碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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一点紅を手折るは

43.

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 (馬の乗り方知らないです・・)
 戸惑って沖田を後ろに見上げた冬乃の、心の声に答えるように、
 「冬乃さんは、俺の後ろ」
 沖田がにっこりと微笑んだ。
  
 

 
 御前通へと続く道へ入り。一面の田畑のなか、軽い速度で馬を進ませゆく冬乃達を、遠く四方の山々の紅葉が囲うように見下ろす。
 赤橙と黄金で色づいた見事な秋の光景に、冬乃は溜息をついた。
 
 もっとも、鞍を乗せない馬に右向きの横座りになり、前で手綱を握る沖田の胴に、しがみついている冬乃には、真っすぐ前方の景色までは見えない。
 
 在るのは、沖田の広い背。
 冬乃の腕と胸前に感じる、彼のがっしりと硬く温かい胴の感触に、冬乃の心臓はとくとくと、ざわめいたまま。
 
 その横で藤堂と安藤は、それぞれの馬を歩ませながら、晩秋の冷涼な風に時折、身を引き締めるかのように背筋を伸ばしている。
 
 人の気配もまばらな一本道を、三頭の馬の軽快な蹄音が響き。
 やがて世間話も尽きた頃、四人は北野天満宮の鳥居が大きく見える処まで辿りついた。
 
 
 ここまで来ると人の数も多くなっている。あちらこちらに飲食店が構えていた。
 四人、馬を降りて歩きだし。
 美味しそうな匂いがする方角をふと見やれば、うどんという文字も見える。
 
 
 「あちらでござる」
 安藤が声をあげた。
 
 こじんまりとした佇まいの、奥ゆかしい雰囲気を醸した小店が、安藤の指し示した先に見えた。一見では甘味屋と気づけないだろう。
 
 「とくにくずきりが絶品で、大変お薦めでござる」
 なんだか安藤の声が明るい。久々に訪れたのだろうか、嬉しげな様子がにじみ出ていて。
 
 「絶品なんだ!」
 反応した藤堂の声も勿論明るく。
 
 「まさに隠れた名店ってとこじゃないですか!どうやって見つけたんですか」
 「あ、いや、その」
 
 藤堂の問いかけに突然に照れだした安藤を、皆が驚いて見つめるなか、安藤は。
 
 「ある女人と・・・」
 
 語尾を濁し。答えた。
 
 
 店に入り、皆でくずきりを注文しつつ、
 噺の種に恰好の的となってしまった安藤が照れ続けているところを、よくよく聞き出してみれば、
 
 組に入ったばかりの頃、町で助けた色っぽい未亡人に、安藤は一目惚れしてしまい、
 見世物を一緒に見ようとなんとか誘い出したところ、意外にも彼女とは歳も近くて話が尽きず、さいわいに次に逢う約束まで扱ぎつけて二度目に来た場所がここ天神さんだったという。
 
 「じゃあ、この店はその時に?」
 好奇心いっぱいの瞳をくるりと回し、藤堂が先を促すのへ。
 「左様でござる・・」
 ひたすらいつまでも照れたまま、安藤が頷いて、そのつるつるの坊主頭を見せる。
 「彼女とは、食の好みも合って・・共にあちらこちら見て歩いていたら幸い、こちらを見つけまして」
 
 幸せそうな安藤の様子をみれば、それからも仲が続いていることは明らかだ。
 ふふ、と冬乃はつい満面に微笑んでしまった。
 「次にその方に逢えるときはいつですか?もしすぐでしたら、お土産に買って帰られてはいかがでしょう」
 
 安藤が目をぱちくりさせて冬乃を見た。
 「それは良い・・そうします。その、じつは丁度明日に、約束しとりまして」
 「明日なら、とっておいても大丈夫ですね!」
 ただでさえ夜はすっかり寒くなった時期である。
 
 安藤は頷くとさっそく手を上げ、日持ちのしそうなものを幾つか注文し、包むように依頼した。
 
 「さあ、では他にも入ってみましょうよ」
 沖田が塩気が欲しくなったと呟いて微笑う。
 確かに甘いものの後はそうなると、安藤も微笑って「では次は、名物の一本うどんでも」と提案した。
 (うどん)
 先程の、あの良い匂いの店だろうか。
 「いいですね!」
 全員諸手を上げて賛同した。
 
 「この界隈での老舗で、一本の太い長いうどんを出す店で。太くて長い人生が送れるようにと、店の方が想いを込めて作られているそうでござる」
 
 (太くて長い人生・・)
 
 安藤の説明に「へえ」と微笑んでいる沖田達を前に、冬乃は一瞬に胸内を刺した痛みをやり過ごす。
 今ここにいる彼らはいずれも、この先長くは生きないのだから。
 
 (でも、)
 太い人生ならば、彼らは送れているだろうか。
 各々の信念を懸け、それこそ、命がけで。その武士としての究極な生きざまは、乱世の今でしか在りえぬもの。
 
 

 
 結局、北野天満宮に参拝までして、帰屯したのは夕闇も迫る頃だった。
 冬乃はまたひとつ今日の思い出を、胸に大切に仕舞いこむ。
 
 
 (ありがとうございます)
 
 この奇跡に、
 沖田と過ごせる今のこの日々に。静かに長く、深呼吸をして、冬乃は黄昏の空を仰いだ。
 
 
 
 

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