきあがってくるのだった。真っ白の綺麗な浴槽に備えられたボタンを押すと、浴槽が七色にライトアップされた。ゲーミング風呂だった。
「おおー」
ベッド脇の小棚から電マを発見した紅蓮が、それを振動させて喜んでいる。コンドームやローションもあったし、オモチャもコスプレグッズも豊富に揃っていた。テレビのリモコンを押すと、AVが流れはじめた。有名女優の鉄板系から濃い企画モノまで充実のラインナップだ。
「きっとどこかに脱出のヒントが……」
「真面目だなあ」
床を這いつくばって脱出口を探している冬弥を尻目に、紅蓮はチャンネルを操作して好みのAVを探している。友人がいつだってのんびりマイペースで危機を危機とも思わないのは昔からだ。石橋を叩きすぎて壊すタイプの冬弥とは、案外良い探索者コンビである。
「あ、これ良いな。爆乳ナースに襲いかかる地獄の高速極太お注射~緊急絶頂24時~」
「……脱出する気ないだろ?」
「まあまあ。冬弥も座れよ」
とはいえ、紅蓮がこうやってのんびりマイペースにしているときは、大概そのほうがうまくいくときだ。……仕方ない、扉が開く条件が提示されていないなら時間経過で開くかもしれないし、それまで悠長に構えておこう。
備え付けのキッチンに立つ、冷蔵庫の中には水以外にもそれなりの食材が揃っていた。調味料の中に、塩、こしょう、に並んでデカデカと『媚薬』と記された瓶を見つけた。見なかったことにして、ペットボトルの水をごくごくと飲んだ。
「……やっぱりダメだ、何かおかしい、このダンジョンのゲームマスターはどんな奴だ?」
「んー、どんな奴だったかなあ」
探索者二人を閉じ込めて、ラブホテルちっくな部屋に妙な看板を出して、それを見た探索者の起こす行動を監視して楽しむ……とか? それにしては、監視カメラのようなものがひとつも見当たらないのが気になる。そもそもゲームマスターが作ったダンジョンなら、必ず脱出、攻略する方法があるはずだ。
「セックスしても出られない部屋……セックスしても出られない部屋、なあ……」
ようよう状況を理解しはじめたのか、紅蓮が看板を見上げながらブツブツと言っている。確かに、あの看板以外に、脱出方法のヒントらしきものはない。冬弥ももう一度考えた。天蓋付きのベッド。ガラス張りのバスルーム。見放題のAV。ローションにゴムに媚薬に電マ。……うん、やっぱりラブホとしか思えない。
――ゲームマスターは『セックスしないと出られない部屋』と書こうと思って『セックスしても出られない部屋』と書き間違えたのではないか。
一回そう思い始めると、もうそうとしか思えなくなってくる。画面越しに他人のセックスを見、隣の男が「セックス、セックスなあ」と呟き続け、完全にセックスにおあつらえ向きの状況だ。直視しないようにしていた現実に、いったん目を向けてしまったとたん、釘で打たれたように、もうそれしか考えられない。
書き間違えたに違いない。
つまり、セックスをするしかない。
紅蓮とセックスをするしか、脱出する方法はない。
……看板に『セックスしないと出られない部屋』と素直に書いてあったら、まだ「仕方ないからセックスするか」と自然な流れになったものを。冬弥は内心で頭を抱えた。この状況で、「これはもしかして書き間違いで、僕たちはセックスをしたら外に出られるのではありませんか?」と紅蓮に提案することは、まるで「この状況にこじつけてお前とセックスがしたい」と言っているようなものではないか。紅蓮とセックスをするという発想がなければ、こんな思考浮かびようもないわけで。実際紅蓮は看板を見ていまだ首を傾げているし。いや、紅蓮とセックスしたくはないのだけれど。セックスしなければならないだけで、セックスしたいわけではないのだけれど!
