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ゆく末への抗い
109.
しおりを挟む目が覚めたら、冬乃が横に寝ていた。
いや、冬乃の気配に目が覚めた
が正しいのだろうか。
「・・冬乃」
おもわず呼びかけて沖田は、伸ばした手の内に彼女の柔らかな頬をそのままそっと包みこんだ。
己の褐色の手と対照的な、朝の光に透きとおる彼女の白肌をつたい、柔らかな唇に触れる。
指先に感じる、かすかに温かな吐息。
(冬乃)
今一度。待ちわびた愛しい存在の名を、胸内に囁く。
(おかえり)
その躰を、腕の中へ抱き寄せた。
冬乃を包む、硬い腕の感触、ぬくもり、芳りが。
最も帰りたかった場所へ、真っ先に戻ってこられたことを知らせて。
冬乃は霧から解放されても目を瞑ったまま、身動きしてしまうのさえ勿体なくなってつい息をひそめた。
このまま、この腕の中にずっといたい。
(・・本当に止まってしまえばいいのに)
この世界がこれ以上はもう、先に進むことなく。
そうして永遠にこのひとときに、幾度でも戻ってこられたなら。
もう何度となく繰り返したその叶うはずのない願いを、再び胸内に呟く。
無意識に沖田の胸元へ擦り寄っていたのだろう。
つと頭上で、くすりと微笑う気配がした。
「冬乃、」
こっち向いて
優しい低い声が次には降りてきて冬乃の鼓膜を擽って。
冬乃は、観念して素直に顔を擡げた。
(・・総司さん)
すぐ真上で冬乃を見下ろす澄んだ瞳を、見つめ返しながら、
「おかえり冬乃」
その瞳が嬉しそうに微笑んでくれるのを前に。冬乃は、止まってくれるはずのない時の中、今回の再三すぎる不在をおもえば、酷く申し訳なさが襲ってきて、
「ごめんなさい・・」
押し出した声がおもわず震え。
「次はいつ貴女に逢えるのか、楽しみになってた」
そんな沖田の返しに。
ゆえに冬乃はそのまま瞠目した。
前回もう未来へは帰らないとはっきりと告げたのに、また帰ってしまったことを、
わかってはいたがやはり沖田は責めては来ず、どころか、まるで再び帰ってしまうことがあったとしてさえもそれすら許されてしまいそうな響きで。
(・・そんなふうに)
いつも貴方は優しいから
(私は・・救われてばかり)
「・・・今度こそは」
冬乃は、祈りを籠めて首を振っていた。
「今度こそはもう、戻りません」
一体、既にどのくらいの時が経過してしまったのだろう。
「今日は、いつで・・」
(・・?)
冬乃は大きく顔を上げたことで視界の端に映った景色へふと感じた違和感に、言葉の途中で周囲へと視線を流した。
(此処・・・どこ・・・?)
