碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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再逢の契り

79.

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 おもわず内心で叫んだ冬乃の横では、さっそく沖田が委細を山崎に確認し始め、それを聞きながら近藤が食事を始めて。
 
 残る土方をちらりと見やれば、腕を組んでちょうど冬乃を見ている土方と、ばちっと目が合った。
 ばち、はもちろん火花である。
 
 (って、なんで)
 
 組んだ腕がいっそう威圧的な冬乃の天敵は、次には冬乃を上から下まで吟味するように視線を流すと、再び冬乃の双眸を見据えてきた。
 
 (なんですか!)
 
 「歳は冬乃さんにどんな格好をさせようか考えているんだろう」
 二人の火花に気づいた近藤が、慌てて代弁してきて。
 
 (え)
 冬乃は瞠目した。
 
 (恰好?)
 やはりドレスコードがあるようだ。本当に胸にサラシを巻いてチラ見せするはめになるのだろうか。
 
 「せやな、髪をおろしてはるのはそのままでええ。化粧はたんまり、服は町娘仕様でええけども、適当に着崩してもらいます」
 続けて山崎が告げてくる。
 
 (その着崩すって、どのぐらいですか・・)
 
 慄く冬乃に、そして横から沖田が継ぎ足した。
 「木刀の携帯と、布で目から下を覆うのも忘れずに」
 
 (・・・んんん?)
 
 そして冬乃の脳裏に完成した想像図。
 
 流し髪で、くのいちみたいに布巻で目だけを出した顔、その唯一見える目元には濃い化粧、肩から落ちそうな両襟、のぞくサラシの胸元、太腿が見えそうな緩い裾、その手には木刀。
 
 (・・・・。)
 
 
 眉間に皺が寄ったらしい。
 沖田に面白そうに指で眉間をなぞられ、冬乃は目を瞬かせる。
 
 「そないに力まなくてもええ、適当で」
 山崎もたまらなそうに笑いだした。
 
 「それに裏で鉄さんに動いてもらう手筈は付けとる。冬乃はんは、その場に沖田はんの女房としてただ居てくれはるだけでええんや」
 
 (・・鉄さん?)
 
 「そういえば、冬乃さんは鉄さんとはまだ面識がないんじゃないか」
 近藤が茶を手に呟く。
 
 「あ、そうでしたか。鉄さんいうんは、ここいらの界隈で名の知れた博徒ですわ。会津様と新選組に多大に協力してくれてはる侠客や」
 
 (それって、もしかして・・)
 
 今度こそ冬乃は、目を見開いていた。
 
 通称、会津小鉄、ではないか。
 
 金戒光明寺の会津屋敷建設に携わった侠客清八とのつながりで、会津と関わるようになったいわれ、長らく会津と新選組の京都での活動に縁の下の力持ちとして尽力し、
 
 のちの鳥羽伏見の戦いでは、野ざらしにされていた旧幕府軍の遺骸を危険を顧みずに回収して、金戒光明寺に埋葬したという、まさに任侠の人だ。

 函館戦争で旧幕府軍の遺骸を埋葬し、慰霊碑として碧血碑を建てた柳川も、侠客であった。慶喜と親交深い江戸の一大侠客である新門の、その子分でもあった人。
 
 (そうだ・・)
 生家がここ西本願寺の御典医であったという美濃の佐幕派侠客、水野は、藤堂たちが新選組を分離する際にも関わり、
 のちには、兄である伊東を殺された鈴木とともに、新政府側として転身し赤報隊に加わることになる。

 幕末維新にかけては、こうした多くの侠客たちが、幕府方または反幕府方として裏で活躍していたことを。冬乃は思い出した。
 

 そんな侠客たちのひとり、会津小鉄。

 (・・・どんな人なんだろう)
 





 「姐さん、御控えなすって!」
 
 そうして翌日。
 
 顔合わせで組まで忍ぶようにやって来た小鉄が、冬乃に会うなり刹那に発したその台詞と動作に。冬乃は固まった。
 
 手をまっすぐに突き出してきて、低姿勢で冬乃を見上げてくる彼を前に。
 
 (ど、どう返せばいいんだっけ!?)
 
 この動作、冬乃が時代劇で見たことのある彼ら特有の初対面の挨拶ではなかったか。仁義を切る、とかいう。

 困った冬乃が、一寸のち、ここは同じく小鉄の真似をしてみることにして、腰を下げ、片手を前に、残る手を背に、おずおずと構えたところで。
 
 隣で沖田が噴いた。
 
 「ここまで不自然だと、さすがに当日まで特訓だね」
 
 (う)
 特訓とは、もしやこの挨拶をだろうか。
 
 「へえ、まあ未だ時間はありますさかい。当日、姐さんは仁義だけしかと切らはったら、あとはずうっと黙っててもろうてええんどすわ。うちの子分どもが繕いますさかい。それ以上の、子分どもの面倒事につきましてはすんまへん沖田はん、ひとつ何卒よろしゅう頼んます」
 
 「いや、こちらこそ」
 にこやかに頷く沖田の後ろで、土方が同じく頷いた。
 「当日の段取りについては特に変更はありません。協力、感謝します」
 
 「なんてことありしまへん」
 やがて姿勢を正した小鉄を前に。
 冬乃は、改めて緊張をおぼえていた。
 
 相当な場数を踏んできたに違いなく。顔も腕も古傷だらけ、よく見れば指の数もいろいろ足りない。
 
 小柄なことから小鉄が愛称となったらしいが、その身から醸し出す気配は、体の小ささを超えて力強く、威風に満ちている。
 
 (これが“侠客”・・・)
 
 ただのならず者たちとは一線も二線も隔てる、侠客と称されうる彼らは、
 仁義を貫く生き様をもってして同じく、武士とも通じるものを持つのだろう。
 
 (・・・私なんかに務まるのかな、侠客)
 
 今から不安になってくる。
 昨日の山崎や今の小鉄の話からして、とりあえず賭博で丁か半かまではやらなくてよさそうだが。
 
 「姐さんなら大丈夫ですわ」
 
 ちろりと、小鉄がそんなふうに言って冬乃を見上げてきた。よほど顔に出ていたらしい。
 
 「姐さんからは、太い芯が一本通ってはるのを感じますわ。姐さんやったら、うまいことやれます、心配せえへんで堂々と振舞っとくれやす」
 
 (え・・)
 
 「有難う」
 沖田がまるで代わりに礼を言ってくれるのを耳に、冬乃はほろほろと緊張が解けるのを感じて。
 
 「が、がんばります・・!」
 
 冬乃も、大きく礼をした。
 
 
 当日の段取りはこうだ。
 
 武州からの旅の夫婦を装い、京で反幕府側の志士達に協力している疑いがある侠客の、その縄張りに入り、
 そこで一宿一飯を願い出る。博徒の世界では通例、その地を仕切る者の世話になりにゆくのが筋なのだという。それを敢えて利用するのだ。
 
 その家に匿われているかもしれない志士や、そのほか出入りする者を内から確認し、捕縛等の対応を行うために、以前の潜入捜査の時と同様、怪しまれずに部屋を借りるまでが冬乃のいちばんの仕事だ。
 
 小鉄のほうからは、界隈で未だ顔が知られていない子分を数人、沖田たちの子分として供につけてもらい、外で控える山崎ら監察との間の、諸処の連絡係として動いてもらう手筈になっている。
 

 (そういえば・・・)
 
 冬乃はそっと横の沖田を見上げた。
 
 (総司さんは、どんな格好になるの?)
 

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