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百合風エピローグ
6(平和で善良なモブ)
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※ ※
「――エルフィン!」
呼び止められて、振り向けば。同僚の青年が、薄紙に包まれた塊を抱えて、息を切らせて走ってきたところだった。
急ぎの仕事かと思っていたエルフィンは拍子抜けしたが、いかにも善良そうな笑顔で、間に合った、と。そう言われてしまっては、話を聞かないわけにもいかない。これは? と。首を傾げれば、同僚の青年は朗らかに口を開いた。
「ウチで育ててる、薬草の石鹸だよ。母さんが、是非嫁さんにって」
「……ああ」
成程、清潔な、いい香りがする。確か彼の母親は、薬草を原料とする様々なものを商品にした雑貨屋を営んでいるのだったか。気遣いに感謝して、礼儀正しく一礼をする。
「ありがとう。……きっと、喜んでくれると思う」
微笑んで受け取るエルフィンに満足した同僚が、それじゃあまた明日、と。気さくに手を振ってくる。エルフィンはそれにも目礼を返すと、静かに帰路に着いた。
残された青年は、実はまだ仕事が少し残っている。じゃあもう少し、と。踵を返そうとしたところで、同じく同僚の女性たちに取り囲まれて、うわあと声を上げた。
「何話してたの?」
「え? いや、何ってこともなく、石鹸のお裾分けを……」
「石鹸!?」
そんな安物を!? と。大きな声で言われて、青年がムッとする。一つ一つは大したことない値段だって、これを売ることで立派に身を立てている母親がいるのだから。
「何だよ。お前たちにだって分けることあるだろ」
喜んで受け取るくせに、と。怒ってみせれば、勿論私たちは嬉しいけど、と。一人の女性が声を潜めた。
「でも……元々王都の騎士だった方でしょう? 石鹸なんて」
「今は同僚なんだからいいじゃないか」
喜んでお礼も言ってくれたし、と。青年が言い返せば、ほお、と。むしろ感心したような吐息を漏らす同僚たちの姿に苦笑してしまう。確かに青年だって、彼が隣の席に配属された時には、何だってこんな町役場にこんなヒトが、と。緊張に息を止めてしまったほどだったから。
一目で生粋の妖精族と解る秀麗な美貌の彼は、名前を聞けばすぐに解る、王都の騎士の家系の出だった。妖精王に直に拝謁する権利さえ与えられた家柄の彼が、何故こんな辺鄙な、他種族とのハーフやクオーターの方が多いくらいの町で職まで得たのかは解らないが。郊外に建てられた、彼の小さな家には――種族までは解らないが、華奢な妖精族よりもさらに小柄な奥方がひっそりと暮らしている。大方その辺りが事情だろうと、噂好きの女性たちは囁き交わし。多分に漏れず噂好きの母親など、筋の通ったいい男だと大層絶賛していた。
(全部憶測だけど)
彼が自分で話してくれる気になるまで、根ほり葉ほり聞くのは品がない。それくらいは、妖精族に共通の礼儀作法だ。
同じ憶測なら、遠巻きにするよりも親しくしてみたい。そう思った青年は積極的に交流を図ってはいるものの、未だにその距離を縮められている気はしない。どこか頑なな、警戒心にも似た拒絶の感情を感じてはいるものの――こちらの好意に、美しくも控えめな礼を律義に返す彼は、間違いなく善良だ。だからほんの少しずつでも、距離を縮められればいいと思う。
「じゃあ私も、クッキーでも焼いてこようかしら」
「今年はいい茶葉ができたから、お茶会に呼ぶのもいいんじゃない?」
「奥様、ヘアオイルとかお好きかなあ」
何しろ刺激の少ない平和な下町だ。曰くありげな転居者をいかに歓迎しようかと盛り上がり出す女性たちもまた、広がりつつある噂話には興味津々の様子だ。
あんまりぐいぐい行かない方がいいんじゃないかなあ、とは思いつつ。お茶会に呼べるなら、また母親がとんでもない張り切り方をしそうだなあと。ありありと思い描けた青年は、これで嫌がられないといいんだけど、と。力なく苦笑した。