「屯所を引っ越した」
冬乃の視線が彷徨っているのへ沖田が微笑って答えてきた。
(あ・・っ)
冬乃が未来へ帰ってしまったのは五月。それから暫くして新選組は、西本願寺から屯所をまた新たに移転するのだった。
「そして今日は、」
沖田の恒例の返事が続く。
冬乃は息を凝らした。
(・・大丈夫)
まだ、間に合っているに決まっている。
藤堂の死に、間に合っていないなら、
いま目の前で彼がこんなに穏やかでいるはずがないから。
「十月の十日」
それでも、冬乃はその返事を耳に、震えた息を零した。
藤堂の死の刻限まで、もうあと二月もないところまで来ているではないか。
「今、近藤様と伊東様の件は・・」
恐る恐る尋ねる冬乃へ、しかし沖田は尚穏やかに「それならば、」囁いた。
「心配ないよ」
(え・・)
「つい先日も、伊東さんから内々の協力があったばかりだ」
(・・・あ・・)
そうだった。薩摩の過激分子による暴動の計画が、このころ土佐の陸援隊に潜入していた新選組隊士によって伝えられ、
近藤達は、その情報の正誤確認を伊東に依頼したのだ。
これまでの努力で伊東達は、薩摩や土佐の過激派寄りの志士との交流も着々と深めていた。
そうして伊東は、今回の情報が確かな事を確認し、近藤達にその旨を連絡、
それを受けて近藤達が会津へ報告したのが十月九日、つまり、まさに昨日だったはず。
「だから少なくとも今はまだ、危惧したような事態にはなってはいない」
冬乃は一抹の安堵で、小さく頷いた。
(それなら・・)
歴史通りに、
この時までは、まだ近藤達から伊東への信頼があったのだ。
そしてきっと今も近藤と伊東の二人の志は、同じ方向を向いているはず。
(なのに残りの一月ちょっとの間に、急変してしまうなんて)
永倉の遺した記録では、
この一月ほど後に、伊東達の元へ行っていた斎藤が、伊東の近藤暗殺計画を知って戻ってくることになったとある。
(だけど・・・)
やはりあまりにも、信じ難く。
伊東こそ、そのようなやり方を一番嫌うような人ではないか。
(永倉様ごめんなさい・・永倉様を疑っているわけじゃないんです、でも)
本当に暗殺計画があったのか、
(何かの間違えだった、ってことはないの・・・?)
本当はいったい何があったのか。
真実は未来の世において様々な推察とともに、謎に包まれたまま。
冬乃が帰っている間にも、新選組史に遺るほどの或る哀しい事件が、この分離をめぐって起こっていたはずで。
近藤と伊東の間の秘密裏の関係は、そんな数多の痛みを乗り越えてここまで続いてきたのだろう。
きっと伊東は変わらず長州に寛容的であり、
そして現状の対外的な見せ方も付加されて、今や非常に難しい立ち位置であるにもかかわらず。
(それでも・・・結局は、そのせいなの・・?)
もし冬乃の推測が正しければ、伊東は近藤を裏切ってなどいない、それなのにこの後の近藤がそんな伊東を信じられなくなるような、重大な何かが起こったのだ。
その時から生じた誤解は、最後まで解けることはなく。
今日が十日ということは。
あと四日で、大政奉還を迎える。
これにより薩摩の激派らによる『武力討幕』に向けた朝廷工作が功を成さずに済み、一時的には戦争を回避することになって。
まだ第二次長州征伐からの消耗が癒えぬなかで、再びその時の二の舞が起こることを少なくともこの時点では避けることが叶ったのだ。
(大政奉還の後・・藤堂様に会いにいこう・・。)
本当は伊東が今どう考えていて、何を志すのか。今一度、・・否、今こそ知りたい。
その答えによって、漸く、藤堂にもう少し何かを伝えられるかもしれない。
「冬乃」
(・・あ)
黙り込んでしまっていたことに気が付いた冬乃は、はっと沖田を見返した。
「もしかしたら冬乃は、江戸に来てたかもしれなかった」
(え?)
