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蔵のなかで
20.
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そう、この世界は幻で、
私はいま、夢を見ているだけ。
じきに目が覚めて。
きっとこの夢のことも忘れてしまって。
(また元どおり、生きていくのかな)
冬乃は大きく溜息をついた。
(馬鹿じゃないの私)
あれだけ嫌だった現実なのに。
今は懐かしい。たった少し離れているだけなのに。
これが本当に夢であってほしいと願ってる?
「あーあ。沖田様、やっぱかっこよかったなー・・」
冬乃は混乱する思考を抱え、どうしようもなさに笑い出しそうになる感情の渦のなかで、ぽつり呟いた。
(とりあえず人生最大の幸せではあったからね。この体験がただの夢だとしても)
あれほどリアルに。彼を傍に感じることができただけでも。
(これが夢なら、それで満足するべきなのかなぁ)
土方と違って後世に写真の遺っていない彼だが、出逢えた彼は冬乃の想像してきた以上だった。
見た目がどうこう、という程度のものではなく、彼のまとう雰囲気そのものが冬乃を圧倒した。
(・・・蔵に閉じ込められなかったら、今もこの世界を疑ったりはしてないだろうな)
冬乃は、つと思う。
ただでさえ信じられぬ出来事の後に、こうして誰も居ない空間に置き去りにされたせいで、ようやく非現実感をおぼえたのだ。
もし今もなお彼の傍に居て、彼と会話をしていたなら、そうはいかなかった。
どうしてあれほどリアルな存在を疑ってかかることができるだろう。
彼を包む世界もまた、本物そのものだったのだから。
風の匂い。草木の息吹。鳥たちの声。
全てが、確かに存在、していたのだ。
世界から取り残されたようなこの蔵でさえ、この地面は冷たく。膝を抱えて座る冬乃にひんやりとした感覚を確かに与えている。
(どうしたい?)
自分は、どちらを選ぶ?
もしも、本当に此処が深い夢のなかで。此処と、自分が本来居る現実世界、どちらかを。
選ばなくてはならないのなら。
どちらを自分は望む?
(ちょっと前までの私だったら、迷うことなくココを選んでたな)
冬乃は自嘲に笑った。
(見知らぬ世界で蔵なんかに閉じ込められて独りにさせられたら、私でも人並みに寂しく思うもんなんだ?)
そうして寂しく思って、想い浮かべたのは母親だったなんて。
(・・ふざけてるし)
冬乃はもう一度、乾いた声で、哂って。
本格的な”どうしようもなさ” に喘ぐように、後ろへ倒れた。
(とにかく)
冬乃は願う。
(こっから出たい)
寝転がった背全体に冷たい感触をおぼえながら、冬乃は宙へと深く溜息を吐き捨てた。
私はいま、夢を見ているだけ。
じきに目が覚めて。
きっとこの夢のことも忘れてしまって。
(また元どおり、生きていくのかな)
冬乃は大きく溜息をついた。
(馬鹿じゃないの私)
あれだけ嫌だった現実なのに。
今は懐かしい。たった少し離れているだけなのに。
これが本当に夢であってほしいと願ってる?
「あーあ。沖田様、やっぱかっこよかったなー・・」
冬乃は混乱する思考を抱え、どうしようもなさに笑い出しそうになる感情の渦のなかで、ぽつり呟いた。
(とりあえず人生最大の幸せではあったからね。この体験がただの夢だとしても)
あれほどリアルに。彼を傍に感じることができただけでも。
(これが夢なら、それで満足するべきなのかなぁ)
土方と違って後世に写真の遺っていない彼だが、出逢えた彼は冬乃の想像してきた以上だった。
見た目がどうこう、という程度のものではなく、彼のまとう雰囲気そのものが冬乃を圧倒した。
(・・・蔵に閉じ込められなかったら、今もこの世界を疑ったりはしてないだろうな)
冬乃は、つと思う。
ただでさえ信じられぬ出来事の後に、こうして誰も居ない空間に置き去りにされたせいで、ようやく非現実感をおぼえたのだ。
もし今もなお彼の傍に居て、彼と会話をしていたなら、そうはいかなかった。
どうしてあれほどリアルな存在を疑ってかかることができるだろう。
彼を包む世界もまた、本物そのものだったのだから。
風の匂い。草木の息吹。鳥たちの声。
全てが、確かに存在、していたのだ。
世界から取り残されたようなこの蔵でさえ、この地面は冷たく。膝を抱えて座る冬乃にひんやりとした感覚を確かに与えている。
(どうしたい?)
自分は、どちらを選ぶ?
もしも、本当に此処が深い夢のなかで。此処と、自分が本来居る現実世界、どちらかを。
選ばなくてはならないのなら。
どちらを自分は望む?
(ちょっと前までの私だったら、迷うことなくココを選んでたな)
冬乃は自嘲に笑った。
(見知らぬ世界で蔵なんかに閉じ込められて独りにさせられたら、私でも人並みに寂しく思うもんなんだ?)
そうして寂しく思って、想い浮かべたのは母親だったなんて。
(・・ふざけてるし)
冬乃はもう一度、乾いた声で、哂って。
本格的な”どうしようもなさ” に喘ぐように、後ろへ倒れた。
(とにかく)
冬乃は願う。
(こっから出たい)
寝転がった背全体に冷たい感触をおぼえながら、冬乃は宙へと深く溜息を吐き捨てた。
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