碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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【 第二部 】 朱時雨

8.

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 「冗談やめてください」
 
 冬乃からの、即答に。負けじと山野がにじり寄る。
 「何だよ。そんなに好きなのか、その男の事」
 
 (だって、)
 距離を保つべく後退りながら冬乃は、大きく頷いてみせて。
 
 (沖田様しかみえないし)
 
 いまだかつて。沖田以外の男に、惹かれたことなどあったか。
 

 「早く、サラシ取りにいきませんか」
 相手にしてられないと、促す冬乃に。
 
 そして山野は、わざとらしく嘆息した。
 「これは長期戦か」
 
 もはや冬乃は無視して、足早に部屋をめざした。
 
 
 
 女用の使用人部屋には、前川屯所のなかで贅沢にも、小庭のついた離れの一角が割り当てられており。
 隣は局長部屋、斜め隣が副長部屋で。冬乃が二度も机に躓いて倒れていた例の部屋である。一度目はここからすぐの裏戸を抜けて八木家の母屋まで運ばれて、そこで冬乃は目を覚ました。
 
 (そういえば)
 やっぱり冬乃を運んだのは、冬乃の体を調べた沖田なのだろうかと。
 冬乃は後ろに山野を連れながら、今更ながら考えを巡らせて、顔を紅らめた。
 
 その土方達は就寝には八木家離れへ帰っているために当然、この離れには夜になると誰もいない。
 
 お孝も帰った後のようだった。
 小庭をくぐり、玄関へ上がった先、あかりの消えた使用人部屋の前まで来てから、その暗がりを見て本能的に冬乃は、
 「ここで待っててください」
 と入口で山野を制した。
 
 
 「・・・」
 何か言いかけた山野を置いて、冬乃は部屋の中へ入り、後ろ手に襖を閉める。
 (・・・て、真っ暗)
 
 つい平成の感覚で、部屋に入ってから明かりをつける癖が抜けてない。
 火を使う江戸時代の世で、それは無理があった。
 
 結局すぐに襖をあけて出てきた冬乃を見て、山野が噴いた。
 「おまえ、なにやってんの」
 明かりも点けずに部屋を閉め切ったと思ったら、すぐまた出てきた冬乃を山野がからかうように笑って。
 (うるさいなもお)
冬乃は気恥ずかしさを隠して、つんと顔を背けた。
 
 今度は襖を開けたまま、外の薄明かりを頼りに、行灯のそばまで行って。
 八木ご妻女の作業を思い起こしながら冬乃は、見よう見真似で、行灯の傍らにある入れ物から火打ち石を取り出し、火口を乗せて打ってみた。
 しかし、妻女はあんな簡単そうに火を起こしていたのに、小さな火花ばかりが煌めくだけで、なかなか点かない。
 
 「・・・まさか、使ったこと無い、なんて言わないよな??」
 後ろで様子を見ていたらしい山野が、驚いた声を出した。
 
 (あるわけないから)
 冬乃は困って溜息をついた。
 冬乃のことを初めに女中と呼んできたくらいだから、山野は冬乃を最初から女中として雇われた女だと思っているだろう。未来から来た云々の騒ぎを山野は知らないはずだ。
 もっとも、未来で火打ち石は一般的でないことをどちらにしても想定しようもないだろうが。
 

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