碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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一点紅を手折るは

41.

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 「沖…」
 
 その目を見開くなり、
 何か思い出したようにみるみる白い頬を桃色にそめてゆく冬乃の、
 見上げてくる揺れる瞳と、
 華奢な体の、今や存分に温まったぬくもりを
 一つ布団で腕の中に囲いながら。
 沖田は、今更ながら現状を正確に認識した、
 気がした。
 
 「おはよう」
 もっとも常と変わらぬ挨拶が、普通に口をついて出てくる己に、己で哂えたが。
 
 「・・・冬乃ちゃん、沖田に何かされてない」
 大丈夫なの?
 みもふたもない問いが直後、藤堂から投げられ、
 冬乃はぎょっとしたようだった。
 
 「ひどいな」
 もはや笑ってしまった沖田に、
 藤堂が剣呑な眼のまま視線を寄越す。
 
 「沖田、おまえなら、大丈夫だって信じてたのに・・・」
 だから“大丈夫”だろが
 沖田が眼で訴え返すも、
 
 「離れの風紀に差し支える。全員、この部屋で今度からこの女に指一本触れるな。とくに総司と原田」
 
 触れたら士道不覚悟で切腹ッ、とでも言い出しそうな土方の口調厳しき沙汰が。下り。

 なんだ離れの風紀って
 
 起き出して遠巻きに状況を見守っていた近藤以下残る全員が、ぽかんと土方を見やる。
 
 「いま俺あんな離れてんのに、なんで名指し?!」
 土方の隣にきている原田が文句を言った。
 
 
 「・・・で、いつまで、くっついてんだ?」
 
 永倉の冷ややかなつっこみが沖田と、もはや呆然としている冬乃へと。最後に、落とされた。
 
 
 
 
 
 (なんか妙なコトになっちゃったな・・)
 
 朝餉の焚き飯をよそいながら、冬乃はいろいろ思い出しては眩暈がしている。
 
 「冬乃はんっ、ごはんの量おかしいで!」
 (へ)
 
 突然横合いから茂吉に叫ばれて、びっくりして手を止めた冬乃に、
 茂吉が促すようにして、冬乃の手の内の椀を睨んだ。冬乃がやっと椀を見やれば、なるほど幾らなんでもな大山を形成しており。
 
 「どこにお供えするつもりなんや」
 ここまで上手く盛りきった自分に、むしろ感心している冬乃が、「スミマセン」とは謝りながらせっせと他の椀へ移してゆくのを、隣でまだ茂吉が睨みを利かせて見守るなか。
 
 「今朝は、また一段と悩んだはるんやなあ」
 ほほ。とお孝が、含み笑いでそんな冬乃を揶揄った。
 
 
 
 
 あきらかに物騒な雰囲気の藤堂と、いつもどおり飄々としている沖田との間に挟まれて。その、もはや定位置と化している真ん中で畏まりながら冬乃は、朝餉の味噌汁をむりやり喉に流し込む。
 
 昨夜は絶対寝付けないかと思ったのに、温かであまりの心地よさに、いつのまにか寝ていた。
 心臓には悪いだろうけど、寝付ける以上あんな夜が毎日続いたら、なんて幸せだろうと思うのに、土方に禁止されてしまって、じつは冬乃がいちばん心底残念がっているだなんてことは、よもや誰も気づくまい。
 
 
 結局、始終ほとんど会話が発生しないまま朝餉を終えた三人が、そのまま解散した後。
 
 
 「なあ、おまえって今、幹部の離れに寝泊まりしてんだって?」
 
 厨房の片付けを終えて、隊士部屋の掃除を始めた冬乃の背後に、やってきたのは山野だった。
 となりに中村もいるのを見て、少々安心する。
 
 「そうですが」
 「まさかと思うけど、おまえ・・」
 「え?」
 
 何か聞きかけて頬を赤らめた山野に、おもわず冬乃は首を傾げた。
 
 「山野、」
 そんな山野に、中村が横からどこか窘めるような声音で。
 「だから、先生たちが、そんなことをしているわけないだろう」
 
 そんなこと?
 
 「いや、でも冬乃、・・さんて、いつも沖田さんと藤堂さんの間に座らされてるだろ、今朝だってなんか変な雰囲気だったし、その、」
 夜も無理やり何かされてんじゃないのか
 
 (・・・はい?)
 語尾が小さくなって囁くような声で、冬乃からすればとんでもない問いを投げて寄越した山野に、
 冬乃の眉間には激しく皺が寄る。
 
 (貴方じゃないんだから)
 山野の習性と、沖田を一緒にしないでもらいたいと、内心冬乃が頭にきて山野を見返す前で、
 
 「いいかげんにしろ」
 中村が割って入って山野を制し。
 
 「冬乃さん、どうか気になさらないでもらいたい」
 中村の詫びのような台詞が続く。
 
 「はい・・」
 山野が、まだ何か言いたげに冬乃を見るのへ。
 冬乃は、「失礼します」と捨ておいて、つんと背を向けた。
 
 
 (だいたい、ひとを側女みたいに・・!)  
 ハタキをかけながら、改めて腹が立ってきた冬乃が、ばしっと棚をひっぱたくのを、最後に出て行こうとした隊士が驚いて見やる。
 慌てて会釈を送りながら、
 しかし。とふとハタキを止めた。
 
 たしかに傍から見れば、そう思ってもおかしくはないのではないか・・
 
 冬乃は一応、女中だ。その身分でありながら幹部たちの傍にいつも寝食共に居る。つまりまるで“寵愛”を受けているかのように。
 
 
 (・・・・もう。)
 
 寵愛なら。
 受けたいくらいだ。
 山野の想像とは違って、唯一人から、ではあるが。
 
 
 (でも、・・)
 寵愛でこそなくても、
 
 (嫌がられては無いよね・・?)

