上 下
459 / 472
ゆく末への抗い

121.

しおりを挟む

 「・・・」
 
 頭から被ったままの褞袍ごと。冬乃は抱き寄せられた。
 
 「どうして」
 続いた優しい問いかけと抱擁にますます泣きそうになりながら、
 冬乃は小さく首を振る。
 
 (貴方だけは苦しませたくない・・・のに)
 
 千代から受け継いだその祈りに
 もういったい幾度、背いてきてしまったことだろう
 
 (ごめんなさい・・・)
 
 「総司・・さんの、」
 
 冬乃は声を詰まらせたまま、必死に言葉を探す。
 
 「お時間を・・このところ私に、たくさん割いてくださってるように思うのですが、それは」
 
 「総司さんに・・・心配・・をおかけしてしまってるからですよね・・・私がふがいないばかりに・・」
 言いながらどんどん項垂れた冬乃の、
 
 視界につと沖田の手が映り込んだ。
 その手は、冬乃の片頬を支えるとそっと顔を持ち上げ。冬乃の瞳には、慈しむように見下ろしてくる優しい眼が映った。
 
 「・・それが“私は最低” の内容?」
 ふっとその眼が哂い。
 
 「夫婦が互いを心配するのは至極当たり前だろ。今だってこうして冬乃も俺の心配してるでしょ」
 
 「で・・すが、こんな私への心配が過ぎて、総司さんを苦しめてしまったりしてませんか・・」
 
 「そんなもの、」
 沖田はまるで、さも当然のように穏やかに微笑んだ。
 
 「冬乃のことが大切だからこそ。そりゃ切り離せるものじゃないでしょ」
 「え」
 
 「それに冬乃からのこんな苦しみなら愛おしいもんだよ」
 
 冬乃はもう声も出せずに。茫然と沖田を見つめた。
 
 冬乃のことを苦しいほど心配してくれる沖田は、
 それだけでなく、その辛さをも許容してくれているというのか。
 
 「あ・・りが・・とうございます」
 
 今度こそ声が詰まって冬乃は、ごまかすように目の前の硬い胸板へと頬を押し付けた。
 
 「まあ叶うなら、貴女をずっと鎖に繋いでしまいたいところだけどね」
 「えっ」
 驚いた冬乃が結局反射的に顔を上げると、
 笑みを含ませた悪戯な眼ざしと目が合って。次には、目尻に溜めていた涙へと口づけが降ってきた。
 
 「それができないから、こうして居られる時は傍に居るようにしてる」
 優しい声に、冬乃が放された瞼を擡げると、
 変わらず冬乃を愛しげに見下ろす眼が映る。
 
 「このところの事も、俺がそうしたくてしてるだけだから当然気にしなくていい」
 それとも
 と沖田が更に継ぎ足した。
 
 「あまり傍に居られたら鬱陶しいようなら、諦めるけど」
 
 「そんなわけありませんっ!」
 全力で即時声をあげた冬乃に、
 
 心得たように。深い抱擁がそれから長らく続いた。
 
 
 一生かかっても返せない感謝を、また今日も更新してしまったようだと。やがてそっと身を離された冬乃は小さく溜息をつく。
 
 決して誓うことはできなくても、
 
 「無茶はしないようにもっと努めます・・だから」
 
 少しでもどうか安心していてください。
 
 「・・わかったよ」
 沖田が穏やかに微笑んだ。
 
 「有難う」
 
 (それはですから私の台詞です・・・)
 冬乃は続く温かな口づけに、再び目を瞑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ずっと女使用人部屋と、近藤や沖田の部屋に井戸と厨房との往復ばかりで、
 食事の広間以外、おもえばろくに屯所内の他の場所へ行ったことがない。
 道場すら未だ覘きに行ったことがなく。
 
 よって当然のように。冬乃は本日迷子になっていた。
 
 
 島田が豪商への借り入れの件でまた動いている。その書状の準備を手伝うため島田と待ち合わせした場所に、冬乃は延々と辿り着けず、はや四半刻。
 つまり、
 
 (三十分・・・くらいは経ってるよねもぅぜったい。島田様ごめんなさい~~!)
 
 仮にも屯所内で、四半刻も迷子になる己が恨めしい。
 
 今日に限って隊士達も出払っているのかまだらで、漸く出会った隊士ごとに場所を聞きながら、なんとか近くまで来ているはずなのだが、
 
 
 (監察執務室・・・って、どこー--!!)
 
 この叫びは一向に納まりそうにない。
 
 
 (こんなとき総司さんが居てくれたら・・)
 
 沖田も現在巡察中だ。
 
 (あ、馬小屋)
 
 嘶きは聞こえど、ずっと分からずにいたその場所を向こうに発見した冬乃は一瞬絆される。
 
 (もうほんとにどうしよ)
 勿論すぐ現実に戻され。
 
 平成の世でなら携帯ひとつで連絡がつくものを。こういう時は現代文明も悪くないとしみじみ思いながら冬乃は迷い道を踏みしめる。
 
 「冬乃さん?」
 
 (!)
 そんなさなか、
 もはや懐かしくさえあるその声を背に、冬乃は驚いて振り返った。
 
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...