その謎の台詞に。一瞬にして冬乃の思考は奪われ、
冬乃は驚いたまま沖田を見つめた。
「本当なら、俺は土方さんと一緒に江戸へ隊士募集に行く予定だったんだが、今回も結局、近藤先生の護衛のほうを優先させてもらった」
もし俺が江戸へ行っていたら
沖田がにっこりと微笑む。
「いつ冬乃が戻ってきても真っ先に逢えるように、文机を『肌身離さず』江戸まで持って行ってたと思う」
(あ)
そうなれば冬乃が江戸の地に“タイムスリップ” していたかもしれないのだと。
二人の枕元の文机へとおもわず視線を奔らせながら冬乃は、沖田の先の台詞の意味が分かって、
そして次には、目を見開いた。
思い出して。
(総司、さん)
史実でなら。
このころ沖田が江戸へ行かなかった理由は、結核の発病のせいだった事を。
(良か・・った・・・)
胸奥をこみあげる想いに圧されながら、冬乃は改めて今、目の前の彼が見るからに壮健なさまを、
千代の魂からの願いが、
確かに叶ったのだということを。実感したと同時に、
冬乃の双瞳には涙が溢れてきて。
「・・何故泣くの」
さすがに驚いた様子の沖田が、戸惑った眼で冬乃を覗き込んだ。
「そ、の・・江戸に行ってても、真っ先に逢えるようになんて思っててくれたからです」
咄嗟の、と言っても本当にそれはそれで感動した事を冬乃は慌てて理由に挙げる。
「・・・」
沖田が少し困ったように微笑んで、その大きな手を冬乃の頭に置いた。あやすように撫でて。
そしてつと何か思ったのか、ふっと微笑った。
「まあ、江戸との行き来の“道中” お天道様の真下、だった可能性もあるが」
(・・・あ。)
「その場合、また冬乃に裸で来られたら、土方さんがどうなってたことか」
(う)
確実に怒髪、天を衝いてたとおもいます・・・。
冬乃は未だ頭を撫でられながら胸中おもわず返答する。
「そう思ってみれば、見ものだったか。絶好の機会を逃したかな」
(え)
あいかわらずのドS発言に冬乃が慄いた時。
沖田がその悪戯な眼差しで、急に冬乃の腰を引き寄せた。
(きゃあ!?)
沖田の布団の中、冬乃はそのまま抱き包められたままに。
「裸でこそ無いが」
彼の揶揄う声をすぐ真上に聞く。
「今回は、未来の湯文字も着けてないんだね」
(・・・・あ・・っ)
おむつを外して、なんだかんだでそれから下着を穿いた記憶がそういえば。無い。
(すっかり忘れてた・・・!)
「っ…!」
惑うことなく、温かな手が裾内へ潜り込んできた。焦る冬乃の、裏の腿をその大きな手はゆっくり擽るようになぞり上げてゆく。
まだそこに触る前から、冬乃が下着を穿いてないことを分かっているなんて、
つまり冬乃の目が覚める前にすでに、
(確認済!?)
「もう・・っ」
おむつを脱いでおいたのは大正解だったらしい。
とはいえ。何も着けないで来るなんて、それじゃまるで・・
「・・ン?」
冬乃の頬が紅潮したことは見えていないはずなのに、お見通しのように沖田の微笑った振動が伝わって。
「もう何」
揶揄うようなその声は、あまりにも真近で。
そのうえ強く抱き寄せられたまま密着する内股へ、当たる彼の硬い感触に。
冬乃は遂に息を呑んだ。
太腿を上がりくる、熱を帯びてゆくその手なら、まもなく下着もない冬乃の無防備な臀部に達して。
「ぁ」
その場で数度揉んだ指が、つと、
後ろからそのままするりと冬乃の秘部へと這入り込んだ、
「ッ…」
同時に、
前からは彼の硬いものが、いっそう押し付けられ。
服の布越しなのに。冬乃の内腿に潜り込む、そのどこか凶暴な圧感に、冬乃がおもわず腰を引きかけたとき、
「きゃっ…!」
背後からの沖田の指がいたずらに、冬乃のすでに敏感になっているその場を擦り上げた。
と共に、
冬乃の腰にあった沖田の太い腕は、引きかけていた冬乃の腰をいっそう抱き寄せ。
そんな強い力で今度こそ囲われた冬乃は、もうなすすべもなく。その拘束のなか、冬乃の秘部では長い指が、幾度も、その場を往復しては。
「ぁ、……あ…ぁっ…」
冬乃の息を急速に、乱しはじめ。
「待っ…」
それでも冬乃はまもなく、此処は周囲と隣接しているであろうことを思い出して、慌ててその指から逃れようと身を捩っていた。
(あ)
何故か素直に冬乃の秘部から指が去った、
刹那に冬乃の顎先は掴まれ。くいと沖田へ向かされた。
(え・・?)
