43 / 50
百合風エピローグ
3
しおりを挟む
ひと時の悩ましい惑乱の時間が過ぎ去った後も、エルフィンは寝台から起き上がる気力もなく、濁った瞳で天井を見つめながら汚れた身体を投げ出していた。
生き物の体液や老廃物を主な主食とするスライム族の中でも、この階層に放たれているスライムは殊に綺麗好きの様子で、だから本当には汚れているわけではないのだろうけれど。獲物を強制発情させる粘液は種に共通のもので、いつまでも体の内側を疼かせる濡れた感触が、エルフィンの全身を苛んでいた。
(解毒の術を使えば)
動けるようになることは解っている。回復の術を重ねれば、効果はより顕著であるだろうことも。
エルフィンを縛っていた、忌まわしい魔封じの首輪は、ここに運び込まれるよりも前に取り外された。だからこの程度のバッドステータスなど、自力での治癒は可能なはずだった。
閉じ込められているわけではないのだ。動く意志さえあれば、自分の足で階を上がって。外を、故郷を、目指せばいい。――けれど。
「……帰り着いた、ところで」
いつ振りとも知れない、嬌声ではない自分の声は、ひどくかすれて弱々しかった。
抵抗を諦めて、もうどれくらいになるだろう。日々の研鑽を忘れた身体は気怠く、性的に開発され切った裸体は、もう二度と人前に晒すことはできないだろう。
どれほど平静を装ったところで、少しでも性的な行為を匂わされれば、この身体はすぐにでも肉欲に屈するだろう。いつ、みっともなく雄の情けを請うとも知れない、爛れた身体を引きずって。どうして何食わぬ顔で戻ることができるだろうか。そう物思った端から、熱く疼いた尻穴の欲求に、エルフィンは悩ましく身を捩った。
スライムに犯されたばかりの最奥が、はしたなくも閉じ切らないまま、まだ足りないとばかりに悶えながら凌辱を求めている。本来自慰に使われるべきエルフィンのものは、勃起すらせずに情けなく股の間に首を垂れたまま、結腸姦の余韻にたらたらと蜜を垂らしていた。
このような浅ましい身に成り果ててまで、帰りたいと願うには、エルフィンの故郷は優しく美し過ぎた。――穢れた身の上の自分を、はっきりと異物と認識してしまう程度には。
(もう、何のために生きているのかも解らない)
潔く自死を選ぶことができたなら、それをせめてもの幸いと思ってしまうくらいには、エルフィンは追い詰められていた。
エルフィンの行動を抑制する、絶対的な恐怖であった主人と死に別れ、この身を縛る鎖も消失した今、自死はそれほど難しいことではなかったかもしれないけれど。かつては一族の誰よりも美しく操った魔力を、今も使いこなせる自信を失っていたエルフィンはまだ、その道さえも選べずにいた。
「……………」
魔力不足にのたうちながら、まだ抵抗をしようとしていた頃もあったけれど。そんな僅かな自尊心さえ、徹底的に踏み躙られた性奴隷としての日々を思い出せば、頭も体も正常に働いてはくれなかった。
指先に炎を灯そうとするだけで、強い恐怖がエルフィンを苛む。眩暈と吐き気にまで悩まされるに至って、今日も自決を諦めたエルフィンは、もう何も考えたくないとばかりに固く目を瞑った。
そうして、無為に体を横たえて、どれくらいが経った頃だろう。――ふと、耳に触れたような気がした、悲痛な叫びに。エルフィンは閉じていた瞼を開けた。
視覚からの負荷に、多少目は眩んだが、頭痛と吐き気は治まっていた。いつもの通りに薄暗い小部屋は静かなままで、夢か幻聴の類だったかと、再び目を閉じかけたエルフィンの耳に。今度は聞き間違えようもなく、バン! と。乱暴に扉を開ける、取り乱した音が聞こえてきた。
部屋と部屋の間には防音が効いているが、廊下側はその限りではない。部屋の外にまろび出たと思しき隣人の、キャアとかギャアとか、とにかくただ事ではない取り乱した叫びに、エルフィンは思わず身を起こしていた。
(誰か……)
何が、と。そう首を傾げた所で、悲鳴が止むこともなければ、助けが差し挟まれる気配もない。
そうこうしている間にも、ますます狂気じみてくる悲鳴をとても黙って聞いていられず、エルフィンは寝台から足を踏み出した。
「……っ」
長らく、ろくに自分の体重すら支えてこなかった足が痛み、平衡感覚を失くしてぐらつく。
即座に蘇った眩暈と吐き気を背に負いながら、エルフィンは震える足を踏み出して、これまで一度も触れたことのなかった扉に手をかけた。
