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朝に
89.
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冬乃はというと途端。またも押し黙ってしまった。
いつかどんなかたちであれ。沖田に出逢えた時に、少しでも興味をひけるようにと。そして、
万に一つでも、何かがあった際に、沖田の盾と。なれるように。
始まりは、そんな想いからだったなんて、告白できるはずがない。
(あの頃は、)
一寸の疑いもなく。沖田にいつか逢えると信じていた。そんな予感が、していたから。
やがて年を重ねるにつれ、叶うわけがないと諦めて、否、叶わないことが当たり前の常識のなかで、
こうして本当に逢えてしまった以上。あの頃の冬乃は決して間違ってはいなかったのだと。
冬乃にはそれが不思議な感慨を伴い、ずっと諦めていた悲しみや痛みに重ねて胸奥を切なくさせる。
まだほんの少女だったあの頃、何にも穢れることのない真っ直ぐな心が、
その後に大人になるにつれ現実を知った心よりも、ずっと真実をみていたことに。今だからこそ、冬乃は驚いてしまう。
「・・・信じていたんです」
本当に、逢えるなんて。
本当に。もう信じてなかった。
諦めていた頃の自分に教えてやりたい。
「いつか、来るべき時が来て。その運命を迎える時が来ると」
そのさだめのなかで。
貴方のそばで。
「身につけた剣が、役に立つ時がくると」
「そうですか」
冬乃の、その答えに。沖田が興味深そうに頷いた。
「私も似たようなものかな」
その穏やかな表情で、続けて呟くのを。冬乃は大きく瞬いて見上げて。
その先を言うでもなくただ微笑んだ沖田の、云わんとする想いを。冬乃は分かる気がした。
いつか近藤先生のお役に立てる時がくるように。そう信じて剣を志した、と。
いま確かに叶っている”その時”を、ここに。
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