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本当の願い

35.

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 「冬乃はん・・?」
 
 呼びかけられて、冬乃は振り返った。
 
 「どこへ行くんや?」
 
 この家の子供、為三郎が、目が覚めたのか、厠へ起きた冬乃を床の中から見上げている。
 
 「厠だよ」

 小声で返すと、ややあって為三郎は自分もと言って起き上がった。
 

 「どこが厠か、冬乃はん知ってんの?」

 ふたり廊下へ出て、聞いてきた為三郎の言葉に、冬乃は肩を竦ませてみせる。
 
 「ううん、知らない。探すつもりだった」
 
 「うっとこの家は大きいんよ。戻ってこれへんよになるで」

 (そ、そうだったかもしれない)

 しかも間違って隊士たちの寝ている部屋なぞに入りこんだら、気まずいもいいところだ。
 
 胸中で苦笑しつつ、冬乃は為三郎について庭に出た。
 夜虫たちの歌声がとんでもなく賑やかだ。
 
 「先に入っていいよ」
 冬乃は為三郎を先に厠へ入れて、ふと座敷側を見やった。冬乃の視線の先、縁側に沿って障子が並んでいる。
 
 (そういえば沖田様はやっぱり離れの部屋なのかな?)
 
 離れがあるだろう遠くの闇を眺めながら冬乃は、ふと自分がいま、彼の居るすぐそばに泊まっているということに改めて思い至った。
 
 (嬉しい・・)

 つい頬が緩む。
 
 きっと、この先もここに居られれば当たり前のこととなるその事実が、いまの冬乃には、ただひたすら嬉しかった。
 
 (明日は早朝から慌しくなるし、私もきちんと寝ておかないと)
 
 出てきた為三郎と交代で厠へ入りながら、そんなことを思う。
 冬乃は、早くもここに馴染んできた自分を感じていた。




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