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ゆく末への抗い
117.
しおりを挟む(帰さない・・って)
「・・・俺は泊まることになっても構わないけど、」
冬乃の視界の端には、押しやられた紅色の布団。
「冬乃ちゃんはそうはいかないでしょ。沖田だって、俺に会いにいった冬乃ちゃんが夜通し帰ってこなかったらどう思うかな」
冬乃の瞳の前には、冬乃を案じ、冬乃の無茶をなんとか止めようとする藤堂の強い眼差し。
(藤堂様・・)
そんな彼だからこそ、
たとえ本当に夜通し一緒に居たとしても、冬乃に何か無理強いするはずがないことも。冬乃は分かっている。
(・・ごめんなさい)
「だから沖田に心配かけたくないなら約束して。この件は俺や沖田たちに任せるって、冬乃ちゃんは何もしないって」
冬乃は、藤堂の想いを汲むことにした。
「わかりました。約束します」
冬乃の瞳に大きく安堵の溜息をついた藤堂が映った。
「送っていけないけど、気をつけて帰ってね」
藤堂が茶屋の前まで呼びつけた駕籠に、冬乃は乗り込みながら、
今一度そんなふうに声をかけてくれる藤堂を見上げた。
「藤堂さんもお気をつけて」
「うん」
冬乃が覆いを下ろすと同時に、駕籠が地面を離れる。
早くも悪しき酔いが再開しそうな感がしながら、冬乃は駕籠の内にぶるさがる紐に掴まった。
冬乃の駕籠が道の角を折れる時、まだ佇んで見送ってくれている藤堂の姿が覆い越しに見えた。
(藤堂様・・)
あと何回、あの笑顔と会えるのだろう。
刻一刻と迫る彼の死期と、
何もできなければ必ず訪れてしまう悲劇が、日に日に冬乃を苛む。
最期まであの笑顔を護れますように
そのためになら。この先きっと破ってしまう時がくるだろう、あの場では何もしないなどと藤堂には約束したけれど。
(本当に、ごめんなさい・・)
「ひっ・・!」
突然、
(え)
駕籠かき達の叫んだ声とともに、駕籠が減速した。
冬乃は前のめりに倒れそうになって、慌てて紐を掴んでいた両の手に力を入れるも、
ドスンと次には衝撃が来て、駕籠が地に鈍く跳ね。
駕籠かき達が駕籠を手放したのだと、
思い至った頃には。覆いに大きな影が映り。
その影から伸びた手が、覆いを乱暴に開きあけた。
「出ろ」
逢魔が時のくれない色を向こうに。
抜き身の刀を手にした男達が、冬乃を見下ろした。
あまりの不意の出来事に、冬乃は茫然と男達を見上げた。
「早く出ろ」
冬乃が動けないでいるのへ、苛立った様子で目の前の男が手を伸ばしてきて、
冬乃ははっとして簪を引き抜き、その手を突き刺した。
「このッ」
先端が丸いとはいえ、奔ったであろう痛みで男が手を引っ込めた隙に、
冬乃は反対側へと、覆いを上げることもせぬまま殆ど転がり出て、
だが残念ながら、そちら側にも男達は回っていた。
「おとなしくしろ!」
駕籠を出たところを難なく左右から押さえ付けられた冬乃は、ただでさえ身動きのとりづらい着物にまで足元を捕られながら、むりやりその場に立たされた。
「おまえは藤堂の馴染みだな!」
(・・え)
ここで藤堂の名が出たことに、冬乃は驚いて男達を見回した。
「これは予定より早く伊東を葬れるやもしれぬな」
「ああ、尾けてきて正解だったな・・!」
「もう少し藤堂のほうに人数を回すか?」
「架岳らに向かわせたんだ、大丈夫だろう」
(どういう・・こと・・?)
