132 / 472
一点紅を手折るは
39.
しおりを挟む藤堂の隊は五人、後ろをゆく侍達は三人。
数の劣勢がために侍達は、迂闊には仕掛けられずにいる様子だが、
もし侍達の仲間がたまたま通りかかることがあれば、その数に加わることだろう。安心はできない。
それでも、蟻通たちを入れれば、新選組のほうがやはり有利なはずだ。このままならば、斬り合いになっても捕縛する余裕があるかもしれない。
蟻通たちのさらに後ろを、町の人に交じって歩みながら冬乃は、そんなことを考えていた。
(でも、できれば何も起こらないまま終わってほしい・・)
いや、
あきらかに『不審者』な侍達を、どちらにせよ放っておくわけにはいかないではないか。
(何もなく終わる・・てことは無理か・・)
やがて藤堂達は大通りを過ぎ、通行人の数もまばらになっていく中、
辺りの喧噪が静まるにつれ、藤堂達の時おり談笑さえしている声が、冬乃のほうまで聞こえるようになった。
冬の近い冷ややかな秋風が、通りを掠めてゆく。
つと、藤堂達は一本、小路へと折れた。
(あ)
続いて、一瞬に響いてきた剣戟の音と、
冬乃の向こうをゆく蟻通たちが駆け出したのを目に、冬乃は、慌てて追いかけていた。
小路の数歩手前で立ち止まって、恐る恐る覗いた冬乃の視界に、
真っ赤に染まる路上と、斃れている先程の侍達が映って。
(っ・・)
見るからに、勝負は一瞬でついたようだった。
「あれ、冬乃ちゃん?」
藤堂の驚いた声に、蟻通たちも「え」と振り返り。
その蟻通たちの背後では、隊士達が路上に斃れる侍を起こし、縛り上げている。侍達の止血をしている者もいて、
よくよく見てみれば、侍達のいずれも息があり。
(あ・・)
「なんでここにいるの」
「店に居てって言ったのに」
藤堂と蟻通の声が重なった。
「すみません・・いてもたってもいられなくて」
返しながら、もしかして来たのは浅慮だったかと心内うなだれる。
冬乃の返事に、蟻通と山野が溜息をつきつつ、
「いや、俺たち甘味屋きてたんすよ」
解せなそうな表情の藤堂に、山野が説明し始めた。
「店にいたら藤堂さんの隊が見えて、その後ろにこいつらがいたから、ねんのため追ってきたんですが、」
俺達は不要でしたね、と安堵の色を添え。
「そうなんだ。それは有難う」
にしても、いつのまに仲良くなったの?と藤堂の、口にせずとも問いたげな視線が、冬乃に寄越された。
そういえば山野とは何かあった様子である事を、藤堂に心配されていたんだったと冬乃は思い出す。
「藤堂先生、」
捕縛の処理を終えた隊士達が、呼びかけた。
「私達は番所へ寄って知らせてきます」
隊士のうちの二人はそう言うと血溜まりを超えて、冬乃の前の通りへ出ていった。
路上の血の掃除など、残りの処理を番所の人間に任せるためだろう。
二人はまもなく戻ってきて、
藤堂一隊は、お縄にしている侍達を連行し、ぞろぞろ帰路へついた。
冬乃を気遣ったのか蟻通と山野は、冬乃を連れて、彼らからかなりの距離を置いて歩き。
冬乃は、引き連れられた侍達がよたよたと歩む様を、遠く後ろからぼんやりと見た。
(この後、取り調べするんだよね。場合によっては拷問もするんだろう・・)
侍達も、命が助かったとはいえ生きた心地はしていないんじゃないか。
つい冬乃は侍達に同情する。
冬乃も一度は拷問されそうになった身だ。
「・・あ、そうだ、お財布」
ふと思い出した冬乃は、有難うございました、と蟻通へ返し。
「後で、お支払いを・・」
「そんなのいいに決まってるじゃない」
蟻通が即答した。
冬乃は顔を上げて。素直に「それではごちそうさまでした」と礼を続けた。
「俺は奢ってもらえるんですか先輩?」
戯れて山野が横合いから覗く。
「山野さんのぶんは後で徴収します」
にべもない即答が山野に返された。
「冬乃ちゃん、山野さんたちと仲いいの?」
夕餉の席でさっそく藤堂が尋ねてきた。
冬乃は、まさか、と首を振りたくなるが、連れていってもらった店の団子が美味しすぎたせいで、少々単純なまでに絆されているのも確かではある。
「甘味屋さんに食べに行っただけです」
ひとまず回答する冬乃に、
「食べに行っただけ・・ってねえ?」
普通仲良くなかったら行かないでしょ、と藤堂が苦笑する。
「ほんとは藤堂様・・さん達もお誘いしたかったのですが、声をおかけする機会が無くて」
ふうん?と藤堂が、その言葉には目を瞬かせた。
「じゃ、また改めて行く?」
「え?」
「俺と。」
「・・・」
俺と、というのは藤堂と二人で、なのだろうか。
おもわず黙ってしまった冬乃に、
藤堂が微笑った。
「沖田も一緒に」
(あ・・)
どうも、やはり藤堂には、沖田への気持ちが筒抜けているように感じてならない。
「何、甘味屋?」
横からの沖田の反応に、冬乃はどきりと彼のほうを向いた。
「うん、沖田つぎの非番いつ?」
藤堂の問いが追う。
「明後日かな」
「それ、俺だめ。来月の二日は」
「あー・・そのへん非番だった気もするな」
「なんか適当だなあ」
藤堂が、沖田のいいかげんな返事に呆れた声を出した。
「当番表しっかり覚えてるおまえが凄いんだよ」
沖田が笑う。
冬乃の右と左で飛び交うやりとりの中、冬乃のほうは途中から前を向いて落ち着かなさに茶を啜る。
勿論なぜにも、
(沖田様と甘味屋でーと!)
