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「ねえ三葉ちゃん、なんか様子変だけどどうしたの?」

 電車に揺られる帰宅途中の三葉は、どこか上の空で窓の外を眺めている。
 そんな妹が心配な双葉は道中ずっと気に掛けていた。

「私は、映司さんのことを愛しています」
「そんなの知ってるよ。毎日毎日お兄ちゃんへの愛を聞かされてるこっちの身にもなってよ」
「でも、今日のお二方の姿を見て感じたんです。映司さんはもしかしたら私よりも斗和さんのことが好きなのではないかと……」
「……いつもの三葉ちゃんらしくないよ。もしかして具合でも悪いの?」

 双葉は明らかに様子のおかしい三葉を心配する。

 前までヤンデレ気味だった三葉の面影はどこにもなく、か弱い傷心の女の子になっていた。

「いえ、どこも悪くはありません……。でも今は、一人になりたいです……」

 自宅近くの駅に着くと、三葉は覚束ない足取りで駅のホームに降りた。

 一人になりたいと言ってもこのような状態の三葉を放ってはおけず双葉はその後に着く。

「そんなにお兄ちゃんが他の女の人を好きになるの嫌?」
「……私は、嫌です。……でも映司さんがそれで幸せになるのなら、私は身を引きます……」

 瞳に涙を浮かばせながら三葉は健気にそんなことを呟く。

 これ程まで弱々しい妹を放置することができない双葉は、どうにか元気になって欲しいと思考を巡らせていた。
 しかし、双葉に打開案なんて思いも付かず、とうとう最寄り駅に到着してしまう。

 三葉が改札口を通り過ぎたその時だった。

 幼稚園児程の女の子が改札へ向かって走って来ていた。
 半ば放心状態だった三葉はその女の子を見過ごして、改札前で衝突しそうになる。

 三葉はなんとか左足を大きく出してその女の子を躱すが、大きく踏み込んだ方の足首を捻ってしまう。

 衝突は回避したものの、足を挫いたせいで三葉はそこに倒れ込んでしまう。

「痛っ」
「三葉ちゃん!」
「だ、大丈夫ですか?」

 三葉と女の子の母親らしき人物が倒れ込んだ三葉の元に駆け寄る。

 三葉は痩せ我慢をしながら「大丈夫です」と立ち上がって見せた。

「怪我はなかった?」

 三葉は心配させまいと女の子に微笑みながらそう聞いた。

 女の子はコクコクと頷くだけで人見知りなのか母親の後ろに隠れてしまった。

「本当にごめんなさい。転んでたけど怪我はしてない?」
「大丈夫です。どこも痛くありません」
「本当ですか? すみません、私達急いでいるのでもしなにかあったらここに連絡してください」

 母親はバッグから名刺を取り出して三葉に渡す。

 そのまま改札を潜って駅の階段を上がっていくのを確認した三葉は壁にもたれ掛かる。

 三葉は思った以上に重傷で、左足で自重を支えることもできないほどの激痛に苛(さいな)まれていた。

「痩せ我慢なんてしちゃって、やっぱり怪我してたんでしょ」
「ごめんなさい、双葉ちゃん……」
「ここから家まで歩け……そうにないよね。駅前にベンチがあるからそこまで行こ?」

 双葉は三葉の挫いた方の肩を担いで、駅前にあるベンチまで移動する。

 ここから家までは歩いて20分程でその間にバスは通っていなかった。
 双葉は家までの足を確保するためにスマホを取り出した。

「お母さん仕事終わってるかなぁ」

 双葉はスマホで母親に連絡を取ろうとする。

 双葉の父親は現在単身赴任中で近くにおらず、母親も昨日から仕事が続いているようで電話は繋がらない。

「うーん……まだ仕事なのかなぁ……」

 何度も母親に電話を掛けるが留守番電話の方に繋がってしまう。

 双葉は取り敢えず留守番電話に今の状況を録音する。

 ここから家までタクシーで帰るのも一つの手だが、双葉も三葉も手持ちのお金は心細かった。
 駅前からタクシーで家に帰るまで約2000円。
 毎月のお小遣い5000円でやりくりしている二人にとって、ワリカンでタクシーに乗っても1000円の出費は大きい。

