430 / 472
枯芙蓉
92.
しおりを挟む冬乃がまた難しい顔をして考え込んでいる。
己の腕枕に乗る彼女を見下ろし、だが沖田は少しばかり安堵していた。
こころなしか、以前のように悲嘆で思い詰めたかの表情とは違い、今の冬乃のそれはどことなく晴れやかに、希望を見出したかの表情にすらみえるのだ。
(いや、むしろ)
強く未来への祈りを、籠めるかのよう。
「きっと大丈夫・・・」
ついに無意識に呟き出した彼女に。
「冬乃」
そして沖田も、ついに声をかけた。
はっとした顔になって沖田を見上げてくる冬乃の、長い睫毛が扇ぎ、艶やかな黒曜色の双眸が大きく見開く。
何度見ても可愛らしい、その我に返った時の表情に、沖田は相好を崩しつつ。
「何か良い事あった?」
直に聞いてみた。
加速する政局の不安定な状況下、昨今ふたたび強化している巡察に、沖田は朝から晩まで屯所を留守にすることが多い。
寂しそうな冬乃が、それでも唯、ろくに休めていない沖田を心配して、毎晩そっと滋養に富んだ夜食を沖田の部屋に置いていく。
沖田も帰屯後の夜更けに冬乃の部屋を訪ねるのは長く控えていたが、漸く得る久々の休みを前に我慢も限界にきていた昨夜、冬乃の部屋を覗いてみたのだった。
まるで待っていたかのように起きていた愛妻を目にし、自制のぎりぎりのところで健闘し。
それでも情交の名残なお強く、つい先程までびくとも動かず眠っていた彼女を腕に。今朝に至る。
(さて)
冬乃が眠りから覚めて目を開けたと同時に、沖田は冬乃が見上げてくるより前に一瞬目を瞑ったのだが、冬乃のそれと違い、沖田のそんなたぬき寝入りに彼女が気づくことは無い。
今も沖田が声をかけるまで延々と考え込んで、きゅっと眉間に皺を寄せたり、かと思えばぱっと両眉を上げたり、例の百面相を繰り広げていた冬乃に、
沖田はどうするとこんなにも可愛い生きものが世に存在するのかと、感慨深くさえ思いながら。
「良い事・・ですか」
びっくりした顔のまま聞いてくる冬乃に、
「そう、良い事」
おうむ返して促してみせれば、冬乃のほうは心外そうに再び目を瞬かせた。
「そんなふうに見えました・・?」
「違うの?」
「いえ、・・・・・・そうかもしれません」
随分と間延びした返答が、返ってきた。
いつのまに起きていたのか、冬乃をその優しい眼差しで見下ろしてくる沖田に、冬乃は頬肉が崩れそうに緩むのを内心懸命に抑える。
漸く、こんな朝を迎えられたのだ。
もう長い間、沖田は多忙で、顔を合わせることも数えるほどで。
(・・狂っちゃうかと思った)
それも今、沖田は本来の運命でなら千代の看病も同時にしていた時期だ。
そして、冬乃が想像した通りならば逆算してこの時期、沖田は体調を崩した可能性が高い。
気が気でなかった。
激務で休めていない分せめて栄養たっぷりの食事を摂っていてほしいと、冬乃は連日のように夜食を作って沖田の部屋に置いておいた。
少しはその功もあったのだとしたら嬉しい。今のところ沖田の体調は問題なさそうだった。
(昨夜もあんなに・・・だったし)
思い出してしまい頬が一瞬で蒸気した冬乃は、慌てて顔を伏せる。
沖田の言うような良い事といえば、冬乃にとってはまさにそれなのだけど、彼はもちろん別の事を示しているのだろう。
伊東と近藤の事であれこれまた考えていたところを見られていたようだから、冬乃が彼らの件で解決策が出つつある事を、冬乃の様子から感じ取ったのかもしれない。
(良い事・・・だよね。確かに答えとなりえるのなら・・)
「近藤様と伊東様が"口論" しなくて済む方法が、もしかしたら見つかりそうなんです」
冬乃は沖田を見上げた。
「・・その時がきたら、総司さんに真っ先に相談させてください」
「有難う」
彼はそんなふうに返し、冬乃の片頬を撫でた。
「待ってるよ」
冬乃は再び沸き起こる歓喜に、染まる頬を微笑ませた。
0
お気に入りに追加
927
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる