碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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壬生

12.

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 「・・何も持ってませんでしたよ」

 (─────畳のにおい)

 その独特な香に、冬乃は、すん、と小鼻を動かした。

 (ここは・・)

 「と、気がついたようですよ」

 ゆっくりと目を開けた冬乃を驚くほど間近で、色黒の顔がのぞきこんでいる。

 (きれいな瞳・・・)

 冬乃は幻でも見るようにぼんやりと眺めながら、
 ふと彼の服装に目がいった。

 自分と同じく稽古着らしき服を着ているところをみると、会場内の付属部屋がどこか・・。

 そういえばもう痛みも、変な霧もない。
 ふらり、と身を起した冬乃は。だが開け放たれた障子の向こうを、思わず凝視した。

 そこには会場前の大路はなく、限りない一面の田畑が青々と広がっている。

 「こ、ここはどこ?」

 「・・壬生、ですが」
 
 目の前の彼の低い穏やかな声が、冬乃を瞠目させた。

 (いま、壬生、って言った?)

 聞き間違いだよね?

 冬乃は恐る恐る自分の身の回りを見渡す。
 
 特に何もない四畳半程の部屋に、先程から冬乃を興味深そうに覗き込んでいる色黒の男と、綺麗な顔をした色白の男が並んで自分の傍に座っている。

 (刀・・なんだけど・・・)

 目に入った、稽古着を着ていない色白の男のほうの腰に差される脇差と、横の大刀に、冬乃はあんぐりと見入った。

 「おい、女」

 刀を凝視した冬乃を不審気たっぷりに、色白の男が睨みつけてくる。

 (あれ?)
 この顔、どこかで・・

 「土方さん、この人、頭打って記憶なくしているんじゃないですかね」

 え?今、

 「土方さんって言いました?!」

 「は?」

 ・・て、たしかに似てる、土方様の写真に!

 「おめえ、何者だ?」

 ここが本当に壬生で。

 時代劇みたいな格好で、

 土方と名乗る、平成に遺る“土方歳三”の写真に似てる人がいて。

 だとしたら、

 この色黒の人は・・・


 まさか。



 「沖田総司様・・ですか?」



 「そうですが。如何してそれを」



 答えるよりも先に冬乃の目には涙が溢れて。

 男達はそれからしばらく返答を待たなければならなかった。





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