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再逢の契り
88.
しおりを挟む愛してると、
口にし合った時の事をふと想い起こし。冬乃は、下ろしたままの簾の向こうで揺れる町並みを目に、ひとり頬を赤らめた。
いまは無事に全てが終わって、行きと同じく武家駕籠で帰路を行くさなか。
昨夜夕餉の後、沖田扮する井上二代目宗次郎は、家の主人、親分を訪ねた。
親分のことをひどく心配している子分達の為に、あの侍を追い出した方が宜しいと。
「不肖手前が手助けいたします」
かわいい子分らを一番に大事にする親分とお見受けしたからこその、差し出がましい進言と何卒お受け取りください
そう言った沖田に。親分は二つ返事で頷いた。
「ご忠告、謹んでお受けいたします」
侍の目に余る所業に内心、苦い想いでいた親分には、第三者の旅人が用意してくれたそのきっかけを無下にする理由など無かったのだ。
かくして翌朝一番で、侍を無事に家から放り出した。もちろんそれ迄には一悶着あったのだが、
沖田にあっという間に刀を叩き落とされた侍には、ただでさえ多勢に無勢、それ以上はもう暴れようがなく。
丸腰のままで侍がこれまでの礼ひとつ言わず悪態をつきながら往来を数十歩行った角で曲がった先、
待ち構えていた新選組にしっかり捕縛されたことまでは。
親分たちは知らない。
最後まで沖田たちは身元を明かさなかった。そのほうが、中立を望む親分たちにとっては良いだろうと判断したからだ。
彼らが侍を匿っていた事についても、積極的協力は無かったとして今回は不問に付した。
しかし変装していたとはいえ、いつか偶然に町中で近距離で出会ったりすれば気づかれる可能性はあるだろう。が、その時はその時である。
侠客夫婦とたばかって潜入捜査で家に入り込んだことを、知ったら知ったとて、
結果的に厄介者の侍を追い出せた顛末の有る無しに関わらず、あの侠気ある親分ならば責めはしまい。
(良い人たちだったなあ・・)
帰り際の、彼らのあいかわらず気持ちの良い送り出しの挨拶を思い出して、冬乃はおもわず顔を綻ばせた。
(総司さんの侠客姿も見納め)
ちょっと残念な想いも抱えつつ。
簾の向こうには見慣れた町並みが見えてくるなか冬乃は、時おり吹き付ける風に寒そうに身を縮こまらせている人々の姿を眺めた。
皆、もうすっかり冬の装いだ。
駕籠の囲いで直風からは守られている冬乃でも、厚めの袷を纏うとはいえ着崩して露わな肌が、ぶるりと冷気で鳥肌立つのを感じた。
(ついに、冬が来てしまう・・)
明けない"冬" が。
次には冬乃は、そんなことを再び思い起こしてしまい。今度は心の底からの悪寒に大きく身震いした。
(・・いいかげんにして・・・!)
きつく念じるように目を瞑っても、
心の目ごと瞑ることは最早叶わず。
最近はこうして些細な事からでさえ、この先に迫る未来へと刹那に意識が向いてしまうようになっている。
いつになれば。未来を見据えることができるようになるのか。
(総司さん)
冬乃は髪へ手を遣って、そこに在る櫛に触れた。
あの日の再逢の契りは、
迫りくる未来を怖れている冬乃を憐れむように、冬乃の心奥で静かに燻っている。
千代を看病した先にある結末も、かわらず気懸りなまま。
先のわからないその未来も、
沖田の死を迎える、そのわかりきった未来も。
(・・いまだに両方とも受け止めることができないで)
この先、どう立ち向かえるつもり
いつのまにか握り込んでいた櫛に、掌が痛みを訴え。冬乃はそれでも離すことも忘れ、茫然と心の袋小路に佇んだ。
冬の到来を告げる確かな風が一陣、ばさりと、簾をはためかせていった。
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