【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月

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百合風エピローグ

7(※娘が生まれてます)

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 小さな町からさらに距離を取った、未開拓の森の中。草木や蔦に隠されるようにした小さな家の入口で、いつの間にか咲いていた野の花を踏んでしまったエルフィンが、しゃがみ込んで花を撫でる。折ってしまった首が元通りになるのを見届けたエルフィンが立ち上がり、ドアに手をかけるよりも早く、内側から戸が開けられた。
 顔を出したリアムがそっとエルフィンの懐に身を寄せ、おかえりなさい、と。優しく囁く。ただいま、と。返しながら後ろ手に扉を閉めれば、ようやく外界から遮断されたことを感じた身体に倦怠感が巡り、エルフィンは小さく息を吐いた。

「……毎日迎えてくれなくても、大丈夫なのだが」

 外はまだ怖いだろうと、虐げられ続けた少年に声をかければ、リアムは楚々と眼差しを伏せながらそっと首を横に振った。

「いいえ。……エルフィン様の一族は、皆優しい方ばかり。本当に閉じこもってばかりでは、失礼になってしまいます」

 家も、衣服も、住む場所さえ与えていただいたのだからと。微笑んだリアムが、そっとエルフィンの手に触れる。強く握り締めることを躊躇するような、その優しい接触に微笑んだエルフィンは、今は己の妻となった少年の控えめな手を握り返した。

「ここに馴染もうとしてくれて、感謝している。……町の人々も、どうやら君に興味があるようだから」

 そろそろ交流に誘われそうだとまではまだ告げずに様子を窺えば、リアムは少し恥ずかしそうに、気遅れたように眼差しを俯けている。無理はさせたくないなと思いながら、そっと背中に手を添えれば。いつまでも小柄な少年は眉尻を下げながら、小さく微笑んだ。

「……エルフィン様の恥にならないのであれば」
「外聞など、気にしなくていい。……私はもう、君に頼りきりなのだから」

 報われないことばかりだっただろう彼が、報われる生活であって欲しいと願う。今のエルフィンの数少ない望みは、彼が幸せに笑うことだった。
 静かな時間を過ごす二人の耳に、ふと、甲高くもか細い赤子の泣き声が触れる。ハッと顔を上げた二人は苦笑を交わして、一人で待たせてしまった我が子の元へと戻った。



  あれから。どれほど治癒を注いでもらっても、本調子には戻り切らない身体に鞭打って。人目も魔物も可能な限り避けながら、エルフィンは這いずるようにして、生まれ故郷へとリアムを連れて戻った。
 高位貴族でもあったエルフィンの出奔はそれなりの騒動を引き起こしていて、帰還にもそれなりの騒ぎを引き起こしはしたもののの。続く被害者を出さないためにもと、己の受けた仕打ちを奏上すれば。賢き幼王は寛容にエルフィンの出奔を許し、帰還をねぎらい、対策を約束してくれた。
 そのまま、実家に身を寄せることも可能ではあったものの――奴隷として遇されたことは告白できても、それが性にまつわるものであったことは遂に告白できなかったエルフィンにとって、もはや誇り高き騎士の家系は安息の場所たり得なかった。男と見ればそれだけで、例えそれが身内であっても、本能的に恐怖してしまう。相手が男ではなかったとしても、浅ましい身の上を見破られてしまいそうな気がして、やはり胸には恐怖が満ちた。
 エルフィンが心安らかにいられるのは、今では世界でたった一人、リアムの隣だけだった。

「……眠りましたか?」
「ああ」

 二人で声を潜めながら、子供部屋に眠る幼い娘の寝顔を優しい気持ちで見守る。
 幼子一人のためには大袈裟過ぎる結界の呪法は、王が早速編み出してくれた最新の魔術だ。いつかはこの術も、破られることもあるかもしれないが。王が研鑽を続けてくれる限り、同様の悲劇が起こる可能性は、今度こそ格段に減少するのだろう。
 あんな仕打ちを受けて、人並みの家族を築けるとは思ってもいなかったエルフィンだったが。そこだけは、リアムの特異な体質が初めて幸いをくれたと言っていいだろう。――帰り着いたときには身ごもっていたリアムは、余りあるほどに受けた非道な仕打ちから来るトラウマも恐怖も全て飲み込んで、エルフィンに血のつながった家族をくれた。それだけでエルフィンは、彼に一生分以上の恩がある。
 だが、リアムはリアムで、エルフィンに恩があると思っているのだろう。いつでも慎ましく控えめな少年は、今夜も俯きがちに微笑んで、頭を下げた。

「寝かし付けてくれて、ありがとうございます。今日は少し、癇が強くて」
「成長してきている証拠だろう、いいことだ。……それよりも」

 熱が、と。帰った時から気になっていた、体温の高さを指摘すれば。リアムはこの上なく恥ずかしいことを指摘されたとばかりに、パッと頬を染め上げた。
 触れようとしたエルフィンの手指を避けるようにして、小さく身を引く。

「少し。……でも、まだ大丈夫です。よく冷やせば、あと二日か、三日くらいは」

 そうリアムは繰り返すが、すでに熱は上がってきているようだ。仄かに薄紅を帯びる頰や眼差しが、彼の無理を如実に示してはいた。
 ――無理矢理に、人魚の体質に近付けられたリアムには、かの種族特有の発情期がある。清く冷たい海に暮らす人魚は、番の相手に恵まれない時には、歌を歌って気を紛らわせると言われるが。基本が人間である彼は、四六時中水に浸かっているわけにもいかない。だが耐えれば耐えるだけ、身体は辛くなるばかりだ。

(……私が、並の身体であったら)

 リアムだって、こんなにも我慢をしようとは思わなかったに違いない。けれど今となっては、彼にとっても、怯えることなく触れられる相手はエルフィンだけなのだ。
 小柄な少年のために膝を突いて、そっと額を触れさせれば、そこはもうすっかり熱くなっていた。なおも狼狽えたように目線を俯けようとする彼の瞳を見つめて、エルフィンは小さく微笑んだ。

「相手をさせて欲しい。……この前のように、無理をして風邪を引かせてしまうのも忍びない」
「……でも」
「負担とも、迷惑とも、思っていない。……君が、嫌でないなら」

 異常な状況下で始まってしまった関係に、好意の言葉を不器用に当て嵌めて。熱を持った小さな掌に指先を絡めるようにして握りしめれば、優しく清い瀝青の瞳が、月明かりに濡れる。
 泣き顔ばかりを見慣れてしまった少年は、それでも小さく微笑んで、はい、と。返事をしてくれた。
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