 寒がる冬乃を自分の布団に招き入れてくれたりなんてことは、嫌いな相手には絶対にしないだろう。
 
 他の幹部たちも然り。・・土方はわからないが。
 少なくても、藤堂は、その優しさでまるで兄妹のように冬乃のことをあれこれ心配してくれているように思う。
 
 
 冬乃は、ほっと胸の温かくなる想いに、ハタキを握り直した。
 
 (お世話になってるぶん、がんばって返すしかない)
 まわりがどう思おうと、気にしても意味がない。
 
 
 隊士部屋を終えたら、離れの清掃に直行しようと。冬乃は気持ちを新たに、掃除を再開した。
 
 
 
 
 
 どうも藤堂の機嫌は治まらない様子だった。
 
 今も沖田が、押し入れから取り出した掛布団を二枚重ねで冬乃に掛けて、
 「これでも寒かったら今夜も入ってきていいからね」
 と、土方に聞こえれば拳骨が来そうな台詞を、平然と冬乃の耳元で囁いて微笑むのを、
 向かいの布団に座っている藤堂が、おもいっきり目くじらを立てて見てくるのだが。
 
 (う)
 藤堂のことすら、沖田はそうして揶揄っているように最早思えてならない。
 そんな食えない男沖田はそして「おやすみ」と、冬乃の隣で横になり自分の布団を被った。
 
 「おやすみなさい」
 びしばし感じる周りの視線から、怖々と逃げるように冬乃も布団を顔まで引き上げる。

 「皆おやすみ」
 「おやすみなさい皆さん」
 仏の山南と島田両者の、温かく穏やかな声が、俄かに場を和ませながら、
 誰かによって行灯が吹き消され、辺りは暗くなり。
 
 
 (やっぱり断然あったかい・・)
 二枚重ねは功を奏したようで。これなら今夜は“不審”な動きをせずに寝付けそうだと、冬乃は息をつく。
 
 やがて寝つきのいい沖田の寝息が早くも聞こえてくるのを耳に、昨夜の沖田のぬくもりを思い起こしながら冬乃もまた、夢のなかへといつしかおちていった。
 
 
 
 
 (そっか・・非番って言ってたっけ)
 
 翌朝、沖田が布団を畳みながら、冬乃の左側ですでに畳み終えて立ち上がった斎藤へと「稽古しよう」と声掛けしているのを聞いて、
 冬乃は、沖田が今日は非番であったことを思い出した。
 
 (また稽古、見に行っちゃおうかな・・)
 とくとくと胸の高鳴るのを感じつつ、冬乃はそっと二人のやりとりを盗み見る。
 
 斎藤の返答からは今日は昼過ぎと夜間に巡察があり、それ以外なら空いているようだ。
 
 斎藤は非番の日で沖田が巡察の間は、ひとりでいることが多いようだった。冬乃が時々昼間に掃除や洗濯で離れへ戻ると、時おり斎藤が縁側で黙想している場面に出あう。
 
 いつみても静寂を纏う、その姿の厳かな美に、冬乃はそのたび溜息をつきながら、邪魔をしてはいけないと早々に退散していた。
 
 おもえばそんな斎藤の微笑う顔は、彼が沖田と居る時でしか見たことがない。
 
 (男の友情っていいな・・)
 二人を見ていると、自然とそんな憧憬をおぼえた。
 
 もっとも女の友情だって負けていないつもりではある。が、それでも沖田のいるこの世界を選べてしまう自分に、何も言えた資格はなく。
 
 (千秋、真弓)
 どうしてるかな・・
 
 きっと向こうではまだ、ものの数時間と経っていないのかもしれない。だがすでに目の前で意識を失った時があった後にまた今回がある以上、もはや多大な心配をかけているに違いなく。
 
 (ごめん)
 沖田に逢いにこれていることを、もう一度きちんと話したい。私なら大丈夫だと伝えたい。
 そしてこのまま、幾度も行き来ができるなら、いいのに。
 そんな都合良くは、奇跡の神様も許してはくれないだろうか。
 
 
 
 
 
 朝餉の席で、今朝は何事もなかったのを受けて藤堂が、機嫌を直した様子で沖田と世間話をしている。
 元々、あまり日をまたいで怒りを持ち越さない性格なのかもしれない。まっすぐで溜め込まない、藤堂らしいといえばそのとおりで。
 
 厨房へ戻って片付けを終えた後、冬乃はそして。箒を手に、またも道場を覗いていた。
 沖田と斎藤が稽古に勤しんでいるのを、うっとり見つめながら冬乃は、うずうずと疼く想いを持て余す。
 
 (私も、稽古したい・・)
 
 もう密偵として疑われているとは思えないものの、もし冬乃が剣をたしなむ事が明らかになれば、再び怪しまれてしまうのだろうか。
  
 
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