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第3話 ぼっちだけど好きな人はいます

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 訓練は、擬似的に作り出した魔物を倒すことだった。

 森に住んでいる魔物との戦いを想定しているらしい。僕たちにはそれぞれの能力やスキルに合わせた武器が支給された。僕には弓が渡された。FPSでの射撃技術がここでも活きるはずだ。

 クラスメイトたちは小さなグループを作り、楽しそうに武器の扱い方や魔物の倒し方を学んでいた。一人一人が笑顔で、協力しながら学んでいる。そんな彼らを見て、僕は少し羨ましさを感じた。でも、僕の状況は全然違っていた。

「ぐへへへ、やっぱりゲームで修行したこの技術、負けやしない」

 僕は高台に立ち、支給された弓を使って狙いを定めた。ゲームの中で何度も練習した射撃。それが今、現実の力に変わる。

 照準を合わせ、息を静かに吐き出してから矢を放つ。的確に魔物の像に命中する。一撃ごとに自信が湧いてきた。僕は一人でいるけど、これなら大丈夫。一人でも戦える。

 でも、ふと目を転じると、ペアやグループで楽しそうに訓練しているクラスメイトたちの姿が目に入る。彼らの笑顔や声が、僕の耳に届く。僕はまたもや孤独を感じ、心が重くなった。一人でいることの強みと弱み、それが同時に僕の中で渦巻いていた。


 しかし、僕は高台から、クラスメイトたちが協力しながら楽しそうに訓練しているのを見ていた。彼らの笑顔、冗談を言い合う声が耳に入るたびに、僕の心は「ぐさっ」と痛んだ。こんな風に自然に笑い合える友達が、僕にはいない。

 そのとき、巡回していたエルが僕のところにやってきた。

「ねえ、大丈夫?」彼女の声に、驚いて「ぐわぁ!」と声が出てしまった。僕は慌てて口を抑える。こんなに大きな声を出したのは久しぶりだった。

 エルは首を傾げながら僕に尋ねた。

「てかさ、あなたってなんで友達がいないの? 普通だったら一人ぐらいはいるはずよ」

 彼女の言葉は、僕の心に直撃した。

 僕は顔を伏せて、小さく答えた。

「わかりません……僕、ただ……話すのが苦手で……」


 僕はエルさんに向かって、コミュ障の本領を発揮しながら言った。

「それだったら苦労してませんよ」

 エルは顔をしかめて「うわぁー、ないわ」とため息をついた。彼女の反応に、僕はますます落ち込んだ。

「他の人たちはもう訓練に入ってるわ! 私は全員の面倒を見ないといけないから、あなたも頑張って」とエルが言う。

 僕は自分の心に素直になって。

「じゃあ、ここで引きこもります」

 エルは僕を真剣に見つめて、「あのね」と切り出した。

「たくま、いいわ。あなたに足りないのは面白みよ! 人との距離を縮めるには、ユーモアが大事なのよ」

 その言葉を聞いて、僕は戸惑った。ユーモア? 僕に? 僕はいつも真面目すぎて、冗談なんて言ったことがない。でも、エルの言葉には一理あるように思えた。もしかしたら、人との距離を縮めるには、もっと柔軟に、そして少し楽しく接することが大事なのかもしれない。


「ゆ、ユーモアって、例えばどんなのですか?」

 僕はエルに尋ねた。僕にとって、ユーモアは未知の領域だったから。

 エルは一瞬言葉に詰まる。

「んー、それは……」

 言いながら考え込んでいる。僕はじっと彼女を見つめ、彼女の答えを待った。

 少しの間を置いて、エルは「そ、そうね」と言い始めた。


「私の種族はエルフで、名前はエルだから、エル、エルフ! いやそれ名前と被ってる! なんちゃって」

 彼女は苦笑いを浮かべながらそれを言った。

 その瞬間、周りには少しの沈黙が流れた。エルのジョークは、少し無理があったかもしれない。

 僕は困惑しながらも。

「あ、僕また魔物倒せばいいですよね」

 本当にユーモアって難しい。

 エルは顔を少し赤らめながら、笑って「笑いなさいよ、私の渾身のギャグを!」と言った。彼女の笑顔を見て、僕も無理に笑うしかなかった。


 僕はエル、エルフって……本当にわかりにくいな、と心の中で毒づいていた。彼女のジョークに対して僕の反応は鈍かったし、何より彼女の存在が僕には少し圧倒的すぎる。

 でも、訓練に集中することにした。僕の射撃技術は間違いなく確かだった。ゲームで磨き上げた技術が、この異世界で本当に役立っている。僕は弓を構え、擬似魔物の弱点をピンポイントで狙っていた。その精度は、他の誰にも負けない。

 さらに、スキルの解析を活かして、魔物の弱点をサーチすることもできた。これもまた、ゲームでの経験が生きている。一撃ごとに的中し、確実に魔物の像を倒していく。これが僕の力だ。

 でも、問題は僕の極度のコミュ障だ。訓練が進むにつれて、それが明らかになってきた。他の生徒たちはグループで協力して訓練しているが、僕は一人で黙々としている。声をかけることも、声をかけられることもない。

