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朝に
91.
しおりを挟む「有名、ですか」
「はい。お二人、もとより ”新選組”は、未来で有名なんです」
「では、ひとつ聞かせてもらえますか」
沖田のその返しに、冬乃はなんでしょうと目を輝かせ、彼を見上げる。
「有名ということは、新選組は、・・近藤先生は、今後、本懐を遂げ、その過程で一翼を担う。ということですか」
「・・・」
本懐。
沖田の言っていることは、近藤がこのころ憂えていた攘夷の完遂だろうと。冬乃は、判って。
押し黙った。
攘夷とは、屈辱的 (とみなされていた) 開国を許さない姿勢であり。その姿勢の元に、論は分岐する。
開国はやむなし、然れども各国と対等な国交への道を切り開く。という、勝海舟や佐久間象山らが掲げた形の攘夷と。
ただひたすらに、皇国日本から夷狄を排除せよ、という純真されど盲目的な攘夷とに。
現時点では近藤がどちらの攘夷であったのか、後世に遺る近藤の書簡からみても想像に難くない。初期のほとんどの攘夷論者は後者であり、勝たちの攘夷論は、『異国かぶれからくる開国論』としかみなされないほど先進的すぎた。
そして。屈辱的開国の責任者である幕府および徳川を糾弾し、幕府の天皇への恭順と、即時の攘夷実行を望む、長州派志士達の“過激尊王攘夷論”に対して、
今上天皇である孝明帝が望むように、あくまで徳川主導の施政の元、攘夷を決行すべしとする、“公武合体尊王攘夷論”での政治思想を近藤達は掲げていた。
だが。
この先、近藤の本懐の完遂する日は。来ないのだ。
(どうしよう・・・ばか私)
有名だなんて、安易に言ったばかりに。
「その、・・はい。私の知っているかぎりにおいては・・・」
冬乃の肯定を示唆する返事に。沖田が、ふっと笑みを浮かべた。
胸内に刺しこんだ、嘘吐きへの罪悪感に。冬乃は声を詰まらせ。
(ごめんなさい沖田様)
「冬乃さん」
だが、そんな冬乃から、何を感じたのか沖田が囁くように言葉を追わせてきた。
「有難う。その返事を聞けてよかった」
(え・・・)
有難う?
どういう意味
沖田をまっすぐ見つめ返してしまった冬乃に、だが沖田はそれ以上なにも言わず踵を返した。
(・・・て、私が未来からきたって、信じてみようとしてくれてるだけで、ほんとに信じてもらえてるわけじゃないものね・・)
単に、冬乃がどういう対応で返すかを試されただけなのかもしれない。
冬乃はそう納得し。
何にせよ。
(言動には、もっと気をつけないと)
冬乃は反省を胸に、沖田の後を追った。
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