生き物の体液や老廃物を主な主食とするスライム族の中でも、この階層に放たれているスライムは殊に綺麗好きの様子で、だから本当には汚れているわけではないのだろうけれど。獲物を強制発情させる粘液は種に共通のもので、いつまでも体の内側を疼かせる濡れた感触が、エルフィンの全身を苛んでいた。
(解毒の術を使えば)
動けるようになることは解っている。回復の術を重ねれば、効果はより顕著であるだろうことも。
エルフィンを縛っていた、忌まわしい魔封じの首輪は、ここに運び込まれるよりも前に取り外された。だからこの程度のバッドステータスなど、自力での治癒は可能なはずだった。
閉じ込められているわけではないのだ。動く意志さえあれば、自分の足で階を上がって。外を、故郷を、目指せばいい。――けれど。
「……帰り着いた、ところで」
いつ振りとも知れない、嬌声ではない自分の声は、ひどくかすれて弱々しかった。
抵抗を諦めて、もうどれくらいになるだろう。日々の研鑽を忘れた身体は気怠く、性的に開発され切った裸体は、もう二度と人前に晒すことはできないだろう。
どれほど平静を装ったところで、少しでも性的な行為を匂わされれば、この身体はすぐにでも肉欲に屈するだろう。いつ、みっともなく雄の情けを請うとも知れない、爛れた身体を引きずって。どうして何食わぬ顔で戻ることができるだろうか。そう物思った端から、熱く疼いた尻穴の欲求に、エルフィンは悩ましく身を捩った。
スライムに犯されたばかりの最奥が、はしたなくも閉じ切らないまま、まだ足りないとばかりに悶えながら凌辱を求めている。本来自慰に使われるべきエルフィンのものは、勃起すらせずに情けなく股の間に首を垂れたまま、結腸姦の余韻にたらたらと蜜を垂らしていた。
このような浅ましい身に成り果ててまで、帰りたいと願うには、エルフィンの故郷は優しく美し過ぎた。――穢れた身の上の自分を、はっきりと異物と認識してしまう程度には。
(もう、何のために生きているのかも解らない)
潔く自死を選ぶことができたなら、それをせめてもの幸いと思ってしまうくらいには、エルフィンは追い詰められていた。
エルフィンの行動を抑制する、絶対的な恐怖であった主人と死に別れ、この身を縛る鎖も消失した今、自死はそれほど難しいことではなかったかもしれないけれど。かつては一族の誰よりも美しく操った魔力を、今も使いこなせる自信を失っていたエルフィンはまだ、その道さえも選べずにいた。
「……………」
魔力不足にのたうちながら、まだ抵抗をしようとしていた頃もあったけれど。そんな僅かな自尊心さえ、徹底的に踏み躙られた性奴隷としての日々を思い出せば、頭も体も正常に働いてはくれなかった。
指先に炎を灯そうとするだけで、強い恐怖がエルフィンを苛む。眩暈と吐き気にまで悩まされるに至って、今日も自決を諦めたエルフィンは、もう何も考えたくないとばかりに固く目を瞑った。
そうして、無為に体を横たえて、どれくらいが経った頃だろう。――ふと、耳に触れたような気がした、悲痛な叫びに。エルフィンは閉じていた瞼を開けた。
視覚からの負荷に、多少目は眩んだが、頭痛と吐き気は治まっていた。いつもの通りに薄暗い小部屋は静かなままで、夢か幻聴の類だったかと、再び目を閉じかけたエルフィンの耳に。今度は聞き間違えようもなく、バン! と。乱暴に扉を開ける、取り乱した音が聞こえてきた。
部屋と部屋の間には防音が効いているが、廊下側はその限りではない。部屋の外にまろび出たと思しき隣人の、キャアとかギャアとか、とにかくただ事ではない取り乱した叫びに、エルフィンは思わず身を起こしていた。
(誰か……)
何が、と。そう首を傾げた所で、悲鳴が止むこともなければ、助けが差し挟まれる気配もない。
そうこうしている間にも、ますます狂気じみてくる悲鳴をとても黙って聞いていられず、エルフィンは寝台から足を踏み出した。
「……っ」
長らく、ろくに自分の体重すら支えてこなかった足が痛み、平衡感覚を失くしてぐらつく。
即座に蘇った眩暈と吐き気を背に負いながら、エルフィンは震える足を踏み出して、これまで一度も触れたことのなかった扉に手をかけた。
31
お気に入りに追加
529
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる