碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
104 / 472
【 第二部 】 朱時雨

11.

しおりを挟む
 四口ぶん程度の小ぶりで二種類ずつ、人数分を用意して冬乃は、流し場を急いで片付けると、
 ずっと隣で談笑しながら待っててくれた原田たちを向いた。
 
 「お待たせしました。お茶って、離れにご用意ありましたっけ」
 「あー、あるある」
 藤堂がにこにこ答える。
 
 「では、おむすびだけお持ちしますね」
 「おうよ!」
 原田が満面の笑みで答えた。
 
 
 
 三人並ぶようにして屯所の中を横断してゆく。
 屯所の外周りにこの時間おかれている篝火の明かりが、朧ろに冬乃たちの位置まで届いていた。
 
 「皆様、お戻りになってるでしょうか?先程伺った時は、永倉様しかいらっしゃらなかったんです」
 「戻ってるんじゃない?あ、島田さんと井上さんは夜番かな。そろそろ帰ってくるだろうけど」
 藤堂が答える。 
 「局長たちはまた黒谷に出かけたのを見たよ。こっちもそろそろ帰ってくると思うけど」
 黒谷とは金戒光明寺のことで、京での会津の本陣である。
 
 「あとは・・、あいつらも、そろそろ風呂出てるんじゃないか」
 あ、沖田と斎藤のことな、と原田が補足した。
 
 「あいつらは俺たちより後に風呂入ってきたから、それまで道場で稽古でもしてたんじゃないかな」
 沖田の名前が出て、どきどきしている冬乃に、知る由もない原田が呟く。
 「しっかし、あいつら、よくやるよな。二人揃って非番の日なんか、朝からいつまででも打ち合ってっからなー」
 「うん、ほんと根っからの剣術馬鹿だよね」
 
 (やっぱそうなんだ)
 冬乃は嬉しくなって微笑ってしまう。
 
 (拝見したい。お二人の稽古)
 
 実際、その場を迎えたら、
 (感動しすぎて、たぶん泣くけど。)
 

 「お、噂をすれば」
 
 不意に響いた藤堂の声に、はっと冬乃は藤堂の視線を追った。
 
 (あ・・)
 
 風呂上りの着流しで、腰に一本差しの状態の沖田と、
 その横に並ぶ、きちんと袴までつけて二本差しの斎藤とが、
 冬乃の目に映って。
 
 斎藤が、風呂上りでも既にきっちりと身を整えているさまにも、おもわず感動しながら、
 冬乃は隣の沖田の、初めて見る姿に、
 
 釘付けになってしまった。
 
 
 (着流し・・・)
 
 こちらに気づいて、二人が近づいてくる。
 沖田達の視線が、冬乃の手に持たれた盆へと注がれる中。
 
 冬乃の視線は、おもいっきり沖田の着流し姿に注がれていた。
 
 
 沖田は、その高い背と、広い肩幅に引き締まった顔立ちとの対比で、大分着痩せして見せているようだが、
 鍛えられた彼の逞しい身体は、こうして着流すと、襟の合間の分厚い胸筋や、歩くたびに覗く逞しい脹脛までは隠せない。
 
 (倒れそう、私)
 
 
 「冬乃ちゃん・・?」
 
 「え、あ、はい!」
 「動き止まってるよ」
 藤堂が何か気づくものがあったのか、苦笑しながら覗き込んできて、
 冬乃は大慌てで顔を上げた。
 
 「あのっ、お二方もお夜食いかがですか?」
 
 「いいね」
 「有難い」
 冬乃の前で、沖田と斎藤が答える。
 
 改めて冬乃は、沖田の顔を見上げた。
 
 
 (逢えた・・)
 
 同時に、ここに至るまでの切望感や、先刻の出来事が、冬乃の胸内を駆け巡り。
 ほっとする想いに強く押される冬乃に、
 「どうしたの」
 沖田が微笑んで。
 
 「そんな泣き出しそうな顔して」
 
 「え」
 自分は一瞬にそんな顔をしていたのだろうか。
 冬乃は急いで首を振った。
 「よろしければ、おむすび冷めてしまう前に、・・」
 ごまかすように、皆を見回して促してみせる。
 
 「そうだ!急ごう!」
 原田が真っ先に声を挙げて、なんと駆け出した。
       
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...