いま伊東を亡き者にしようとしているらしい彼らが、一体どの立場の者なのか、
すぐには理解に及ばず。
数えて七人、いずれも髪はぼさぼさ、よれた袴で、見るからに浪人という風体の男達を前に冬乃は、
彼らが藤堂にこのあと何をするつもりなのか只々心配になって。
解ることは、この浪士達はすでに遥か前、きっと藤堂が屯所を出た頃から隠れて尾けてきていたのだ。
そして、茶屋では誰か他の客が入ってきた音など全くしなかったから、冬乃たちが茶屋に居るあいだ茶屋の前か、いや、一本道の手前あたりでずっと待っていたに違いなく。
やがて冬乃の駕籠が一本道から出てきた後、二手に別れ冬乃のほうを更に追ってきたのだろうか。
「しかし果たして妓のために来るかだな」
「知らん。機会は使うだけさ。来なけりゃ次の機会を待つしかなかろう」
(まさ・・か)
冬乃は片手に持ったままの簪を、おもわずきつく握り締めた。
彼らは冬乃を人質に藤堂をおびき寄せ、無抵抗にして捕らえるつもりなのではないか。
そして藤堂を人質に、
伊東をおびき寄せるつもりだとしたら。
(この人たち、)
藤堂と伊東の師弟関係までを既に調べ上げているという事になる。つまり伊東を葬るため長らく計画的に行動してきたということではないか。
(・・・なんで)
反幕府側にとって、伊東一派は敵ではない。
同様に、幕府側にとっても伊東たちは御陵衛士としてかわらず幕府側の立場であり当然に敵ではない。
まして伊東が、反幕府側と関係を築きつつ幕府側へ内密に協力している事は、知る者が限られる極秘事項。
(だけどそれをやっぱり・・気づかれてる・・の・・?)
「しかし新選組と殺り合ってくれたほうが、清々したんだがな」
どきりとした冬乃は、いま目の前の男が吐いた台詞に、動揺をみせぬため慌てて目を伏せた。
「流石におまえのその案は実現するか分かったものじゃない」
「だが成功すれば一度で両方を葬れるんだぞ」
「どうせ仮に成功したとて、そこまでは巧くいかんよ。葬れてせいぜい伊東一派だろう」
(その案って・・まさか・・・)
「ま、今回で予定より早く片がつくなら、それに越したことは無い。これ以上伊東の奴に動かれては困るからな・・」
「その通り」
「坂本のほうはどうなってるんだ?行動の予測がつかぬあ奴こそ、一刻も早く葬るべき!この前も例の襲撃計画を止めたのは実は奴だったと聞いてるぞ」
「わかっておる、そう焦るな。今方々で手配しておるわ」
浪士達は冬乃が新選組の者とは露ほどにも思っていないのだろう、
もとい、何を話しているかなど冬乃に解かるはずもないと思っているに違いなく。
つまりあの待ち合わせ時の藤堂との小声の会話も、遠巻きに隠れていたであろう彼らには、幸い届かずに済んだようだ。
かわらぬ寒空の下、往来を行き交う人の全くないこの路地で、思うままに話し込んでいる彼らへ、
そうして冬乃は何も解らぬふりで、ひたすら怯えた様子を見せるに徹した。
内心は、激しく動揺しているものの。
(・・坂本龍馬を狙っている話まで此処で出てくるなんて・・そして伊東様は同じ理由で狙われている・・)
大政奉還後のこの時期、龍馬がこれ以上血を流さぬ動乱の終結のために動いていた事は言うまでもなく、
伊東もやはり、そうなのだと。
まさに先程の藤堂の話で、冬乃には確信が持てたばかり。
藤堂から伝わってきた伊東の志も、彼が打ち出す新体制案も、平和な終結への大きな導標と成り得るものだと。
伊東は今の“スパイ” 的な状態にいつまでも甘んじるつもりはなかっただろう。彼の志も大局を見据え、いずれは敵対する双方を和解させる架け橋となるを望みながら活動していたはずで。
それなのに、その道なかばで彼は斃れてしまう。
そしてまるで、只、新選組の裏切者と、後世では見なされ。
(どうしたら・・止められるの・・)
方々で手配している、と男は言った。
つまり此処に居る男達だけではない。いったい今どれほどの数の者が、動乱の平和な終結など望まず、武力討幕をもくろみ、坂本や伊東の活動を疎んでいるというのだろう。
(その人達が多ければ多いほど・・・)
歴史は、この先、どこまでも阻んでくる。
それこそ冬乃が懸念し、恐れていた事態ではないか。
当事者の近藤達以外に、伊東の暗殺に直接的または間接的に関わった者達が実はいたならば――そんな『元の歴史』を望む存在が、いればいる程――その歴史を覆す事が、困難になってしまうと。
片手に握り締めたままの簪が、きしりと悲鳴をあげ。震えてしまうその手を冬乃は、尚もきつく握りこんだ。
(恐れない・・そして絶対に最後まで諦めない)
あの時、僧と沖田を前に強く決意した想いを冬乃は懸命に呼び起こす。
『元の歴史』を望む――彼ら武力討幕派が、
伊東と新選組の秘密裏の関係に、既に気づいているのか、またはこの先気づくのか如何か。
今の彼らの会話からは掴めない。
けれど、どちらであっても。
この男達を含めた討幕派の内、何者達かが、
伊東の懐いた志と理想を潰すために、
伊東の近藤暗殺企てという捏造の情報を、もし何らかの方法で、それも討幕派側からであるがゆえに信憑性の高い情報として流すことに成功し、
新選組に伊東を粛清させるにまで至ったのだとしたら。
(一番の原因は・・)
伊東が、討幕派すら含めた反幕府側と関わり合いを持つ、難しい立ち位置であったからこそ、
近藤達に生じてしまった懐疑や不信感に他ならない。
伊東が敵側へ寝返って近藤を暗殺しようとしているのだと、
そんな致命的な誤解に導くほどの。
逆に言えば伊東はそれほどまでに、反幕府側との密な関係構築を成し得つつあったのだろう。
それは寝返ったからなどでは決して無い、
一和同心
敵や味方の括りを超えて、
いずれ双方を繋ぐため。
(伊東様・・・)
だから冬乃のすべきことは。
もう今なら、はっきりとみえる。
「おい、架岳たちはまだか」
「遅いな」
「藤堂が抵抗しているんじゃないだろうな」
そうであってほしいと冬乃は強く願いながら、吹きつけ続ける冷風にぶるりと身を震わせた。
「藤堂はこの妓のことは見捨てた、ということか」
「そうだろう。どうせそのうち、架岳たちも諦めて戻ってくるさ」
「そうだな・・使い道のある藤堂は未だ殺るわけにもいかぬしな・・」
「まあ、そう上手くいくはずもなかったか」
「この妓はどうする」
冬乃は。違和感をおぼえ。
冬乃を護ろうと、つい先程もあれほどの想いを見せてくれた藤堂が、ここで冬乃を見捨てるとは、到底思えず。
(そうだ・・)
藤堂が、同行に抵抗するはずが、ない。
それならどうして、彼はいつまでも来ないのだろう。
(今、殺さないって言ったけど・・万一藤堂様に何かあった・・なんてことないよね・・・)
胸内を覆い出した不安で、冬乃は漸く怖々と顔を擡げ。道の先を見据えた、時。
(あ・・・!)
「おい、誰か来る」
「あれはっ、まさか」
(総司さん!!)
「どういうことだ!?」
「くそっ、どうする!?」
急速に、冬乃を包み出した強烈な安堵感で、冬乃はおもわず脱力した。
「ひ、怯むな!奴は一人だ!」
「だが・・っ」
一方の冬乃の周りの浪士達は、恐怖と不安を露わに激しく緊張してゆく。
「其処で何をしている」
そうこうするうち、未だ道の向こうから、
鋭い威圧的な声音が向かってきた。
「往来の邪魔だ」
(え?)
けど。そのまるでただ通りかかったかの台詞に、冬乃は目を瞬かせ。
傍らでは、慌てきった浪士達が、いずれも手にさげたままだった刀を咄嗟にばらばらと沖田に対して構えだし、
冬乃ははっとして駕籠のほうへと寄り、息を凝らせば。
「・・随分な出迎えだな」
懐手で近くまで歩んできた沖田の、
ふっと哂った息だけが、静まった路地に落ちた。
(たしかに・・。)
沖田は浪士達に退けとばかりに声をかけただけ、といえばそれだけで。
そこへ浪士達のほうはいきなり抜き身を構え出したのだから、
抜き身を手にさげているだけでも怪しいのに、これではあまりにも不審すぎる反応であり。
その事に漸く気が付いたのか浪士達は、今さら後戻りもできず狼狽えた顔を互いに見合わせたのち、構えたままじりじりと沖田から距離を取りだした。
「き、貴様は新選組の沖田だろう、何故ここに・・!」
「そうだっ、わしらに何か用なのか!」
「天下の往来だ」
居て悪いか。とばかりにすげなく返す沖田に、そんな浪士達は更に戸惑った顔になる。
よほど、
いま沖田が来た道から確実に見えたはずの彼らの仲間とは、何かやりとりがあったのか、まして何かしたのか、なにより藤堂に事情を聞いて来たのか、知りたくて仕方がないのだろうけれど、
それを聞けるはずもない浪士達は、震える剣を只々、握り締め。
それにしてもこの怯え様。
沖田の雷名が敵方に最早どれほど轟きわたっているのか、手に取るようだと。冬乃は目を丸くする。
「大体、俺が新選組だと判った上でそうして刀を向けてくるとは、何か良からぬ事でも企んでいたのだろう」
もはや憐れなほど浪士達が狼狽えた時。
沖田の視線が、冬乃を一瞬だけ捕らえ。
(あ)
「そこの妓は、」
浪士達は更にびくりと身構えた。
「おまえ達の知り合いではなさそうだな」
(そっか・・!)
彼らは、冬乃と沖田の関係を知るはずもない。
藤堂の妓かと確認してきたくらいだ。尤も彼らに、藤堂と沖田が新選組での元同僚である認識は当然あるわけだから、冬乃と沖田も顔見知り、ぐらいは想像し得るだろう。
だがそれさえ、否定すべく。沖田は今、まるで冬乃を初見のように振舞っている。
藤堂に対してそうだったように、下手をすれば冬乃はこの場で沖田に対しても人質になりかねない。
だからこそ、ほんの僅かだろうと浪士達に有利な材料を与えぬ為、完全な赤の他人を装っているのだと。冬乃は理解して。
「その妓を拐かすつもりだったのか」
浪士達が取った距離の分ゆっくりと近づいてきながら、沖田の尋問は続く。
いわゆる未来の世でいうところの、職務質問である。
先の大政奉還で幕府が形式上は消失したとはいえ、この時期まだ朝廷からの委任を受けて実質、幕府の統治下も同然であり。新選組も変わらず市中警固を続けている。
土台、二百六十年もの間続いた体制が昨日今日で突然人々の感覚から消え失せるわけがない事は、
いかに討幕を志す彼らにとて同じで。ついこの前までその体制側の新選組を見るなり逃げ隠れしていた感覚から抜け出せているはずもなかった。
「ま、まさか」
しかもその新選組の、
よりによって一番隊組長が、いま目の前に居るのである。
「なら駕籠かき達は何処に居る」
遂に答えに窮した様子で、男達は強張った顔を再び見合わせた。
「逃げたのだろう?つまりその駕籠は、その妓が乗っていた。それをおまえ達が駕籠を襲って止めたと見るが自然だろう」
(総司さん、刑事みたい・・!)
沖田が来てくれた時点で既に安心しきっている冬乃は、そんな感想まで胸に懐いてほっこりしているけれど、
浪士達のほうはもう、たまったものではないだろう。
一刻も早くこの場を逃げ出したい様子が、冬乃にもひしひしと伝わってきていた。
「誤解だ!わしらはこの妓が駕籠を止めている所に、たまたま通りかかっただけだ!」
(・・・なにその嘘)
彼らの中で先程からよく発言しているこの男は、首領格なのか単に口達者だから代表してるのか不明だが、
冬乃は呆れて文句を言いたくなるところを抑え。今のうちに男達から距離を取るべく、駕籠づたいに後退ることにした。
冬乃の動きには男達の数人がすぐに気が付いたが、たまたま通りかかったと言った以上、もう冬乃の動きを見過ごすしかないのだから。
だけど。
「やましいことは何も無いだと?」
「そっそうだ!」
時間の問題かもしれない。
窮鼠猫を噛む、のは。
人数だけでいえば浪士達のほうが、ずっと有利なのだから。
第一、沖田も、彼らを見逃しはしまい。
「慌てて刀を向けておいてそのような言い逃れが、通じるとでも思うのか」
「っ・・!」
冬乃はできるだけ浪士達から距離を取りながら、手の内の簪を確かめるように握り直す。
沖田が本当に向こうから偶然歩んできたはずがなく。藤堂が来ないという事は、藤堂の人質となっている冬乃の安全の為に、沖田へ託したからこそなはず。
沖田が如何して丁度良く藤堂に会ったのかは、冬乃にも分からないけども。
ともかくもきっと、藤堂を追っていた彼らの仲間は、今ごろ地に斃れていることだろう。
そして、今ここにいる彼らも、
「詳しい話を訊かせてもらう」
もう間もなく。
「屯所へ同行願おう」
(あ・・!)
窮鼠、いずれも抵抗に転じた。
――一斉に、沖田へと斬りかかってゆく浪士達を
沖田が抜き打ちで薙ぎ払った一閃の、
残像を。次には冬乃の瞳が映して。
朱の飛沫の中を、仰向けた四人が声も無く倒れ込んでゆく。
その背後の列では、残る三人が剣を振り被ったまま仲間の血を浴びながら、今しがた一瞬にして眼前で何が起こったのか、
受け止められずに。硬直し。
チャキリ、と鍔の鳴る音に、三人も冬乃もはっと我に返った。
「縄か死か。選べ」
沖田の刀の切先が、中央の男の喉元に真っ直ぐ当てられ。
息を殺した男の、左右で、
「両方御免だ・・!」
残る二人が叫んだ。
「この妓を連れて逃げてやるさっ・・!」
そのまま冬乃に向かってきて、急いで冬乃が簪を構えた時、
「それ以上動けば、こいつが先に死ぬだけだ」
喉の切先が僅かな一寸を突いたのか、沖田の前で男の呻き声が続き。
冬乃に迫っていた二人が、再び硬直した。
「い・・、いいのか!?」
だが間もなく、一人が冬乃へと刀を振り被り。
「貴様がそいつを殺せば、この妓を即時に斬り刻む・・!」
「そ、そうだっ!この妓は藤堂の馴染みだぞ!」
続く男が喚き出した。
「貴様にも情けがあるなら藤堂の妓を見殺しにはしまい!」
「妓を盾にしといて何が情けだ」
「っ・・!」
「それから、」
(あ・・)
つと沖田が二度目に冬乃と目を合わせてきて。
「そっちは“縄” だ」
刹那、
沖田の左手に鞘ごと抜かれた長脇差が、
冬乃へと向かって、投げ渡され。
パシッと、咄嗟に受け取った冬乃の両掌で音が鳴るとともに、
冬乃は抜き払った。
からん、と冬乃の落とした簪が足元で跳ね。
「・・・え」
一連の躍動に瞠目する男達の、
冬乃の前に居るほうの喉元へと、同じく冬乃も切先を向ける。
「そうです。おとなしく縄についてください」
二人が、
「こ、・・の・・!」