「こんなに強い力を持っているのに……」

 僕は思った。技術やスキルはあるのに、人とのコミュニケーションができないのが、僕の大きな弱点だ。


 そして、エルは僕に向かって意外な質問を投げかけた。

「クラスで、気になってる人とかいないの?」

 その質問を受けて、僕はどもりながら返事をした。

「そ、そんなぼ、僕にいるわけないですよ……」

 エルは優しく微笑んで。

「あ、これはいるな」

 彼女は楽しげに言った。

「じゃあ、誰か当ててあげるわよ」

 エルはクラスメイト一人一人のステータスが表示された紙を手に取り、あてっこゲームを始めた。

 僕は彼女の行動に興味深く見守った。エルは一枚一枚の紙を見て、それぞれのクラスメイトの特徴や能力について話し始めた。彼女は僕に、その中で気になる人がいるかどうかを尋ねた。

 僕は少し恥ずかしくなりながらも、エルの質問に答えようと思った。でも、本当に僕には気になる人なんているのだろうか。僕はいつも一人で、他の人との関わり方がわからなかった。


 エルが考え込む間、高台から声が聞こえてきた。僕は無意識にその方向に目を向けた。そこには、既に小さなグループが形成されていて、その中心には明るくて可愛らしい女の子がいた。彼女は他のクラスメイトと楽しそうに話していて、その光景は何だか温かい気持ちにさせた。一瞬、僕は彼女に見とれてしまった。

 エルは僕の反応を見逃さなかった。

「ほら、あそこにいる女の子に目がいったでしょ?」

 彼女はニヤリと笑った。僕は慌てて首を振った。

「い、いえ、そんなことないですよ……」

 そう言いつつも、心の中では彼女の姿がまだ残っていた。


 エルは少し首を傾げながら、僕に聞いた。

「透空くん、七海優奈ちゃんとのエピソードとかある?」

 僕は少し考え込んでから、口を開いた。

「話したこともないですよ」

 その言葉は、僕の内心の真実をそのまま表していた。

「え? クラスに40人しかいないのに?」

 エルは少し驚いた表情でそう言った。

「40人もいるじゃないですか? そもそも、僕はクラスの隅で、妄想……じゃなくて、本を読んでいるだけで、1日の会話って隣の席の子に教科書を見せてくれって言うぐらいなんです。あんな陽キャでオーラが眩しい子と……」

 僕は早口で答えていた。

 エルは、僕の話を聞きながら「はいはい」と少しうんざりしたように返答した。彼女は僕の内気さと現実離れした考え方に苦笑していた。

 その瞬間、僕は自分の置かれている状況の難しさを改めて感じた。七海優奈のような人気者と自分との間には、大きな溝があることを痛感した。僕はまだまだ遠い存在に見とれているだけの、ぼっちの高校生だった。


 しかし、まだ諦めるには早いと、僕は心の中で思った。この異世界で僕が自分の強さを示せば、七海優奈さんだけでなく、他のクラスメイトたちも僕を認めてくれるかもしれない。友達もたくさんできるかもしれない……そんな甘い妄想が、僕の心を満たしていった。

 僕がそんな妄想にふけっていると、エルが苦笑いを浮かべながら言った。

「はいはい、キモい妄想が始まったわね」

 僕はその言葉に我に返り、少し恥ずかしくなった。

「え、いや、そんなこと……」

 口ごもりながら、エルの前で妄想をしていたことに気づいて顔を赤らめた。

 エルは顔をひきつらせながら。

「まあ、夢を持つことは大事よ。でも、現実も見ないとね。自分を変えたいなら、行動することが大切よ」


「ゆ、夢なんて、というか夢で終わらせる気なんてありませんけどね! あははははは」

 変なところで自信を持ってしまうのが僕の悪い癖だ。

 エルの冷たい視線を感じて、「やめてくれ……」と小さく呟いた。

 僕の苦難はまだまだ続きそうだった。

 でもその時、訓練中に予期せぬことが起こった。

 遠くからクラスメイトの悲鳴が聞こえてきた。

「魔物が、本物の魔物が現れた!」

 エルも「まさか!?」と驚いている様子だった。

 僕は慌てて周りを見渡した。そのとき、信じられないことに気づいた。標的となっているのは、僕が密かに思いを寄せる七海優奈だった。高台から彼女が本物の魔物に追いかけられているのが見えた。彼女は必死に逃げながらも、仲間たちが応戦している。

 心臓がバクバクと激しく打っているのが自分でもわかった。今までゲームの中でしか体験したことのない戦闘が、現実に起こっていた。これはもう、ただの訓練じゃない。

 エルが急に声を荒げて言った。

「ほら、チャンスよ! 彼女にアピールする絶好のチャンスじゃない!?」

「む、無理です!」

 僕は必死に否定した。こんな僕が、ヒーローになれるはずがない。僕は陰キャで、普段から目立たないようにしているのに、今更どうすればいいのだろう。

「大丈夫、サポートしてあげるから」

 エルは穏やかに言ったが、僕はそれでも動揺を隠せなかった。


「だって、ここで目立ったら、ヒーローになって、僕のことを好きになる女の子が多くなって、それで……」

 その時、エルは突然僕を突き飛ばした。

「はやく行け、この妄想野郎!」

 エルの声にはいつもの穏やかさがなかった。

「あれー!」

 悲鳴を上げながら、僕は坂を転がり落ちていった。落ちながら、僕の頭の中は混乱でいっぱいだった。こんな状況で、どうやって彼女を助けられるというのだろう。

 でも、落ちていく中で、僕は何かが変わり始めているのを感じた。いつもの僕なら、こんな場面で動けるはずがなかった。でも、今は違った。七海優奈を助けたいという強い気持ちが、僕の中で湧き上がってきていた。

 で、でも、やっぱりぼっちには無理です! 
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