未完成な僕たちの鼓動の色

水飴さらさ

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第一章

保健室・2

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キーンコーンカーンコーン、次の授業が始まるチャイムの音が鳴る。
「久場くん! 早く戻って! ごめんなさい、僕全然気付いてなくて……」
「大丈夫だって、保健室行くってみんなには言ってるから適当にしてくれてるって、それから伊勢川はさっきから謝り過ぎだぞ、そんなに遠慮をするな、お前は何にも悪いことはしてないぞ」
「でも、でも、もう僕は一人でも大丈夫なので、久場くんは早く教室に戻ってください」
「ちょっとくらい大丈夫だって、それにどうやって教室まで戻るんだ? お前を一人にしたらまたころびそうだろ、もうちょっとここで一緒にサボろう、な」
 何を言っても上手くはぐらかされる。しかも一緒にサボろうなんて言われたらもう何も言い返せない。
 久場は足首を冷やし過ぎない様に氷袋を当てては外し、無骨で皮の厚い手で、優しく足首を撫で体温を確かめながらまたひんやりと氷袋を当てる。
「……ありがとう……」
「ん、いいって、伊勢川と話せて俺も嬉しいし」
「……なんか、いっぱい……ありがとう」
 いつも太陽のように明るく、誰からも愛されいる久場が、僕みたいに小さな存在を気にしてくれる事が嬉しかった。
 なのにやっぱり恥ずかしくて顔を手で覆ったまま、やっと小さな声で礼を言う。
「伊勢川は照れ屋さんなのか?」
「……うん」
「そうなんだな」
「すぐにドキドキしちゃって、すぐ顔が赤くなる……今も、そう……」
「そうか」
「赤くなったら……緊張して……」
「うん」
「本当は、朝も……ちゃんと……久場くんに挨拶したいのに、言えなくて……ごめんなさい」
「いいって、謝らなくて……俺さ、学校のみんな好きだし普通にみんなと挨拶するけどさ、伊勢川には特別気持ち込めて言ってる」
「……え?」今とんでもなく嬉しい事を言われた様な気がする。追求してもいいのだろうか……
「……前から気になってたんだけど、どうしていつも頭撫でたり声をかけてくれるの?」
「んー、朝のあれな、なんかさ、弟の感じなんだよな、伊勢川って」
「弟?」
「俺ん家、大家族なんだよ、じいちゃんもばあちゃんもいて、きょうだいも俺入れて五人いてさ、すげぇだろう」
 家族の話を始めた久場の声は優しくて、由人は顔を覆っていた手をそっと開いて頷く。
「下が双子の弟と妹で、中一なんだけどなんか生意気になってきてさ、背もどんどん伸びやがって、ちょっと前まですげぇ素直で可愛かったのに、最近は俺のことうざがるんだ、俺の弟妹を構いたい気持ちが行き場を無くしてて……」
「……」鼻筋の通った精悍な顔の久場はやはり優しい表情で家族の話をしていた。
「だからって言ったら失礼だとは思うけど、伊勢川は小さいなぁ、話したいなってずっと前から気になっていて、でも伊勢川は女子と仲がいいし、こうなんかおとなしいし、俺とは接点もないし、無理に話して怖がらせるのも違うし……ずっと部活とかも忙しかったし話せないのもしょうがないかって諦めてたんだ、でも三年になってやっと同じクラスなったし部活は引退だろう」
「え? そうなの?」
「そうだよ、春の大会で引退、俺達受験生だもんな……サッカーは引退」
「でも朝練……」
「習慣で起きちゃうんだよ、それに俺達、体動かさないとエネルギーが余ちゃって勉強だけじゃ調子が悪くてさ、我儘言ってボール触らせてもらってる、話が逸れたぞ、お前の話」
「あ……僕の……」
「朝、教室の一番前にちょこんと座ってるのがなー、いいんだよ……頭撫でてーって思ったらつい手が伸びて、そしたらお前、頭も小さいからなんか収まりがいいし、初めの日は伊勢川を驚かせたけど、次の日からはじっとして俺が撫でるの待ってただろう、いやもう、可愛くてな……嫌がったらやめようと思ってたけど、ごめんなもうやめれそうにない……でも嫌だったら言ってくれ、伊勢川が嫌なこと俺したくないから」
「……嫌じゃない……です、早恵ちゃんが言ってた、ルーティンなんじゃないかって」
「ルーティンか、確かにご機嫌にはなるけどちょっと違うな」
「何?」
「今は接点もないし、伊勢川はちょっと……怖がりだろう、だから少しずつ俺に慣れてくれたらいいなと、そしたらはじめはやっぱり挨拶だろう、伊勢川の緊張が少しずつなくなっていくのも俺嬉しかったし、本当は内川達みたいに仲良くなって、もっと話したいけどそれは欲張り過ぎかなとか思ったり、俺は圧が強いから、伊勢川を困らせたりしてないか……」
 すごい勢いで語り始めた久場を見ながら、ハマっているアニメの話をする時の雛子と誉にどこか似ているなと思う。
 こんなに色々考えて話しかけてくれていたんだと照れ臭く、嬉し恥ずかしってこういう事なんだろうなと、小首をかしげて聞いていた。
「弟達でなんとなく引き際は心得てるんだ、だからしつこくしない様に、嫌われない様に……」

 ガラガラ。突然保健室のドアが開く。
「あれ、久場くん、何してんの? 後、えーと……い、い、いせ、伊勢川くんだよね、どうしたの?」
「あーー、突然入って来んなよ泉先生、伊勢川がびっくりしてるだろう! チェッ、なんで戻ってくんだよ、せっかく話してたのになー、伊勢川ー」
 久場は焦る様子もなく、屈託のない笑顔で由人に話しかける。
 初めて授業をサボっている由人はドアが開いた瞬間、確かに体をビクンと跳ねさせて驚いていた。
「伊勢川くん、足怪我したの?」
「ちょっと捻ったのかなー、なー伊勢川、今冷やしてんだよなー」
 久場の過保護な言い方が自分を甘やかす姉達の様子と似ていて、どこのきょうだいもこんな感じになってしまうものかなと、おかしい気持ちになる。
「すぐ冷やしてくれたの?」
「うん、氷使わせて貰ったから」
「はいはい、伊勢川くん痛みはどう? 念の為明日病院行きなさいね」
「……もう大分治りました、病院行くほどでは……」
「ダメよ」
「ダメだよ!」
 先生と久場が同時に言うので由人はまたビクンと震えた。
「伊勢川、絶対病院は行けよ、何かあったら大変だろう」
「大袈裟だよ……」
「こういうのは大袈裟くらいで丁度いいんだぞ!」
「そうよ、今日はどうやって帰る? 保護者の方とは連絡取れる? あー、災害給付制度の書類出さなきゃね……伊勢川くん家どこだっけ?」
「お母さんは仕事中で……電車で帰ります」二人に怒られてしまい由人は萎縮して答えた。
「まぁ、大変、お迎えは無理かしら?」
「それなら俺が送るよ」
「え?  何言ってるの、そんなのダメだよ」
 言いながら、雑誌の編集の仕事をしている母は常に忙しく、職場も学校からかなり離れている。連絡出来たとしても迎えに来てもらえるとは思えなかった。
 だからと言って今日やっとどうにか話せる様になった久場に、そこまでしてもらう訳にはいかない。
 急いで拒否をするけれど、久場は立ち上がって保健室の引き出しをまた勝手に開けてゴソゴソとしている。
「とりあえず職員室で連絡してみるわ、お迎えが無理そうだったら久場くんにお願いしちゃおう! 後、伊勢川くんにテーピングしてくれる」
「了解」引き出しからテーピングを取り出した久場がにこりと笑う。
「じゃ私は職員室に行くから、テーピングが終わったら二人とも教室に戻ってね、久場くんのテーピングは私より上手だから安心して任せていいよ、伊勢川くん」
 焦る由人をよそに二人は話をどんどん進めてしまい、また保健室で二人きりになってしまう。
「テーピングするから立とうか、伊勢川、ここに手をついて、そう、右足上げるぞ」
 久場に立たされ、先生の机に寄りかかる。それから右足を丸椅子に乗せられる。
 もうされるがまま、言われるがままだ。
「RICE(ライス)って知ってるか?」
「ライス?」米のことではないのだろうと、首を振る。
「Rest(安静)、Icing(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとったやつで、こういう時の応急処置なんだ、だから本当は安静にして横になって足首を挙げていたほうがいいんだけどな、とりあえずテーピングはきちんとしとこうな」
「……うん」右足のジャージの裾をくるくると、捲られた。
 コンプレックスの細い足が膝まで晒されてしまい、抵抗して逃げ出したい気持ちを由人は必死で堪えた。
「ゆるいのも、きつ過ぎるのもダメだから、ゆっくり巻くぞ、痛かったら言えよ」
 そう言って久場はテープを三本、かかとの下でクロスするように巻いていく。その上からテープを足首で一周させる。テープを三本切って少しずつ上にずらして巻いてくれた。
「しかし、おんぶしてる時も思ったけど、伊勢川は痩せすぎだ、ちょっと心配になるぞ」
 久場の口調は優しく、中学校で揶揄ってきた男子とは全然違っているが、それでも細い体を見られ恥ずかしい事には変わりがない。
 由人は黙ったまま、寄りかかっている机のへりを、きゅっと握って緊張と羞恥に耐えていた。
 久場も黙って、由人の足に手際よくテーピングを巻く。
 運動をしない由人にとって、久場の応急処置の知識、テーピングの力加減、全てが新鮮で頼もしかった。
 スポーツ万能で体格がいい久場の屈んだ体に、西日が窓から降り注ぎ、体操服の上から筋肉の美しい陰影をつけている。
 どんな場所にも誰にでも注がれる太陽の光。
 それが分かっていても、目の前のアポロンの様な同級生に落ちてくる光は、神聖で選ばれた光の様な気がする。
 彫刻の様な筋肉を触ってみたい。
 口にすれば久場はきっと快く承諾するだろうけれど、由人は畏れ多くて気づかれない様に目を逸らした。
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