一瞬の放心ののち、我にかえったように冬乃へと討ち降ろしてきた、
よりも前、
冬乃は今や得意ともいえる逆袈裟を繰り出して、彼らの腕を下から斬り上げた。
「うぁあああ!!」
浅い傷とはいえ痛みに悲鳴をあげながら男達が、次々に刀を手から零しかけるを、
待つ間も無く、沖田に背から峰打ちで打たれた彼らはそのまま失神し、未だ刀を半分握ったまま地に倒れ込んだ。
見れば沖田の前に居た男も、とうに失神した様子で地に伏している。
「有難う」
冬乃の目の前まで来た沖田の、穏やかな声に冬乃はどきりと顔を上げた。
「冬乃のお手柄だ。これで話も聞き出せる」
(あ・・)
「今回も見事な剣だったよ」
まるで“援け合って” 闘ったのだと、
再びそう言ってくれていることに、冬乃は思わず破顔した。
「こちらこそ、助けに来ていただいて有難うございます」
冬乃は長脇差を納め、両手で沖田へ渡す。
「ああ・・」
それなら、
と長脇差を受け取り腰に差しながら沖田が溜息をついた。
「冬乃を迎えに来たら、茶屋の手前で藤堂が浪士達ともめてた」
(あ)
「迎えに来て良かったよ。虫の知らせだったか」
するとやはり沖田は藤堂に加勢した後、藤堂から託されて冬乃を助けに来てくれたのだ。
(やっぱり援け合って闘ってなんて・・全然ないのに)
沖田が地の三人を縛り出す横で、簪を大切に拾い上げながら冬乃は、小さく息を吐いた。
お手柄と言ってくれたこの捕縛にしたって、そうで。
先の四人を抜き討った直後に沖田は、放心した残りの三人に生じたその隙を狙わなかった。
相手が戦意を喪失した段階で、可能な限り殺すことなく捕らえるほうへと切り替える。沖田は新選組としてそのように動いた迄。
言うなれば今この三人が事実お縄になっていても、沖田の采配であって、冬乃がどうこうした結果ではなく。
大体、彼らは既に沖田の間合いの内に居た。
つまり、あのとき男達が沖田からの降伏するか否かの問いかけに対して仮に『死』を選び、再び沖田に向かっていたとしても、
まして冬乃が刀を受け取るよりも前に冬乃へ斬りかかっていたとしても。どちらにせよ彼らの刀は冬乃に掠ることすら無かっただろう。
結局今回もまた、本当のところは“援け合って” ではないけれど、
沖田は冬乃をいつものように労ってくれているのだと。
「ありがとうございます・・」
おもわず冬乃は頭を下げた。
だから。と立ち上がった沖田が微笑った。
「それは俺の台詞」
「でも・・」
「冬乃の剣になら安心していられた」
冬乃は今度こそ、溢れ出る嬉しさで大きく破顔してしまい。
そんな冬乃へ伸ばされた腕に、次には抱き寄せられた。
「そして・・御免」
(え?)
ぎゅうと冬乃を抱き締める腕が強まり。
「藤堂には、置屋で会わせるべきだった。前回のように」
冬乃は驚いて顔を擡げた。
「・・ですが、それは」
今回置屋の部屋を借りなかったのは、前回と違って込み入ることになる話を置屋に居る抱えの遊女たちに聞かれてしまわないためだ。
「おもえば多少の無理を言っても人払いしてもらうぐらい出来た」
「そんな・・今回の事なんて、」
事態は、
藤堂達の屯所を避けて会うことで、新選組と関わりのある冬乃を万一にも覚えられないようにする・・云々の話どころでは無くなっているのだ。
「初めに想像できたはずがありませんし・・っ、だってこの人達は伊東様を、」
はっと冬乃は息を呑んだ。
「総司さんっ、この人達が話してた事、藤堂様にも早くお伝えしなくては・・!」
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