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ゆく末への抗い
122.
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蟻通様・・!
「なんか随分焦ってるようだけど、大丈夫?」
広大な、殆ど人に出会えずじまいなこの空間を彷徨い続けていた冬乃は、
突如天の救いを得たような心地に見舞われた。
「それが・・監察執務室で島田様と待ち合わせしているのに遅れてて・・・、蟻通様、ここからの最短の行き方を御存知でしたら教えてください!」
そういえば、蟻通とこうして何か会話をするのは一体いつぶりだろう。
冬乃がこの新屯所に来てから、広間ではいつも遠く向こうに居る彼と、目が合えば会釈をし合ってこそいたけども。
本当なら久しぶりに世間話のひとつふたつしたいところだけど、島田を待たせているのでどうにもならない。
「・・迷ってるってこと?」
「ハイ。」
改めてこの状況が恥ずかしくなりつつ、冬乃はぎくしゃくと頷く。
「時間あるし送っていってあげれるけど・・どうする?」
(え)
もうこれは。
天の救いで確定のよう。
「ありがとうございます、お願いします!」
冬乃は最敬礼でお辞儀した。
少し早足の道すがら、蟻通と期せずして世間話をすることが叶いつつ、
冬乃は今、連れてこられた小庭つきの縁側を見上げて大きな溜息を零していた。
こんな入り組んだ道のはずれの場所だっただけでも溜息ものなのに、
(・・・何ここ・・!?)
一見、位の高い御隠居の隠れ家とでも見まがうような見事な構えの、それでいて京都らしい風流な佇まい。
隊士部屋の棟へ最初に向かってすぐ、そこに居た隊士達に「此処じゃなくて離れにある」と教えられて、
なるほど監察達は仕事柄、隊士達に聞かれてはならない会話も多々しているわけなので、離れに構えていることは理に適っている、などと納得しながら来たのだが。
それにしたって此処だけ、やたら別世界すぎないか。
「此処すごいよね」
冬乃が茫然と見上げているのへ横から蟻通が同調する。
「聞くところでは元々この屯所には、お坊さんたちの住まいだったのを幾つか貰い受けて移設したものもあるみたいだから、きっとこの離れがそれで、住職の別邸とかだったのかもしれない」
(あ・・)
そんな特別な離れを監察達に宛がうとは。やはり近藤達が彼ら監察を高く評価し重宝していることの表れなのだろう。
「じゃ、俺はここで」
はっと冬乃は急いで再びお辞儀をした。
「大変助かりました・・!本当に有難うございました」
「こちらこそ久しぶりに冬乃さんと話せて良かったです。またね」
言うなり踵を返して去ってゆく蟻通の背へ、
冬乃は今一度深々と礼をした。
「申し訳ない・・待ち合わせをお願いした時、こちらをご存知そうなご様子にみえて・・」
約束の時間の四半刻も遅れてやってきた冬乃を前に、島田は責めるどころか、迷っていたと聞いてすぐに謝ってきて。
開け放たれた奥の座敷では、監察達がせわしげに動き回っているのを視界の端に、冬乃は、
いま目の前で大きな体を縮こませる島田へ、「いいえ」と大慌てで首を振って返した。
「てっきり隊士部屋の棟だと思ってしまってて、ねんのためと場所をお伺いしなかった私がいけないんです。本当に御免なさい」
「これはまた、どこぞの美女やろかと思えば!」
不意に起こった風とともに声が横合いから飛んできて、冬乃は驚いて声のしたほうを向いていた。
庭の障子をまさに開けたばかりの山崎が、冬乃の目に映る。
「おお、おかえりなさい山崎さん」
そのまま庭側から入ってくる山崎へ、島田が首を向けて挨拶するのを耳に、冬乃も急いで会釈する。
「ただいま島田はん。冬乃はんは随分と久しぶりやなあ。元気にしとったん」
冬乃は顔を上げた。
「はい、おかげさまで・・山崎様もお元気そうでなによりです」
あっという間にやってきて島田と冬乃の傍にすとんと座った山崎が、そして興味津々な眼差しを二人へ寄越して。
