碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
136 / 472
一点紅を手折るは

43.

しおりを挟む
 
 (馬の乗り方知らないです・・)
 戸惑って沖田を後ろに見上げた冬乃の、心の声に答えるように、
 「冬乃さんは、俺の後ろ」
 沖田がにっこりと微笑んだ。
  
 

 
 御前通へと続く道へ入り。一面の田畑のなか、軽い速度で馬を進ませゆく冬乃達を、遠く四方の山々の紅葉が囲うように見下ろす。
 赤橙と黄金で色づいた見事な秋の光景に、冬乃は溜息をついた。
 
 もっとも、鞍を乗せない馬に右向きの横座りになり、前で手綱を握る沖田の胴に、しがみついている冬乃には、真っすぐ前方の景色までは見えない。
 
 在るのは、沖田の広い背。
 冬乃の腕と胸前に感じる、彼のがっしりと硬く温かい胴の感触に、冬乃の心臓はとくとくと、ざわめいたまま。
 
 その横で藤堂と安藤は、それぞれの馬を歩ませながら、晩秋の冷涼な風に時折、身を引き締めるかのように背筋を伸ばしている。
 
 人の気配もまばらな一本道を、三頭の馬の軽快な蹄音が響き。
 やがて世間話も尽きた頃、四人は北野天満宮の鳥居が大きく見える処まで辿りついた。
 
 
 ここまで来ると人の数も多くなっている。あちらこちらに飲食店が構えていた。
 四人、馬を降りて歩きだし。
 美味しそうな匂いがする方角をふと見やれば、うどんという文字も見える。
 
 
 「あちらでござる」
 安藤が声をあげた。
 
 こじんまりとした佇まいの、奥ゆかしい雰囲気を醸した小店が、安藤の指し示した先に見えた。一見では甘味屋と気づけないだろう。
 
 「とくにくずきりが絶品で、大変お薦めでござる」
 なんだか安藤の声が明るい。久々に訪れたのだろうか、嬉しげな様子がにじみ出ていて。
 
 「絶品なんだ!」
 反応した藤堂の声も勿論明るく。
 
 「まさに隠れた名店ってとこじゃないですか!どうやって見つけたんですか」
 「あ、いや、その」
 
 藤堂の問いかけに突然に照れだした安藤を、皆が驚いて見つめるなか、安藤は。
 
 「ある女人と・・・」
 
 語尾を濁し。答えた。
 
 
 店に入り、皆でくずきりを注文しつつ、
 噺の種に恰好の的となってしまった安藤が照れ続けているところを、よくよく聞き出してみれば、
 
 組に入ったばかりの頃、町で助けた色っぽい未亡人に、安藤は一目惚れしてしまい、
 見世物を一緒に見ようとなんとか誘い出したところ、意外にも彼女とは歳も近くて話が尽きず、さいわいに次に逢う約束まで扱ぎつけて二度目に来た場所がここ天神さんだったという。
 
 「じゃあ、この店はその時に?」
 好奇心いっぱいの瞳をくるりと回し、藤堂が先を促すのへ。
 「左様でござる・・」
 ひたすらいつまでも照れたまま、安藤が頷いて、そのつるつるの坊主頭を見せる。
 「彼女とは、食の好みも合って・・共にあちらこちら見て歩いていたら幸い、こちらを見つけまして」
 
 幸せそうな安藤の様子をみれば、それからも仲が続いていることは明らかだ。
 ふふ、と冬乃はつい満面に微笑んでしまった。
 「次にその方に逢えるときはいつですか?もしすぐでしたら、お土産に買って帰られてはいかがでしょう」
 
 安藤が目をぱちくりさせて冬乃を見た。
 「それは良い・・そうします。その、じつは丁度明日に、約束しとりまして」
 「明日なら、とっておいても大丈夫ですね!」
 ただでさえ夜はすっかり寒くなった時期である。
 
 安藤は頷くとさっそく手を上げ、日持ちのしそうなものを幾つか注文し、包むように依頼した。
 
 「さあ、では他にも入ってみましょうよ」
 沖田が塩気が欲しくなったと呟いて微笑う。
 確かに甘いものの後はそうなると、安藤も微笑って「では次は、名物の一本うどんでも」と提案した。
 (うどん)
 先程の、あの良い匂いの店だろうか。
 「いいですね!」
 全員諸手を上げて賛同した。
 
 「この界隈での老舗で、一本の太い長いうどんを出す店で。太くて長い人生が送れるようにと、店の方が想いを込めて作られているそうでござる」
 
 (太くて長い人生・・)
 
 安藤の説明に「へえ」と微笑んでいる沖田達を前に、冬乃は一瞬に胸内を刺した痛みをやり過ごす。
 今ここにいる彼らはいずれも、この先長くは生きないのだから。
 
 (でも、)
 太い人生ならば、彼らは送れているだろうか。
 各々の信念を懸け、それこそ、命がけで。その武士としての究極な生きざまは、乱世の今でしか在りえぬもの。
 
 

 
 結局、北野天満宮に参拝までして、帰屯したのは夕闇も迫る頃だった。
 冬乃はまたひとつ今日の思い出を、胸に大切に仕舞いこむ。
 
 
 (ありがとうございます)
 
 この奇跡に、
 沖田と過ごせる今のこの日々に。静かに長く、深呼吸をして、冬乃は黄昏の空を仰いだ。
 
 
 
 

しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...