紅蓮のほうから切り出してくれれば、まだ恥ずかしくない。けれど、紅蓮はこてんこてんと首を傾げて大真面目に看板を見つめて、いっこうに「これって書き間違いなんじゃないか?」と思いついてくれそうもない。
言うしかない。一生この中で暮らすわけにはいかないのだ。
「ぐ、ぐれん……」
「ん?」
「あのさ……この看板って、もしかして」
――いや。
だめだ。セックスの前にシャワーを浴びなければ。思いついた逃げ腰を即座に実行してしまい、冬弥はシャワールームに逃げ込んだ。
ガラス越しに見える紅蓮がこちらを見ていないのを確認しつつ、それとなく尻の窄まりに指をあてがってみたが、ここに性器が出入りするところなんて想像もつかない。ましてや紅蓮は冬弥より体格がいいので、自分のより太いモノをぶら下げてるはずだ。
多分、僕が挿れられるより、僕が紅蓮に挿れさせてもらったほうが、最小の負荷でこの難局を乗り切れると思うんだが――言おう言おうと勇んで風呂を出ると、「あ、俺も」と言って紅蓮が立ち替わりにバスルームへ入ってしまったので、また勇気がしぼんでしまった。
ベッドに倒れた。
今からここで、僕は紅蓮とセックスをする。
どっどっどっどっ。全身が心臓になったみたいに鼓動している。なのに肝心の部分は完全に縮こまって使い物になりそうもない。ゲームマスターがどこからか見ていてセックス判定をするとして、どこからセックスと判断してくれるのだろうか……やっぱり挿入が必要なのか? もしかしたら、キスや抱擁くらいでも、セックスと判断してくれるかも……あるいは二人で布団を被って、それっぽくもぞもぞしていれば、もしかしたら……目をつぶって精神統一しようとすると先ほど見たAVの中でアンアン言っていた女優の姿が目に浮かび、どっちかというと自分はそっちかもしれない、とふと思った。抱く側ではなく、抱かれる側。男の矜持はどこに。でも、紅蓮、デカいし……僕は勃たないし……いや、紅蓮が僕の体で勃つとも限らないのだけど……
どざん、とベッドが揺れて、目をつぶっていた僕はとびあがる。
備え付けのバスローブの着方がだらしなくて逞しい胸板が曝け出されている紅蓮が、頭を拭き拭き、こちらを見た。
「なんか冬弥、顔が赤くないか?」
「……風呂入ったから」
「だな。一旦寝るか。もう夜だしな」
紅蓮が横になる。キングサイズのベッドなので、体格の大きな紅蓮が隣に寝ても、冬弥は隣に十分幅広く寝ることができた。
寝ることはできるけれど。
できるのだけど。
けど。
……頭の後ろで腕を組み、目を閉じた紅蓮の精悍な横顔、長い睫毛やきりりとした鼻筋、喉仏、分厚い胸板、太い腕、などを見ていると、あらぬことを妄想していたせいで、妙にドキドキしてしまう。横になってそれを見ながら、ごくり。唾を飲んだ。
これから抱かれるんだ。
こいつに。
この男に。
「ぐれ……ん」
「ん?」
呼びかけると、ちょっとこちらへ顔を向けて、少し微笑んで見せる友人に。
心臓が跳ねる。ああ、おかしくなってしまったみたい。完全に雰囲気にあてられたんだ。だって、仕方ないんだ。セックスしないと出られないから。
「や、や、」
「や?」
「やるしか……ないと……思、うんだ、けど」
意を決して小声で言うと、ふわふわと笑っていた紅蓮が、急に真顔になった。
恥ずかしい。顔は熱くて多分真っ赤で、目も潤んでしまっている。冬弥は布団を掻き寄せてもじもじしながら、
「だ、だ、だ……抱いても……いいよ」
ああ胸がバクハツしそう。口の中で溶かすみたいに小さく小さく呟くと。
がっと起き上がった紅蓮が、獣のような勢いで、急に抱き寄せてきたのだから、冬弥は驚いて声まであげた。
「ぐれ……ッ」
唇を、覆い被さってきた唇で噛みつくように塞がれて。
身を捩る間もなくするりと入り込んできた手が下着の中をまさぐって。
――なんで。なんで躊躇しない。なんで動揺しない。舌と指とで上から下から掻き回された頭と体が、ぐるぐるしてるのが、次第に快感に置き換わっていく。
*
――ぱたり。
ああ、冬弥が気を失ってしまった。ぐったり力の抜けた腕の中の友人は、それでも余韻のようにまだ小さく喘いでいる。ペットボトルの水の中に媚薬を仕込むよう指示しておいてよかった、初夜だってのにすごい感じようだ、五回くらいはイッてたんじゃないか。思っていたとおり、冬弥とは体の相性が良い。最初からあんまり乱暴しすぎて嫌われるのもいやなので、今日はこのあたりにしておこう。
冬弥の体を綺麗に拭いて、服を整えて、丁寧に布団をかけてやる。すやすやと眠る紅潮した友人の顔を見て、大いに満足して、紅蓮はスッキリした顔でうんと伸びをした。
かねてから練りに練っていた計画だったが、苦労した甲斐あり、効果はてきめんだった。特に、『セックスしないと出られない部屋』ではなく『セックスしても出られない部屋』という意味深な文言にしたことで、冬弥のほうからお誘いされる、という奇跡的状況に持ち込めたのが素晴らしい。
これで既成事実は作った。真面目な冬弥のことだ、既成事実さえ作ってしまえば、念願の恋人になるのも最早時間の問題だろう。
実は、ここのゲームマスターは知り合いだ。紅蓮は合図さえ送ればいつでも部屋の鍵を開けてもらえる。
でも、あと数日この部屋で二人だけの甘い時間を過ごすのもいいかな。……あたたかい頬を撫でると、すりすりと頬擦りをしてくれた。平時には決して見られない、蕩けたような事後の寝顔。これからは何度でも見られるだろう。愛おしい友人の額に、紅蓮は柔らかく唇を落とした。
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