「にしても珍しいお客やな。どないなご用件?」
「なんか随分焦ってるようだけど、大丈夫?」
広大な、殆ど人に出会えずじまいなこの空間を彷徨い続けていた冬乃は、
突如天の救いを得たような心地に見舞われた。
「それが・・監察執務室で島田様と待ち合わせしているのに遅れてて・・・、蟻通様、ここからの最短の行き方を御存知でしたら教えてください!」
そういえば、蟻通とこうして何か会話をするのは一体いつぶりだろう。
冬乃がこの新屯所に来てから、広間ではいつも遠く向こうに居る彼と、目が合えば会釈をし合ってこそいたけども。
本当なら久しぶりに世間話のひとつふたつしたいところだけど、島田を待たせているのでどうにもならない。
「・・迷ってるってこと?」
「ハイ。」
改めてこの状況が恥ずかしくなりつつ、冬乃はぎくしゃくと頷く。
「時間あるし送っていってあげれるけど・・どうする?」
(え)
もうこれは。
天の救いで確定のよう。
「ありがとうございます、お願いします!」
冬乃は最敬礼でお辞儀した。
少し早足の道すがら、蟻通と期せずして世間話をすることが叶いつつ、
冬乃は今、連れてこられた小庭つきの縁側を見上げて大きな溜息を零していた。
こんな入り組んだ道のはずれの場所だっただけでも溜息ものなのに、
(・・・何ここ・・!?)
一見、位の高い御隠居の隠れ家とでも見まがうような見事な構えの、それでいて京都らしい風流な佇まい。
隊士部屋の棟へ最初に向かってすぐ、そこに居た隊士達に「此処じゃなくて離れにある」と教えられて、
なるほど監察達は仕事柄、隊士達に聞かれてはならない会話も多々しているわけなので、離れに構えていることは理に適っている、などと納得しながら来たのだが。
それにしたって此処だけ、やたら別世界すぎないか。
「此処すごいよね」
冬乃が茫然と見上げているのへ横から蟻通が同調する。
「聞くところでは元々この屯所には、お坊さんたちの住まいだったのを幾つか貰い受けて移設したものもあるみたいだから、きっとこの離れがそれで、住職の別邸とかだったのかもしれない」
(あ・・)
そんな特別な離れを監察達に宛がうとは。やはり近藤達が彼ら監察を高く評価し重宝していることの表れなのだろう。
「じゃ、俺はここで」
はっと冬乃は急いで再びお辞儀をした。
「大変助かりました・・!本当に有難うございました」
「こちらこそ久しぶりに冬乃さんと話せて良かったです。またね」
言うなり踵を返して去ってゆく蟻通の背へ、
冬乃は今一度深々と礼をした。
「申し訳ない・・待ち合わせをお願いした時、こちらをご存知そうなご様子にみえて・・」
約束の時間の四半刻も遅れてやってきた冬乃を前に、島田は責めるどころか、迷っていたと聞いてすぐに謝ってきて。
開け放たれた奥の座敷では、監察達がせわしげに動き回っているのを視界の端に、冬乃は、
いま目の前で大きな体を縮こませる島田へ、「いいえ」と大慌てで首を振って返した。
「てっきり隊士部屋の棟だと思ってしまってて、ねんのためと場所をお伺いしなかった私がいけないんです。本当に御免なさい」
「これはまた、どこぞの美女やろかと思えば!」
不意に起こった風とともに声が横合いから飛んできて、冬乃は驚いて声のしたほうを向いていた。
庭の障子をまさに開けたばかりの山崎が、冬乃の目に映る。
「おお、おかえりなさい山崎さん」
そのまま庭側から入ってくる山崎へ、島田が首を向けて挨拶するのを耳に、冬乃も急いで会釈する。
「ただいま島田はん。冬乃はんは随分と久しぶりやなあ。元気にしとったん」
冬乃は顔を上げた。
「はい、おかげさまで・・山崎様もお元気そうでなによりです」
あっという間にやってきて島田と冬乃の傍にすとんと座った山崎が、そして興味津々な眼差しを二人へ寄越して。
「にしても珍しいお客やな。どないなご用件?」
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