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ゆく末への抗い

123.

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 「それについては私から」
 と島田がおもむろに三人の間へ、数枚の書状を広げた。
 
 「局長が前回金策に自ら出向かれた商家のうち、返済期限の迫っているものです」
 
 (あ)
 もうそんな時期なのかと、冬乃は目を瞬いた。
 
 「局長のお顔を立てたく、これらは期限迄にしかと返したい。そのため、別の商家から借り入れなくてはなりません。いま勘定方で用立てできる額は、半分にも満たぬので」
 
 「難儀やなあ」
 山崎が嘆息する。
 「もうどこのめぼしい商家も御大名方に借り尽くされてるやろ」
 
 (そう・・だよね)
 
 第二次長州征伐のころ京滞在が長引いた幕府諸藩に、いま着々と戦さの準備に励む薩長しかり、
 豪商たちへの度重なる彼らの負債は止むところ知らず、積年溜まりにたまっている。
 
 いわゆる大名貸し、藩債と呼ばれる莫大な借金。
 
 のちの明治政府が廃藩置県政策によって、これらを名目上、肩代わりすることになるものの、その額は限定的かつ作為的で、
 
 昔より長年にわたり貸し出してきた大阪の豪商達にとっては、踏み倒されたも同然の結果となってしまう。
 そのころ銀目停止という政策によって既に憂き目に遭っていたところへ、とどめを刺すかの事態に、倒産した商家は数知れず。
 
 明治政府の中枢にいた元薩長土の、このさすがに非道なまでの政策は、まさに恩を仇で返した典型例といえる。
 
 
 (援けてきた結果あれほど酷い未来が待っていると、先に分かっていたなら、資産を隠し通してでも絶対貸したくなかったはず・・)
 
 未来を知る冬乃としては、いたたまれないものがある。
 
 
 
 「・・で、冬乃はんには何をお願いに?」
 
 山崎の声に、はっと冬乃は島田を見やった。
 
 「冬乃さんには、この新たな借り入れのための、書状の作成をお頼みしたいのです」
 畏まったように島田が冬乃を見返し。
 
 「局長のお名前で作成していただきますので、局長への内容のご確認も併せてお願い致したく」
 
 「承知致しました」
 冬乃はぺこりと頭を下げて返した。
 もとい想定していた仕事内容である。
 
 「そのために見ておいていただきたい書状の数々はこちらで保管しておりましたので、御足労いただいてしまいました」
 
 「ほな、お茶を出さな」
 何故か楽しそうな山崎が、颯爽と立ち上がった。
 
 「そんな、おかまいなく」
 「ええからええから」
 
 どこかの部屋へとそのまま向かっていく山崎を、冬乃が呆然と見送る前では、島田が側の棚からあれこれ他にも書状を取り出してゆく。
 見ておいてほしいという書状たちだろう。
 
 次から次と出てくるさまに、冬乃は目を見開く。
 これは長丁場になるかもしれない。
 
 コーン
 と相槌を打ったかの、小庭から届いたししおどしの音を耳に。
 
 (がんばろう・・)
 冬乃は身を引き締めた。


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