 更に今月のお小遣いもまだ貰っていないので、手持ちのお金で家に辿り着けるかも怪しかった。

 どうにかお金を使わず家に帰りたい双葉が必死で考え、たった一つの冴えた結論に達した。

「……そうだ、良いこと思い付いた」


          ☆☆☆


「今日はありがとうね。おかげでとっても良いプレゼントが決まったよ」

 プレゼントのビールグラスを選び終えた斗和と映司は、食器店の外に出ていた。

 選ばれたグラスはチューリップ型の持ち手が低いもので、容量もそこそこのものだ。

 斗和の手にはプレゼント用に梱包されたグラスの袋が提げており、これで一応今日の予定は全て終わった。

「ね、ねえ、映司くん。家に帰る前にさ、どこか寄って行かない?」
「他に用事があるのか? それなら付き合うけど」
「よ、用事って程じゃないけどさ! 折角電車使ってこんな所まで来たんだしっ」

 映司達が降りた駅はかなり発達していて遊ぶところは沢山ある。

 ショッピングモールやカラオケにボウリング、もう少し足を伸ばせば遊園地や動物園にも行ける。

 映司はそれを了承しようとした寸前、胸ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。

 スマホの画面には妹の双葉の名前が映っており、斗和に断りを入れてから映司は電話に出る。

『あ、お兄ちゃん? 今時間ある?』
「時間ならあるけど、どうしたんだ?」
『ちょっと緊急事態で困ってるんだけど』
「緊急事態? なにかあったのか?」

 映司の声が少し低くなる。
 妹の緊急事態とのことで、何があったのか聞き漏らさないよう耳を立てる。

『三葉ちゃんが足を挫いちゃって動けないの』
「足を挫いた? 怪我の具合は? 今からそっちに向かう」
『お兄ちゃん、今更なんだけどデートは大丈夫?』
「それより三葉の方が大事だ。それで、今どこにいるんだ?」

 映司は二人がいる場所を聞いてから通話を切った。

 斗和の方に振り返った映司は深々と頭を下げる。

「ごめん、妹が怪我したっていうから今からそっちに行くからもう帰らないといけなくなった」
「そ、そっか。それなら仕方ないよね。うん、じゃあ今日はここでお開きにしようか」

 斗和は少し残念そうにそう言った。

 映司はもう一度謝り、駅の方まで走って行った。

 一人残った斗和は周囲を見渡して、ある人物を探す。

「雪奈、いるんでしょ? 出て来ても良いよ」

 そう呼ばれて雪奈は潔く斗和の前に現れた。

 特にもう隠れる必要も無い上、斗和にバレているのであればもう出るしかなかった。

「私の尾行、わかってたの?」
「そりゃね。だって私達双子だし、雪奈の考えていることくらいお見通しだよ」

 斗和はえっへんと胸を張る。

「でも残念だったなぁ。もう少し映司くんと一緒にいたかったのに」
「斗和、もう一度聞くけど、本当に彼のこと好きなの?」
「好きだよ。むしろ今日のデートでもっと好きになったかも」

 斗和は屈託のない笑顔でそう言い切った。

 雪奈の目から見ても、確かに映司は男として優良物件だと思う。

 成績優秀でクラス委員として雑用もこなし、今日のデートでも斗和を上手くリードしていた。

「そういえば映司くんはどこに行ったの? あんなに急いで」
「なんか妹さんが怪我したみたい。凄く心配そうな顔で行っちゃった」
「そう。彼の妹も三十分くらい前までここにいたのよ」
「えっ!? 映司くんの妹が?」
「二人ともね。あの妹達はきっとブラコンね。特に三葉って子は。映司くんと結婚するとか言ってたわよ、高校生にもなって」
「それは……重症だね。どっちが怪我したかわからないけど、怪我の方も重傷じゃなければ良いね」
「ふふっ、なにちょっと上手いこと言ってるのよ……ふふふっ」

 ツボにハマったのか雪奈は口元を隠しながら笑いをこらえていた。
 それに釣られて斗和も笑みがこぼれる。

「あははっ。そうだ、どうせなら近くにあるボウリング場でも行かない?」
「そうね、気晴らしに行きましょうか」
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