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密偵騒動
83.
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「春井と新庄だが、やはり間者だった」
沖田に呼ばれて土方の部屋を訪ねた山南に、
土方が開口一番切り出した。
元々あの二人には、監察筋が、先の政変後の入隊希望者に対する事前身元調べで、密偵である疑いをかけていた。
だからこそ、あえて入隊させた。
尻尾を掴み出し確信次第、首謀者を聞き出す狙いだったのだ。
そして狙い通りに、沖田たちは先の拷問で、
今夜の事件の全体像だけでなしに、彼らの上司の名を掴んだ。
拷問中に彼らにその名前を書かせた紙が今、土方の目の前にある。
「・・・・」
その紙に血の染みがところどころに付着しているさまを、山南が眉を顰めて見やった。
松里勇
そして山南の目がその文字を読み取り。
「・・・吉田稔麿か」
呟くのへ、
土方が頷いた。
「そうだ。またも長州さ」
幕府方のまわしてきた情報によれば、
その松里勇、本名吉田稔麿は、一度は国抜けしているものの、その罪はいま放免されて事実上は元の鞘にあるという。
同家中の桂や久坂との交流も深い、長州過激派の一人として、幕府方が目を光らせているうちの一人だった。
つまりは京に集まる浪人を影でまとめ、要人の暗殺を命じていた首謀者の一人として疑われている。
その吉田が、新選組に春井たちを密偵として潜り込ませていた。
「吉田は今は京にいないようだ。春井たちは、太平屋という旅籠の下男に扮した者を通じて、指示を受けていたそうだ」
早朝一番で、この旅籠を改める
土方は言い添えた。
「その旅籠の主は、その下男の正体を知っているのだろうか」
知らないともなれば、早朝に叩き起こされる主は気の毒だなと、
気の優しい山南は心の片隅で同情しながら尋ねる。
土方が頷いた。
「知らないはずだそうだが、なにせ小さな旅籠だ、薄々気づいていてもおかしくはない。それについての詮議も行う」
「了解した」
山南は立ち上がった。
「後のことは、君に任せよう」
土方は再び頷いてみせると、障子を開けて出てゆく山南の背を見送った。
沖田が遅らせて立ち上がる。
「おやすみ土方さん」
言い置いて出てゆく背へ、おやすみと返しながら土方は、
「明朝、宜しく頼むぞ」
声を追わせた。
沖田に呼ばれて土方の部屋を訪ねた山南に、
土方が開口一番切り出した。
元々あの二人には、監察筋が、先の政変後の入隊希望者に対する事前身元調べで、密偵である疑いをかけていた。
だからこそ、あえて入隊させた。
尻尾を掴み出し確信次第、首謀者を聞き出す狙いだったのだ。
そして狙い通りに、沖田たちは先の拷問で、
今夜の事件の全体像だけでなしに、彼らの上司の名を掴んだ。
拷問中に彼らにその名前を書かせた紙が今、土方の目の前にある。
「・・・・」
その紙に血の染みがところどころに付着しているさまを、山南が眉を顰めて見やった。
松里勇
そして山南の目がその文字を読み取り。
「・・・吉田稔麿か」
呟くのへ、
土方が頷いた。
「そうだ。またも長州さ」
幕府方のまわしてきた情報によれば、
その松里勇、本名吉田稔麿は、一度は国抜けしているものの、その罪はいま放免されて事実上は元の鞘にあるという。
同家中の桂や久坂との交流も深い、長州過激派の一人として、幕府方が目を光らせているうちの一人だった。
つまりは京に集まる浪人を影でまとめ、要人の暗殺を命じていた首謀者の一人として疑われている。
その吉田が、新選組に春井たちを密偵として潜り込ませていた。
「吉田は今は京にいないようだ。春井たちは、太平屋という旅籠の下男に扮した者を通じて、指示を受けていたそうだ」
早朝一番で、この旅籠を改める
土方は言い添えた。
「その旅籠の主は、その下男の正体を知っているのだろうか」
知らないともなれば、早朝に叩き起こされる主は気の毒だなと、
気の優しい山南は心の片隅で同情しながら尋ねる。
土方が頷いた。
「知らないはずだそうだが、なにせ小さな旅籠だ、薄々気づいていてもおかしくはない。それについての詮議も行う」
「了解した」
山南は立ち上がった。
「後のことは、君に任せよう」
土方は再び頷いてみせると、障子を開けて出てゆく山南の背を見送った。
沖田が遅らせて立ち上がる。
「おやすみ土方さん」
言い置いて出てゆく背へ、おやすみと返しながら土方は、
「明朝、宜しく頼むぞ」
声を追わせた。
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