112 / 472
【 第二部 】 朱時雨
19.
しおりを挟む(え?)
「・・・もしかして、・・また日数、経っていたりするのでしょうか・・」
おかえりと言われるからには、ついさっき倒れたなどの話ではあるまい。
恐る恐る尋ねた冬乃へ。
「もちろん経ってますよ。十五日程」
沖田の苦笑した声が返り。
(・・・・やっぱり)
たった数時間、向こうで過ごしただけなのに。
冬乃は胸中溜息をつく。
「また”未来”に帰ってたんでしょう?」
沖田が微笑った。
ほかに冬乃が言える理由など無い事を分かってくれているようだったが、
「まあ、土方さんがそれを受け入れるかは、分かりませんがね」
続いたその言葉には、冬乃は困って。
胸元を押えながら起き上がり、冬乃は、沖田を向いた。
「土方様、怒ってますよね・・」
聞くまでもなさそうな事だった。
組に置いてもらえるようになったばかりで、いきなりまた十五日近くも行方不明だったなら、怒って当たり前だろう。
沖田が冬乃の押さえられた胸元を一瞬見やって、
「とりあえず服を着ましょうか」
と立ち上がった。
「今、八木さん家から貴女の行李をもらって来ますから、服を着たら、一緒に土方さんのところへ行って謝ってみましょう。また文机に倒れていた事も含めて」
冬乃は顔を上げた。
「有難うございます・・毎回ご迷惑おかけして、ごめんなさい」
言いながらも最早恐縮して、また頭を垂れる。
沖田が出ていき襖を閉める音を耳に。
冬乃は手に握り締めた羽織に、ふと、注目した。
(そういえばコレってもしかして沖田様の?!)
紋が入ってはいないが、それなりにしっかりした手触りで。慌てて、握っていた箇所が皺になってないか確認し、大丈夫そうだと安堵しながら、
(うー・・)
沖田のであるなら、おもわず羽織に顔をうずめたくなる。冬乃はそんな衝動を慌てて我慢して、せめて胸元に、そっと再び抱き締めた。
(お世話になってばかり・・)
本当に有難うございます
羽織を抱き締めながら胸に呟く。
それに、八木家に冬乃の行李を残しておいてもらえたのだと。沖田のことだから、彼がもしかしたらそのように取り計らってくれたのではないか。
(そういえば何で、なぜ裸なのかと聞かれなかったんだろ?)
また文机で倒れていたことを何故と問われるのと同じくらい、冬乃にはそもそも理解できない事象であり、聞かれたとて正解を答えられそうにはないのだが。
とりあえず、こちらでの服装は関係なく、平成での服装如何がそのまま、こちらに戻ってくる時に影響するらしいことは、これで分かったものの。
「冬乃さん、開けますよ」
まもなく沖田の声が襖の向こうから聞こえ、
「はい!」
冬乃は声を上げた。
襖が開けられ、入口付近に沖田が行李を置く。
「着替えたら出てきて」
そう告げると、また襖を閉めた。
「はい、有難うございました」
冬乃は襖の内から答えた。
行李を開け、一瞬惑ったが仕事着を取り出して、着込んでゆく。
帷子はまだ一度も袖を通していなかった。
尤も着る機会などあるのだろうかと冬乃は疑いつつ、沖田と買い物に出た時に買ってもらった太物も、もう少しすれば仕立てられて届くはずだと思い起こす。
(帷子、やっぱり着てみたいな・・)
着付けもわからないのに、着てみたいも何もあったものではないが。
(お孝さんに教えてもらっちゃおうか)
ふと冬乃は思い立って、行李はこのまま女使用人部屋のほうへ置いておくことにした。
着替えを済ませて、羽織を畳み、冬乃は襖を開けた。
「お待たせしてすみません」
「じゃあ行こうか」
「はい。あ、この羽織・・ありがとうございます」
沖田が頷き、手に受け取った羽織を着ながら小庭へと降りてゆく。
やはり沖田の羽織であったことにおもわず相好を崩しつつ、
沖田を追って、小庭伝いに土方のいる副長部屋へと向かいながら、冬乃は溜息をついた。
(新選組、追い出されないといいけど)
「土方さん、入りますよ」
土方の部屋の前で沖田が声をかけながら許可を聞くでもなく、もう襖をすらりと開けている。
そんな沖田に、何か文句を言いたげに土方が一瞬口を開けたが、隣の冬乃を見て、すぐに表情を変えた。いや、いっそう険悪な表情になったのだが。
「おまえ、今回はどこへ行っていた」
「・・・・・・未来です。長く空けてしまい申し訳ありません」
ものすごく間延びした呼吸を置いて漸う答えた冬乃に、
土方はぴくりと眉を上げたものの、冬乃の返答は予想していたのか今回は怒鳴り返してはこなかった。
そのかわり、信じているわけでは決してない様子で、その瞳を怒らせたまま冬乃をじっと見やり。
「何故、裸だった」
次いで渡された質問に、冬乃は困って目を逸らしながら、
「すみません、よくわからないんです。未来で裸になってると、こちらに戻ってきた時もそうなるみたいです・・」
言いながら冬乃はあることに気づいて、さらに別の意味で困った。
(そういえば、私これからずっとノーブラってコトだよね?!)
先程はとにかく急いで着替えようとして、そのまま着込んでいったので深く考えなかったが、
この先もずっとこの状態で過ごすというのは、辛くないか。
(って、この時代じゃ当たり前なのか)
慣れるかな?
冬乃は戸惑いつつ、土方に視線を戻すと、
土方はあいかわらず疑わしげに冬乃を見ていた。
「てめえ、ふざけんなよ」
そんな、全否定を置いて。
「それは俺が、未来からきたというおまえの戯言を信じる前提での話だろう」
「っ・・でも、本当に他にお答えできることなんて、」
「俺をからかってるのか」
「違います!」
「冬乃さん、」
不意に後ろにいた沖田から呼びかけられ、冬乃ははっと振り返った。
「未来から来たかどうかは、さておいても、」
沖田が懐手のまま、襖に軽くその背を凭せ掛け。
「べつに貴女は好きで裸でいたわけでもないだろうから、三度も土方さんの部屋で倒れていた事も含め、貴女の意志でどうこう出来る事では無いのだろうと思ってますが、・・違いますか」
「仰るとおりです・・!」
沖田の言葉に、冬乃は間髪入れず頷いて。
「ならば、彼女に訳を聞いても詮無い事でしょう、土方さん」
どうやら。助け船を出してくれたようだと。
(そっか・・)
これが、冬乃を信じようとする方向で物事を考えてくれる沖田と、信じない方向で考える土方との違いなのだ。
(沖田様がいてくれて本当によかった・・)
フン、と土方が鼻を鳴らし、
「てめえは女に甘えからな」
冬乃が瞠目するような台詞を吐いた。
(・・それって、沖田様がこれまで関わった女性にも優しかったってことだよね)
沖田にこれまで優しくされたであろう女性たちに、早くも嫉妬心が沸いてしまい、冬乃は閉口する。
(聞かなかったことにしよう)
「しかしこの女の意志でないなら、誰の意志だ」
続いた土方の言葉に。
冬乃は顔を上げた。
未来から来たのではない、という前提なら。
たしかに土方の言うように、誰かが冬乃を裸にし、土方の部屋へ三度目の放置をしたということになる。
それもそれで変な話だ。
「随分とおかしな野郎がいたもんだな」
土方も同様の事を考えたらしく、そんなふうに嘲笑って。
「・・・本当に私の意志に関係なく、突然未来へ帰されたり、こちらへ戻されたりするんです。どうか、信じてください」
声が弱弱しくなった。でも冬乃にはそれしか言いようがない。
土方の怒ったような呆れたような表情の後に、つと、試すような表情が、続いた。
「ならば、もう一度だけ聞いてやる。次に起こる事を当ててみろ」
・・これは、チャンスとして素直に受け取っていいのだろうか。
冬乃は、おもわず目を瞬かせ。
「今日って、・・何日ですか」
尋ねていた。
「九月十六日」
土方の、
その返答に。
冬乃は息を呑んだ。
0
お気に入りに追加
932
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

目が覚めたら男女比がおかしくなっていた
いつき
恋愛
主人公である宮坂葵は、ある日階段から落ちて暫く昏睡状態になってしまう。
一週間後、葵が目を覚ますとそこは男女比が約50:1の世界に!?自分の父も何故かイケメンになっていて、不安の中高校へ進学するも、わがままな女性だらけのこの世界では葵のような優しい女性は珍しく、沢山のイケメン達から迫られる事に!?
「私はただ普通の高校生活を送りたいんです!!」
#####
r15は保険です。
2024年12月12日
私生活に余裕が出たため、投稿再開します。
それにあたって一部を再編集します。
設定や話の流れに変更はありません。

【書籍化・取り下げ予定】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる