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枯芙蓉
92.
しおりを挟む冬乃がまた難しい顔をして考え込んでいる。
己の腕枕に乗る彼女を見下ろし、だが沖田は少しばかり安堵していた。
こころなしか、以前のように悲嘆で思い詰めたかの表情とは違い、今の冬乃のそれはどことなく晴れやかに、希望を見出したかの表情にすらみえるのだ。
(いや、むしろ)
強く未来への祈りを、籠めるかのよう。
「きっと大丈夫・・・」
ついに無意識に呟き出した彼女に。
「冬乃」
そして沖田も、ついに声をかけた。
はっとした顔になって沖田を見上げてくる冬乃の、長い睫毛が扇ぎ、艶やかな黒曜色の双眸が大きく見開く。
何度見ても可愛らしい、その我に返った時の表情に、沖田は相好を崩しつつ。
「何か良い事あった?」
直に聞いてみた。
加速する政局の不安定な状況下、昨今ふたたび強化している巡察に、沖田は朝から晩まで屯所を留守にすることが多い。
寂しそうな冬乃が、それでも唯、ろくに休めていない沖田を心配して、毎晩そっと滋養に富んだ夜食を沖田の部屋に置いていく。
沖田も帰屯後の夜更けに冬乃の部屋を訪ねるのは長く控えていたが、漸く得る久々の休みを前に我慢も限界にきていた昨夜、冬乃の部屋を覗いてみたのだった。
まるで待っていたかのように起きていた愛妻を目にし、自制のぎりぎりのところで健闘し。
それでも情交の名残なお強く、つい先程までびくとも動かず眠っていた彼女を腕に。今朝に至る。
(さて)
冬乃が眠りから覚めて目を開けたと同時に、沖田は冬乃が見上げてくるより前に一瞬目を瞑ったのだが、冬乃のそれと違い、沖田のそんなたぬき寝入りに彼女が気づくことは無い。
今も沖田が声をかけるまで延々と考え込んで、きゅっと眉間に皺を寄せたり、かと思えばぱっと両眉を上げたり、例の百面相を繰り広げていた冬乃に、
沖田はどうするとこんなにも可愛い生きものが世に存在するのかと、感慨深くさえ思いながら。
「良い事・・ですか」
びっくりした顔のまま聞いてくる冬乃に、
「そう、良い事」
おうむ返して促してみせれば、冬乃のほうは心外そうに再び目を瞬かせた。
「そんなふうに見えました・・?」
「違うの?」
「いえ、・・・・・・そうかもしれません」
随分と間延びした返答が、返ってきた。
いつのまに起きていたのか、冬乃をその優しい眼差しで見下ろしてくる沖田に、冬乃は頬肉が崩れそうに緩むのを内心懸命に抑える。
漸く、こんな朝を迎えられたのだ。
もう長い間、沖田は多忙で、顔を合わせることも数えるほどで。
(・・狂っちゃうかと思った)
それも今、沖田は本来の運命でなら千代の看病も同時にしていた時期だ。
そして、冬乃が想像した通りならば逆算してこの時期、沖田は体調を崩した可能性が高い。
気が気でなかった。
激務で休めていない分せめて栄養たっぷりの食事を摂っていてほしいと、冬乃は連日のように夜食を作って沖田の部屋に置いておいた。
少しはその功もあったのだとしたら嬉しい。今のところ沖田の体調は問題なさそうだった。
(昨夜もあんなに・・・だったし)
思い出してしまい頬が一瞬で蒸気した冬乃は、慌てて顔を伏せる。
沖田の言うような良い事といえば、冬乃にとってはまさにそれなのだけど、彼はもちろん別の事を示しているのだろう。
伊東と近藤の事であれこれまた考えていたところを見られていたようだから、冬乃が彼らの件で解決策が出つつある事を、冬乃の様子から感じ取ったのかもしれない。
(良い事・・・だよね。確かに答えとなりえるのなら・・)
「近藤様と伊東様が"口論" しなくて済む方法が、もしかしたら見つかりそうなんです」
冬乃は沖田を見上げた。
「・・その時がきたら、総司さんに真っ先に相談させてください」
「有難う」
彼はそんなふうに返し、冬乃の片頬を撫でた。
「待ってるよ」
冬乃は再び沸き起こる歓喜に、染まる頬を微笑ませた。
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