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枯芙蓉
97.
しおりを挟むはらはらと舞いおちる桜の先、
何度か振り返っては遠ざかる藤堂を門前で長く見送っていた冬乃たちは、
やがてその桜色の残像を目に焼き付けたまま、誰もが言葉なく幹部棟への帰路を戻りはじめた。
冬乃の瞳の奥、焼き付いている残像はもうひとつ。
想い起しては冬乃は、小さく息衝いた。
大門の桜色の光景に、
そのとき門前で皆を振り返った藤堂と、彼の前まで歩んでゆく沖田、その後ろに続いた斎藤の姿、
そして、分かっていたように彼らに道を開けた永倉達の、前で。
「・・後は宜しくね」
「ああ」
「達者で」
交わされた親友達の、最後の挨拶。
にしては。あまりに素っ気なく。
なのに言葉にされなかっただけの、言葉以上の想いが、そこには在るように感じられて。
あのときの三人の、その光景は、ずっと冬乃の胸奥を強く締めつけている。
(それに・・)
冬乃には、今すでに関係者には周知なのか、それとも未だこれから決まることなのか、分からない。
だが今回の分離には、斎藤も『参加』することになるはずで。
彼の場合は。
この先どのような経緯になるにせよ、再び組に戻ってくる未来を伴う。
その心積もりが、分離の時点ですでにあったのか、まだ無かったのかも、冬乃には知りようもない。
先の世では、斎藤は土方達から間者としての密命を受けて伊東の傘下に潜り込んだ、とも言われているが、
(でも今は、まだ・・)
水面下でさえ、そんな任務が必要となる敵対状態ではない。
(・・だとしたら・・・)
「斎藤、ちょっと来い」
幹部棟に着いて、其々が昼餉の前のひとときに部屋へ戻る中、
土方がつと斎藤を振り返った。
「おまえも来い」
続いて沖田に声をかけた土方は、そのままくるりと自室へ向かってゆき。
沖田と一緒に部屋へ入りかけていた冬乃は、おもわず歩を止めた。
「部屋で待ってて」
沖田の優しい眼が冬乃を促し、冬乃は慌てて会釈で返し。
廊下をゆく沖田と斎藤の背を見送り、冬乃は部屋にひとり入った。
(斎藤様の分離の件・・・だよね)
――今後、
敵の目を欺くために伊東たち分離隊と新選組は、接触をできるかぎり避けてゆくことになる。
親しい交流を見せてしまっては敵の警戒を解けないのだから、当然に。
かといってあまりにも敵対したように見せかけては、分離組としての立場が成り立たない。
伊東達が分離において拝した御陵衛士の職は、朝廷と直に関わりつつも歴とした幕府側の役職の一つである。
敵方には、伊東達が敢えてその立場に留まることで新選組および幕府側の情報を入手する、と匂わせてあるのだから、
伊東達が新選組とは表向き敵対してはいないように"ふるまう"事自体は必須の事と、敵方は了承していよう。
が、それもあくまで、
親和的交流はもう無い
という範囲での事。
つまり両組間のそんな『対外的な見せ方』には、大変に慎重を期さなくてはならないのだ。
その制約下で、
双方の内情を詳細に把握し、また間者の存在を想定すれば時に内部さえ欺いてでも、近藤と伊東の交流を陰で繋ぎ続ける存在が、双方の組内に必要になる。
その、伊東側の組内での存在として、齋藤が選ばれたのではないか。
(斎藤様なら、たしかに適任なはず・・)
以前の東下の際に、彼は伊東と行動を共にした。それが縁で伊東からの信頼を得たのだろう、伊東に誘われ呑みに出かける斎藤を冬乃は時おり見かけた。
そうして彼は近藤傘下の中では藤堂や亡き山南に次いで伊東と関わりをもち、
なにより両組間でいま繊細に取り扱わなくてはならない政治論を、彼ならばその静かなひととなりで黙して語る事もなく、
さらには、その剣の腕をもってして、今後の敵方の目をかいくぐり双方の"連携" を繋ぐという危険な任務をも遂行できる。
そして。
彼もまた、藤堂たちから話を聞いているならば、
藤堂とともに、伊東の側から、伊東と近藤のすれ違いがこの先に生じてしまわぬよう支える力となってくれるはず。
部屋の障子を開けた沖田を、冬乃はかける言葉が見つからずに声もなく見上げた。
沖田にとっては、親友の二人と今後は表立っての交流ができなくなる。
斎藤ならばいずれ戻ってくる事を、
かといって今、冬乃が気休めに伝えていいとは思えずに。
彼が戻ってくる時は。
まだ史実でならば、伊東達が粛清される時なのだから。
「暫くの辛抱だな」
沖田が呟いたその言葉に、
だから冬乃は驚いて目を見開いていた。
「"暫くの"・・?」
「ああ。どれほど先になるかは分からないが。いずれ全てが収まった後、分離組はまた組に戻ってくる手筈になっている。・・それまでの辛抱」
沖田の言葉に一瞬、泣きそうな表情をみせた冬乃に、
分離組が戻ってくる未来は来ないのだと。
知るとともに、
今の確認をした事への後悔で、沖田は内心嘆息した。
冬乃に直に聞いても答えてはくれないだろう事を、これまでに土方が、こうして彼女の反応を見て確認したことならば何度かあり。
確認したところで、変わるはずのない未来。そうも土方から聞いている。であれば、
それがどこまで変えられないのかは定かでないにせよ、何故己も今このような確認をしてしまったのか、
沖田は再び溜息を落としながら、一方で今知った未来に、沸き起こる懸念でおもわず障子を閉める手を止めていた。
分離組が戻ってこないならば。
(藤堂達はどうする・・否、どうなるのか)
冬乃が苦悩していたこの先の出来事とは、つまり――――
障子を閉める動きが止まった沖田の、向けられたままの背を冬乃は息を凝らして見つめた。
先の沖田の台詞に一瞬こみ上げた感情を隠しきれていただろうか、不安になりながらも、
あの時、だが沖田はすぐに障子を閉めるべく冬乃に背を向けたため、おそらくは冬乃の表情を殆ど見てはいないはずだと。
そう祈るように彼の背を見上げた矢先で。
そして長いように想えた、短い時間の後。
「冬乃」
静かな眼差しが、障子を閉め切って振り返った沖田から届いた。
「今なら話せる事があれば、聞かせてほしい」
心の臓を掴まれたような感が、冬乃の息を奪い。
あの時折の、冬乃の心奥まで見透かしてしまうような眼に、
射貫かれたように。やがて冬乃の前に座った沖田から冬乃は目を逸らすことができず。
「冬乃の言っていた近藤先生と伊東さんの"口論"をもし避けられなければ、・・どうなるのか」
その問いは、冬乃の耳奥で只々残響して。
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