「――エルフィン!」
呼び止められて、振り向けば。同僚の青年が、薄紙に包まれた塊を抱えて、息を切らせて走ってきたところだった。
急ぎの仕事かと思っていたエルフィンは拍子抜けしたが、いかにも善良そうな笑顔で、間に合った、と。そう言われてしまっては、話を聞かないわけにもいかない。これは? と。首を傾げれば、同僚の青年は朗らかに口を開いた。
「ウチで育ててる、薬草の石鹸だよ。母さんが、是非嫁さんにって」
「……ああ」
成程、清潔な、いい香りがする。確か彼の母親は、薬草を原料とする様々なものを商品にした雑貨屋を営んでいるのだったか。気遣いに感謝して、礼儀正しく一礼をする。
「ありがとう。……きっと、喜んでくれると思う」
微笑んで受け取るエルフィンに満足した同僚が、それじゃあまた明日、と。気さくに手を振ってくる。エルフィンはそれにも目礼を返すと、静かに帰路に着いた。
残された青年は、実はまだ仕事が少し残っている。じゃあもう少し、と。踵を返そうとしたところで、同じく同僚の女性たちに取り囲まれて、うわあと声を上げた。
「何話してたの?」
「え? いや、何ってこともなく、石鹸のお裾分けを……」
「石鹸!?」
そんな安物を!? と。大きな声で言われて、青年がムッとする。一つ一つは大したことない値段だって、これを売ることで立派に身を立てている母親がいるのだから。
「何だよ。お前たちにだって分けることあるだろ」
喜んで受け取るくせに、と。怒ってみせれば、勿論私たちは嬉しいけど、と。一人の女性が声を潜めた。
「でも……元々王都の騎士だった方でしょう? 石鹸なんて」
「今は同僚なんだからいいじゃないか」
喜んでお礼も言ってくれたし、と。青年が言い返せば、ほお、と。むしろ感心したような吐息を漏らす同僚たちの姿に苦笑してしまう。確かに青年だって、彼が隣の席に配属された時には、何だってこんな町役場にこんなヒトが、と。緊張に息を止めてしまったほどだったから。
一目で生粋の妖精族と解る秀麗な美貌の彼は、名前を聞けばすぐに解る、王都の騎士の家系の出だった。妖精王に直に拝謁する権利さえ与えられた家柄の彼が、何故こんな辺鄙な、他種族とのハーフやクオーターの方が多いくらいの町で職まで得たのかは解らないが。郊外に建てられた、彼の小さな家には――種族までは解らないが、華奢な妖精族よりもさらに小柄な奥方がひっそりと暮らしている。大方その辺りが事情だろうと、噂好きの女性たちは囁き交わし。多分に漏れず噂好きの母親など、筋の通ったいい男だと大層絶賛していた。
(全部憶測だけど)
彼が自分で話してくれる気になるまで、根ほり葉ほり聞くのは品がない。それくらいは、妖精族に共通の礼儀作法だ。
同じ憶測なら、遠巻きにするよりも親しくしてみたい。そう思った青年は積極的に交流を図ってはいるものの、未だにその距離を縮められている気はしない。どこか頑なな、警戒心にも似た拒絶の感情を感じてはいるものの――こちらの好意に、美しくも控えめな礼を律義に返す彼は、間違いなく善良だ。だからほんの少しずつでも、距離を縮められればいいと思う。
「じゃあ私も、クッキーでも焼いてこようかしら」
「今年はいい茶葉ができたから、お茶会に呼ぶのもいいんじゃない?」
「奥様、ヘアオイルとかお好きかなあ」
何しろ刺激の少ない平和な下町だ。曰くありげな転居者をいかに歓迎しようかと盛り上がり出す女性たちもまた、広がりつつある噂話には興味津々の様子だ。
あんまりぐいぐい行かない方がいいんじゃないかなあ、とは思いつつ。お茶会に呼べるなら、また母親がとんでもない張り切り方をしそうだなあと。ありありと思い描けた青年は、これで嫌がられないといいんだけど、と。力なく苦笑した。
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