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再逢の契り

84.

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 火傷の痕を隠すそぶりで頭巾を着け直した沖田、後ろには冬乃、さらに後ろをメタル三人組が付き従うようにして連なり、『井上二代目宗次郎侠客一行』は案内される縁側の廊下を進んでゆく。
 
 整った庭に見守られて縁側を行ききった先、角の部屋の前で、案内役の者が立ち止まった。 
 
 「どうぞ井上の親分ご夫婦は、此処をお使いください。ほんでスズさん達の部屋はこの向こうの・・」
 
 その案内が終わるより前、突如つらりと隣の部屋の障子が開かれた。
 
 (あ・・っ)
 内心声をあげたほどの驚きを冬乃は咄嗟に隠し。さりげなさを装って少し目を伏せながら、
 
 同じく全く驚いた様子をみせない沖田が、軽く礼をしてみせるのを冬乃は視界の端に映して。
 
 その一方の端では。
 
 「なんじゃ、客か」
 
 隣の部屋を出てきたばかりの、その二本差の侍が顎の無精ひげを撫でながら、ぼそりと呟いた。
 
 
 「・・へい。親分のお客ですわ」
 
 案内役の男が、何故かすこし煩わしそうな声音で答えた。
 
 「わしの他に客が増えようと構わんがうるさくはしてくれるなよ。こっちは日夜、天下のまつりごとの相談をしているんだからな」
 
 なんだか偉そうなやつ
 侍の返しに、冬乃は目を伏せたまま胸内で感想する。
 
 「お侍さん、えろうすんまへんな。お隣しばらくお邪魔しますわ」
 スズがやはり感情をみせない声で、すかさず答えた。
 
 その男はフンと鼻を鳴らすと、よれて皺だらけの袴を捌きながら廊下を去っていった。
 
 
 「今のは」
 
 沖田が尋ねると、
 
 「ここ一月、親分が面倒みてはる侍ですわ」
 案内の男が大きく嘆息した。
 
 「なんや自分は長州様と昵懇や言うて、攘夷のために働いてる、部屋貸してくれ言うて来まして。親分は頼ってくる者には素性かまわず等しく面倒みはる侠客さかいに、あっさり貸してもうたんです。・・わてらはやめた方がええて進言しましたんやけど」
 
 「と仰ると」
 
 沖田のさりげない促しに、彼は日ごろの鬱憤があるのか身を乗り出してきた。
 
 「そりゃ、いくら攘夷や言うてるとはいえ、おおやけに長州様は天子様の敵方ですさかい。なにかのまちがえやとしても、それが撤廃されへんうちは、長州様と昵懇の侍を匿うていいわけがありしまへん。
 町方にはぼちぼち長州様を贔屓して匿うてる者がいてますけど、わてらからしたら阿呆ですわ。もしなにかのまちがえやのうて長州様がほんに天子様の敵やったらどないする気や」
 
 (よかった・・・)
 冬乃は、聞きながら心の底からほっとしてしまった。
 
 これなら、彼ら侠客一家は、たいして罪にとわれずに済むのではないかと。
 彼らは彼らのもつ独自の心意気で、あくまで頼られたから部屋を貸しているだけに過ぎない。
 (そう、貸してるだけ)
 決して積極的に反幕府的活動に協力しているわけではない、と、この場合いえるのではないか。
 
 
 「それにあの侍、日に日に横柄になりますんのや。なぁにが日夜まつりごとの相談や・・!他のさんぴんども連れ込んでどんちゃん騒ぎしくさって、えらい迷惑してますんや。まるで一昔前の天誅さわぎ起こしよった奴らと同じですわ、攘夷のためや振りかざして、金せびって、何してもええっちゅう態度や・・!」
 
 その当時に被害に遭ったりしたのだろうか。随分と怒りのこもった口調に、冬乃は同情の念をもおぼえて彼をまじまじと見つめた。
 
 「だいたい、これ以上匿うて、このままあない頻繁にさんぴんどもに出入りされよったら、親分の身かて危険に曝されますわ。新選組や見廻組に見つこうたら大変やってんのに・・・わてらが身代わりで済むんならええんですわ、もしそういかずに親分がとっ捕まってどないな目に遭うてまうか思うたら、心配で心配で・・!」
 
 
 「・・成程」
 
 何か思案するように相槌を打った沖田を、冬乃は頭巾の下からハラハラと見上げた。
 「・・・」
 スズたちもこころなし緊張した様子で沖田を見上げている。
 なにをかくそう新選組は、今まさに此処に居るのだから。

 
 「ならば不肖、この井上の宗次郎、一役買わせていただきましょう」
 
 (・・え?!)
 
 だが続いた、まさかの沖田の台詞に。
 案内の男は勿論、スズたちも冬乃も、いったいどうするのかと揃って目を瞬かせた。
 

   
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