碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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ゆく末への抗い

121.

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 「・・・」
 
 頭から被ったままの褞袍ごと。冬乃は抱き寄せられた。
 
 「どうして」
 続いた優しい問いかけと抱擁にますます泣きそうになりながら、
 冬乃は小さく首を振る。
 
 (貴方だけは苦しませたくない・・・のに)
 
 千代から受け継いだその祈りに
 もういったい幾度、背いてきてしまったことだろう
 
 (ごめんなさい・・・)
 
 「総司・・さんの、」
 
 冬乃は声を詰まらせたまま、必死に言葉を探す。
 
 「お時間を・・このところ私に、たくさん割いてくださってるように思うのですが、それは」
 
 「総司さんに・・・心配・・をおかけしてしまってるからですよね・・・私がふがいないばかりに・・」
 言いながらどんどん項垂れた冬乃の、
 
 視界につと沖田の手が映り込んだ。
 その手は、冬乃の片頬を支えるとそっと顔を持ち上げ。冬乃の瞳には、慈しむように見下ろしてくる優しい眼が映った。
 
 「・・それが“私は最低” の内容?」
 ふっとその眼が哂い。
 
 「夫婦が互いを心配するのは至極当たり前だろ。今だってこうして冬乃も俺の心配してるでしょ」
 
 「で・・すが、こんな私への心配が過ぎて、総司さんを苦しめてしまったりしてませんか・・」
 
 「そんなもの、」
 沖田はまるで、さも当然のように穏やかに微笑んだ。
 
 「冬乃のことが大切だからこそ。そりゃ切り離せるものじゃないでしょ」
 「え」
 
 「それに冬乃からのこんな苦しみなら愛おしいもんだよ」
 
 冬乃はもう声も出せずに。茫然と沖田を見つめた。
 
 冬乃のことを苦しいほど心配してくれる沖田は、
 それだけでなく、その辛さをも許容してくれているというのか。
 
 「あ・・りが・・とうございます」
 
 今度こそ声が詰まって冬乃は、ごまかすように目の前の硬い胸板へと頬を押し付けた。
 
 「まあ叶うなら、貴女をずっと鎖に繋いでしまいたいところだけどね」
 「えっ」
 驚いた冬乃が結局反射的に顔を上げると、
 笑みを含ませた悪戯な眼ざしと目が合って。次には、目尻に溜めていた涙へと口づけが降ってきた。
 
 「それができないから、こうして居られる時は傍に居るようにしてる」
 優しい声に、冬乃が放された瞼を擡げると、
 変わらず冬乃を愛しげに見下ろす眼が映る。
 
 「このところの事も、俺がそうしたくてしてるだけだから当然気にしなくていい」
 それとも
 と沖田が更に継ぎ足した。
 
 「あまり傍に居られたら鬱陶しいようなら、諦めるけど」
 
 「そんなわけありませんっ!」
 全力で即時声をあげた冬乃に、
 
 心得たように。深い抱擁がそれから長らく続いた。
 
 
 一生かかっても返せない感謝を、また今日も更新してしまったようだと。やがてそっと身を離された冬乃は小さく溜息をつく。
 
 決して誓うことはできなくても、
 
 「無茶はしないようにもっと努めます・・だから」
 
 少しでもどうか安心していてください。
 
 「・・わかったよ」
 沖田が穏やかに微笑んだ。
 
 「有難う」
 
 (それはですから私の台詞です・・・)
 冬乃は続く温かな口づけに、再び目を瞑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ずっと女使用人部屋と、近藤や沖田の部屋に井戸と厨房との往復ばかりで、
 食事の広間以外、おもえばろくに屯所内の他の場所へ行ったことがない。
 道場すら未だ覘きに行ったことがなく。
 
 よって当然のように。冬乃は本日迷子になっていた。
 
 
 島田が豪商への借り入れの件でまた動いている。その書状の準備を手伝うため島田と待ち合わせした場所に、冬乃は延々と辿り着けず、はや四半刻。
 つまり、
 
 (三十分・・・くらいは経ってるよねもぅぜったい。島田様ごめんなさい~~!)
 
 仮にも屯所内で、四半刻も迷子になる己が恨めしい。
 
 今日に限って隊士達も出払っているのかまだらで、漸く出会った隊士ごとに場所を聞きながら、なんとか近くまで来ているはずなのだが、
 
 
 (監察執務室・・・って、どこー--!!)
 
 この叫びは一向に納まりそうにない。
 
 
 (こんなとき総司さんが居てくれたら・・)
 
 沖田も現在巡察中だ。
 
 (あ、馬小屋)
 
 嘶きは聞こえど、ずっと分からずにいたその場所を向こうに発見した冬乃は一瞬絆される。
 
 (もうほんとにどうしよ)
 勿論すぐ現実に戻され。
 
 平成の世でなら携帯ひとつで連絡がつくものを。こういう時は現代文明も悪くないとしみじみ思いながら冬乃は迷い道を踏みしめる。
 
 「冬乃さん?」
 
 (!)
 そんなさなか、
 もはや懐かしくさえあるその声を背に、冬乃は驚いて振り返った。
 
 

 
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