すでに生じている快感に涙で少し濡れた瞳を擡げ、潤む視界に沖田を見上げた冬乃の、
乱れかけた息に震える唇は。
次には深く塞がれ。
「っふ…!」
続いて、冬乃の内股に押し付けられていた硬い大きな感触が、布越しに冬乃を、ゆっくり擦りはじめて。
「…ん…ん…ー…っ…!」
腰を捕らえられていて逃げられない冬乃が、おもわず背の側を反らせてみせても、
強靭な拘束も、その噛み付くような口づけも、冬乃を逃しはせず、
気づけば冬乃の尻から秘部へと再び侵入した沖田の指が、むしろ先程よりもその愛撫の濃度をあっというまに増してゆき。
(だ、め)
「ぅ…ン、んっ!」
冬乃は自身の制止の思いとうらはらに、這わされる沖田の指の動きに、瞬く間に翻弄されだして、
さらにはなぞられる前からの布越しの刺激に、最早堪えかねてきつく目を瞑った。
「ふ…っ…、ぅ」
そんな間にも容赦なく、冬乃の歯列を沖田の舌先が割り挿り。冬乃の零れる嬌の声音を塞ぎながらも、冬乃の熱くなる口内を味わうように、蠢いて、
やがて目ならきつく瞑っているのに、焦点が定まらずに振れるような眩暈に見舞われた冬乃は、咄嗟に伸ばした手に触れた沖田の着物を握り締めた。
喘ぐ息の逃げ場もないままに、熱を籠らせてゆく躰は、もう抗うすべもなく。
漸く唇を解放されたころには、
絶えだえな息を。
「…は…ぁ、……ぁっ…や、あっ」
つく間も与えず、
すでに散々にその大きな掌で冬乃の尻を揉んだり持ち上げながら、長い指を冬乃の秘部に潜らせ這わせていた沖田の、
施してくる数々の動きは、
「そぅ、じ、さ…ぁっ、ゃあ、ぁんっ…!」
冬乃を高みへと。押し上げきって。
吐息は最早激しく乱れ、
尚も続く彼の動きひとつひとつに跳ねるように抑えきれない声の、狭間に、それでも冬乃は残る最後の欠片の理性で未だ、
此処は屯所の一角で、きっと離れの一室なわけではないのにと、
「そぅじ…さ…んっ…」
懸命に、
「…だ……め………っ…!」
紡いだとき。
いつのまに服をはだけたのか布越しではない直の、彼のものが。
冬乃の濡れそぼつ場所へと、当てられ。
(あ…)
それからは、もう。
「はぁ……」
冬乃は新しい女使用人部屋で、前屯所から沖田が運び込んでおいてくれた行李を開けながら、つい気だるい溜息をついた。
沖田の部屋の両隣は近藤と土方の部屋だったらしく。
土方は東下中だから不在にしても、近藤は道場で朝の素振りをしているのだと後から沖田に聞いて、冬乃は、
もし近藤が戻ってきていたらどうなってたのかと、背に冷や汗をおぼえて。
それほどに。
冬乃はあいもかわらず、嬌の声を抑えきれていた自信など無い。
沖田が言うには、手加減した、との事だが。
(もうぅ・・っ)
ひとり今さら剥れながら、冬乃は当然一方で、先程までの溺れきったひとときを克明に思い出してしまっては顔がにやけてしまうのだから、冬乃も冬乃でつける薬がないのだけども。
それにしても、これで二度目で。周りがいる沖田の部屋で、彼に“てごめ” にされたのは。
尤も、冬乃の抗いがどこまで本気だったかなんて、自分でも定かではなくても。
(だ、だけど)
離れであった冬乃の部屋だって、本来土方には禁止されていたのに、
(総司さんの部屋で、またあんな・・さいごまで)
「・・・っ」
再び映像が駆け巡り。かあっと頬が熱くなった冬乃は、慌てて頭を振る。
二度あることは三度ある。
冬乃の今もっぱらの懸念は、
(クセになっちゃったら・・・どうしよう。)
誰のクセになるかって、勿論、
冬乃の、である。
(~~~もうぅ)
冬乃は遂におもいっきり顔を覆った。
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