心が浮き立つのを抑えられないのだ。
(藤堂様ありがとう・・!)
藤堂が一緒なので正確にいえば“デート”ではないのだが、藤堂のおかげで沖田と甘味屋へ行けることになりそうなのだから、当然、贅沢など言う気もない。
「じゃあ沖田が当番表を確認してから決めよ・・」
結局、決定不可能なので藤堂がそう締めくくり。
最後に冬乃はどきどきと横の沖田を見上げた。
沖田は「ああ」と藤堂へ返しながら、顔を向けてきた冬乃へ視線を返し。
見上げたものの不自然だったかと焦った冬乃は、
「沖、」
咄嗟に尋ねる。
「沖田様は、甘いものはお好きなんですか」
「普通?」
(普通・・)
「沖田は甘味より、ひたすら塩辛いのが好きなんじゃない」
幹部連で料亭へ行っても、料理そっちのけで、塩辛漬けやら醤油浸しの刺身ばかり食べている偏食ぶりを、藤堂は指摘した。
(そうなの?)
栄養の偏りが無いといいけど・・
おもわず冬乃は、沖田の前の膳を見やった。
見る限り、一応全て食してくれてはいるようだが。
「そのへんは酒のつまみで食ってるだけだよ。特にどの味に際立って嗜好があるわけでもない」
(そうなんだ)
少しほっとして冬乃は前へ向き直った。
(でもお酒呑んでばかりで、料理に手をつけないっていうのは・・)
気がかりな事には変わりない。
「冬乃ちゃんは、どういうのが好きとか嫌いとかある」
ふと藤堂が聞いてきて、冬乃は彼を向いた。
「いえ、私も特にはありません」
「なんでも食べられるってこと?」
冬乃は頷いた。
一般的に食卓にあがる食材で嫌いなものは無かった。
「食べ物にかんしては、これといって好き嫌いがないんです」
「へえ、それは親御さんに感謝しなきゃね」
「え?」
冬乃はびっくりして藤堂をまじまじと見やった。
そんな驚くこと?と藤堂が笑い。
「きっと、いろいろ万遍なく食べさせてくれた結果なんじゃない?」
愛だね、と藤堂が片目を瞑った。
冬乃は母の顔を思い出して。瞬時に胸奥を刺す痛みに、つい目を瞑った。
(愛・・)
(わかってる)
愛されてなかったはずがないこと。
『あんたを産みたいなんて願っちゃいなかったわよ』
母が逆上するたび口にしてきたその言葉は。
そのまま鵜呑みにしていいほど、表面的なものではなかったのかもしれず。
父と別れて独りで産んだ母の、その苦渋の選択を。含んでの。
(・・・・だからって、言っていい事なんかじゃない)
苦労して育てたのに。
そう責め立てる母に、
産んでなんて頼んでないと。
なんで私なんか産んだの、と。
言ってはいけない事ならば、だが冬乃だって幾度となく口にしていたのだ。
(先に言ったのは・・私だった・・?)
「・・冬乃ちゃん?」
ぎくっと冬乃は顔を擡げた。
「なんか、怒ってる・・?」
見ると藤堂が、困惑した顔で冬乃を覗き込んでいる。
(あ・・)
「なんでもないです、すみません」
「・・・」
藤堂の視線が冬乃を越し、沖田と目を合わせた様子だった。
沖田も、冬乃が押し黙ったのを受けて、いま冬乃のことを見ているのかもしれない。
冬乃は前へ向き直って、どちらと視線を合わせることもできずに、間をごまかすように手にしたままだった茶を膳へ戻した。
「お茶、温くなってしまってますね、」
熱いのお持ちします、と冬乃は席を立った。
0
お気に入りに追加
928
あなたにおすすめの小説
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
目が覚めたら男女比がおかしくなっていた
いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。
一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!?
「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」
#####
r15は保険です。
2024年12月12日
私生活に余裕が出たため、投稿再開します。
それにあたって一部を再編集します。
設定や話の流れに変更はありません。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる