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ゆく末への抗い

119.

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 そんな辛そうな、苦しげなとすら形容できる表情をされて。
 
 頷いて見せる以外に、どうしたら。
 
 
 「・・はい」
 
 冬乃は、藤堂へ返した時のように後ろめたさで視線を逸らしそうになりながら、
 
 「わかりました・・」
 懸命に、声を押し出した。
 
 本心からの返事でないことなど。だが当然に読んだ沖田が、微かに目を眇め。
 
 それはだけど、
 咎める様でも無く、
 
 「条件がある・・」
 只、想定していたかのように。
 
 「何か行動する際には、必ず、俺の傍であるのならば」
 
 それならばいい
 
 そう告げ足した沖田を。
 故に冬乃は、はっと見つめ返した。
 いま出された妥協の条件に、急いで首を縦に振って返して。勿論、今度は本心の侭に。
 
 「ありがとうございま・・」
 
 伸ばされた腕に次には引き寄せられ、
 冬乃は姿勢を崩して沖田の胸前へなだれこんだ。
 
 そのまま強く抱き締められた冬乃は、
 
 思いのほか長く続く抱擁の内でやがて、常の安息に深く包み込まれてゆき、
 
 実感して。
 ふたりきりの、この“一番安全な場所” へ、
 先程までの出来事から無事に戻ってこられたことを、今更のように。
 
 
 (総司さん)
 
 もう離さないと。
 
 言葉にされなくても伝わってくる程の力強い腕へ、冬乃は夢中で縋りついた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あの一件以来。
 沖田の行動に変化が起こった。
 
 
 冬乃は内心歓喜に満ちながら、一方で心配にもなってきていて。
 
 (あんなにお忙しいのに)
 
 日々の近藤の御供に、徹底巡察、隊士達への稽古付け、
 
 あいかわらず多忙なはずの沖田が、気づけば傍に居る時が明らかに増えたのである。
 
 (無理してらっしゃるんじゃ・・)
 
 あの夜冬乃が最初にしてしまった曖昧な返答のせいで、沖田からすれば冬乃がいつまた以前のような咄嗟の無茶をしまいか心配なのかもしれない。
 
 これまでならば、かろうじて残る僅かばかりの仕事以外の時間を、
 冬乃を最優先にしてくれつつも、自主稽古や時には男仲間で呑みに出たりと他にもしっかり割り当てていた彼が、
 今、全てにおいて冬乃だけに費やしているかの様子なのだから。
 
 過保護ぶりがさらに増したこの状況を、冬乃は迂闊に喜んではいけないと自粛しつつ、どうしても沖田と過ごせる時間が増えた嬉しさに頬が緩んでしまいながら。
 さすがに無理をさせてるのではと、同時に気にし始めてもいて。
 
 
 今も冬乃は畳を掃除しながら、そうして思わずふぅと溜息をついた。
 
 近藤と沖田が黒谷へ外出中だ。
 その間にと、冬乃は書類の残り仕事を終えてすぐ、近藤の部屋の掃除を始めていた。今に限った事ではないけども心は此処に在らずのままに。
 
 そのせいで冬乃は、背後で開け放った廊下を行き交う足音をも聞き過ごしていたのだろう、
 突然に、雑巾がけで四つん這いの尻を撫でられて、飛び上がった。
 
 「こんな恰好で」
 振り返れば沖田がいつのまにか立って冬乃を見下ろしていて。
 その後ろには、困ったような顔の近藤が居た。
 
 
 
 
 
 
 遠く、庭師たちがにやにやしながら仕事そっちのけで幹部棟のほうを眺めているのを、沖田は近藤と部屋への長い廊下を戻りながら見留めた。
 
 やってくる沖田達にやがて気がついた彼らは、気まずそうに仕事に戻っていったが、
 彼らの見ていた辺りが近藤の部屋であることへの違和感を感じつつ辿り着いてみれば、
 
 成程、例の四つん這いで動く冬乃の後ろ姿が、目に飛び込んできた。
 
 
 掃除の換気のために障子を開け放っているのは良いとして、かわらず此処の世の服での動き方に無頓着なのか、乱れるを気にもせず動き回っているせいで裾が大きくめくれ、白いふくらはぎを膝裏まで露わに、その動く尻とともに庭先へ曝していることを、
 当の本人は気がついてもない様子で。
 
 困った顔ごと目を逸らした近藤の横を通過し沖田は、張り付く着物に形をくっきりと成す冬乃の尻を、近藤の前だが敢えて構わずに撫で上げた。
 
 びっくりした冬乃が振り返って沖田を見上げてきて。
 
 「こんな恰好で、」
 沖田は仕方なく一つ苦笑を落とし、
 
 「いろいろ見えてるけど、分かってるの」
 分かってないだろう。
 と答えなど知りながら、促すべく困惑した表情の冬乃を見下ろせば。
 「え」
 案の定、冬乃はさらにびっくりした顔になった。
 
 だがまもなく気づいたのか、姿勢を起こしながら己の後ろ脚へと視線を遣り。そして見事にめくれている裾を目の当たりにした冬乃が、大慌てで着物を整えるのを、
 見下ろしたまま沖田は、
 既に幾度となく繰り返した感情を遣り過ごし。
 
 「で、ただいま。掃除ありがとう」
 唯、穏やかに微笑んで返せば、
 「あ、いえ・・、おかえりなさいませ」
 恥ずかしそうにはにかんだ冬乃が沖田と近藤を交互に見て、ぺこりと頭を下げた。
 
 
 どうにも。
 近藤が居なければ当然、いま目の前の冬乃を己は昼間から押し倒していただろうと。
 
 そんな沖田の気などあいかわらず知りもしない冬乃が、
 未だ恥ずかしげにもぞもぞと居住まいを正すのを見下ろしながら沖田は、内心嘆息する。
 
 
 「すまん冬乃さん、仕事が立て続けで申し訳ないが・・」
 
 暫しのち、ひどく気遣った声が背後の近藤から届いた。
 
 「これからまた書状の整理を少し頼めるだろうか」
 
 「はい」
 すぐに冬乃が雑巾を手に立ち上がる。
 
 「総司もすまないが手伝ってくれるか」
 
 「勿論です」
 即答し沖田は。昨今、胸内に疼くこの様々な感情へ刹那に蓋をした。
 
 
 
 
 
 (総司さんと一緒に仕事・・!)
 
 再びやってきたその機会が、冬乃の内心を浮き立たせて止まない。
 
 隣で淡々と仕事をこなす沖田の横顔を、冬乃は何度もちらちら見てしまいながら、懸命に手元へと意識を戻すを繰り返していた。
 さすがに二度目は前回の反省を胸に、なんとかあれこれ間違えずには済んでいる・・はず。
 
 「・・冬乃」
 
 はず・・・。
 
 どきりと手を止めた冬乃は、おそるおそる沖田を見返した。
 


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