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ゆく末への抗い

133.

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 「鬼ですね、土方さん」
 
 不意に沖田が吐くように呟き、冬乃ははっと沖田を見やった。
 
 「・・おい。誰であろうと容赦はしねえ、俺達はそうやってきただろうが。何を今更」
 
 「その事じゃありませんよ」
 冬乃を見返した沖田が、可哀そうに、と溜息をつき。
 
 「これじゃ冬乃が断言しなかったのを決め手にするも同然だ。自分のせいだと冬乃は自責してしまう」
 
 (総司・・さん・・)
 冬乃は瞬間こみ上げた涙に、咄嗟に目を伏せて。
 
 「・・もしこれで粛清を決行してごらんなさい。冬乃は今後二度と歴史の一切に関して口を割らないでしょうよ」
 
 それでは貴方も困るでしょう
 そんな沖田の声を聞きながら冬乃は、畳についたままの震える己の手を見つめる。
 沖田の言う通り、冬乃はそうなれば自責の念に到底耐えられないに違いない。
 
 「それから、冬乃が断言していないのはなにも“伊東さんの試みが成功する” 事だけじゃない」
 
 「“伊東さんの試みが失敗する” 事もまた、断言してはいない」
 (あ・・)
 冬乃は沖田を再び見上げた。
 
 「そうだ、今は伊東さんが彼らをきっと説得してくれると信じて待とう。粛清はあくまで最後の手段だ」
 近藤が横で大きく頷いて。
 
 「できるかどうかも分からねえなら、そんな悠長な事言ってられるかよ」
 土方が声を怒らせた。
 「大体、討幕派からしたら伊東さんも邪魔なんだろ。伊東さんだって悠長な事してられんのか?」
 
 「・・奴らが伊東さんを斬らねえのは、」
 土方は更に畳みかけて。
 「情なのか、それとも奴らは伊東さんも討幕に加担していると信じているのだとすれば、・・まさか伊東さんもとうに心変わりし」

 「それだけはありえません!」
 
 おもわず遮った冬乃は必死に声をあげた。
 「その方たちは、たしかに伊東様のお志を誤解されてると思います、ですが、伊東様は本当に決して・・・藤堂様が断言された通り、討幕なんて今も考えてらっしゃいません・・!」
 
 冬乃は震えたままの両手を拳に握り締める。
 「伊東様とその方たちは・・、」
 
 「・・新しいしくみを樹立する、その点では同じ方向も向いてることでしょう・・。でも今も伊東様にとってのその方法は、戦ではなく、手をとりあうほう・・徳川様も元幕閣も薩摩様も長州様も含めて、敵も味方も分け隔てることのない、新しい統治のしくみを目指してらっしゃる点で、大きく違います・・!」
 
 
 「・・・改めて聞くと、やはり全く、絵に描いた餅だな」
 
 (・・・っ・・)
 
 「だが。それが叶うなら、それに越したことはねえがな」
 
 
 (・・あ)

  冬乃が目を見開く前で、土方が煙管を少しふくみ、ふうと煙を吐いた。
 
 「・・ようは、その理想で土佐あたりの穏健派を動かして長州や薩摩の過激派連中を巧く抑え込むなり宥めてくれるんならいいさ。そう易々と事が運ぶとは思わねえから、手っ取り早く連中を処罰しちまえば済むんだがな」
 
 「ああ、」
 近藤が溜息をつく。
 
 「伊東さんのその構想の草案ならば、未だ伊東さんが此処に居たころ俺もよく聞いていたよ。長州父子まで新体制にいま参与させる事は、明らかに無理があるが、過激派を厳罰に処したのちならば可能となる日もいずれ来るだろう。伊東さんは厳罰からして望まぬのだろうが」
 
 「だが過激派の連中がこっちと手を取り合うわけがねえ」
 
 コンと再び土方が、灰吹きへ煙管を叩きつける。
 「伊東さんは話し合えばいつか分かり合えると言うんだろうがな、どいつも伊東さんのような人ばかりだったら、元からこんな乱世にもなっちゃいない。流すしかねえ血もあるってことを分かってねえんだ」
 
 「まあ、」
 近藤が緩く微笑んだ。
 「そこが伊東さんの素晴らしいところでもあるのだよな」
 
 (近藤様・・・)
 
 「そうだ、伊東さんにはもう久しくお会いしていないことだし、考えを改めてじっくりお聞きしたいと思っていたところだ。総司からも藤堂君を通して会合の依頼があったと聞いているし、どうだろう歳、近々一度お招きして状況の詳細を聞かせてもらうのは。・・奴らの粛清の決断はそれからでもいいだろう?」
 
 冬乃は、息を呑んだ。
 
 「だったら明日か明後日だ。悠長にしている時間は無い」
 「歳・・、いくらなんでも明日明後日では急過ぎる。迷惑だろう」
 「そんなこと聞いてみなきゃ分からねえ。明日明後日が無理でもこれなら最短の代替日を言ってくるだろ。総司、今すぐ監察に使いを頼んで来い」
 
 「どうします、先生」
 「・・仕方ない。宜しく頼もう。場所は・・そうだな、どこかの店ではなく俺の妾宅でお願いしてみるか。あそこなら互いに外目を気にせず会えるだろう」
 
 沖田が早速出てゆくのを冬乃が見つめる前で、
 「そういや、」
 近藤が呟いた。
 
 「三浦殿には斎藤君のことでかなり御世話になったから、戻った事は連絡しとかねばならないな」
 
 近藤のいう三浦とは、国事に携わる紀州藩の周旋方であり、伊東と新選組の内々の関係を知る数少ない一人だ。
 
 「丁度先方とは、十八日の昼に別件で会う予定があるが」
 「おお。ではちと遅いがその日に書状を持って行ってもらえるか」
 「ああ」
 
 (・・十八日・・・)
 
 冬乃はぶるりと身を震わせた。
 
 
 (その日は、)
 
 藤堂の命日であり。
 
 
 必ず避けなければならない日である事に。
 
 

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