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再逢の契り
75.
しおりを挟む覚悟、したのに。
ふたりの姿は湯気の目隠しに、冬乃の息遣いは風の音に、隠れて、
「ぁ…ンン…っ…」
それでも尚、辺りに零れゆく艶やかな調べには、
「・・冬乃」
覚悟がたりていないと、示されるかのように。幾度も、沖田に手で唇で、交互に口元を覆われては立ちのぼる情感に身の芯を震わせて、
冬乃は。
懸命に、耐えていた。施されるすべてに、
もうなけなしの理性なんて解放してしまいそうになりながら、
この露天で、いつ誰が来てもおかしくないなかで。
「冬乃の覚悟が」
いじわるな愛しい人なら、
「どこまで、もつか」
「んんっ…!」
もちろん、愉しんでいて。
「え、そこ、はだめぇ…っん…やぁあ…!」
ついには悲鳴さながらの声をあげる冬乃を、
「全然、覚悟がたりないね」
わざとらしい溜息とその台詞とはうらはらに、ひどく愛しげに抱き包める沖田の、
数えきれないほどの何度目かの口づけとともに。
冬乃の身の奥をひときわ深い快感が奔り抜けた。
時おりの風以外には、
ふたりの息遣いだけが、湯気を揺らして、
湯の中で秘められた抱擁を知るものはいま泉を囲う木々と天上の月だけ。
ちゃぷちゃぷと跳ねる湯の音も、冬乃の耳には届かず、只々夢中で冬乃は目の前の沖田の首に腕を絡めて、
幾度も閉じそうになっては見上げる瞳に、彼の優しく強く熱の籠った眼ざしを映す。
「総司さ…ん」
身も心もすべてが、愛する存在で満たされて、
他に何も考えられなくなって、
このときだけは。
冬乃の望む本当の、ふたりきりの世界になる。
だから。
「ずっと…こう…してて…」
冬乃は吐息の狭間に、そんな願いを囁いて、
沖田の汗に光る首元へ唇を寄せた。
「・・二人して、のぼせて帰りそうだ」
くすりと微笑う返事が、冬乃の耳元に落とされた。
まさに、のぼせ同然で帰った二人は。
遅めの夕餉が部屋に運ばれる間に大量の水を消費したのち、
「口開けて」
こんな後には、いつものごとき体勢で。
食事を開始した。
いわずもがな、力の入らない冬乃を沖田が抱きかかえた体勢である。
「美味い?」
微笑って聞いてくる沖田に、美味しいけれど食欲の出ない冬乃は困り顔で頷いてみせる。
縁側から吹き込む晩秋の風は、普段の冬乃になら肌寒いはずが、今ばかりは心地よく。
つらりと揺れる行灯の火が、沖田の腕の中でくったりしている冬乃と、対照的に旺盛に食べ出す沖田を照らしては、二人の後ろに穏やかな影をのばす。
『おねが…い、もっと……』
あのとき幾度も、冬乃が頼んだこと。
これもだから自ら招いた事態。
美味しい食事が喉を通らないくらいは、諦めもつく。
(でも眠いのは・・・・)
最後には沖田が冬乃の限界を見極め問答無用で湯から上がったおかげで、いま冬乃はこうして一応は無事なのだけども、
ややもすると瞼が落ちてきてしまうことには閉口しきりで。
(ああもう・・)
夜はまだ長いのに。
沖田との旅先での貴重な夜を長い睡眠で潰したくない冬乃は、必死に瞼を持ち上げる。
こっそり腕をつねりつつ。
でも効果は無い。
前に一度冬乃は、沖田は眠くならないのかと不思議になって聞いてしまったことがあった。沖田曰く一時的には眠くなることもあるものの、くったりした冬乃を放っておけぬ場ではあれこれしているうちに眠気も飛ぶらしく。
(なんだか、ごめんなさい)
冬乃は思い出して項垂れる。
冬乃のほうはといえば、いつも深い底なしの幸福感に身ごと溺れこんで、そのままなかなか上がってこられないというのに。
しょぼくれた冬乃を、沖田がどうしたのかと覗きこんだ。
冬乃は眠気でもはや涙まで滲む瞳をもたげ、沖田を見上げる。
「・・眠たい?」
伝わってしまったらしく。諦めて冬乃は、沖田が苦笑するのへ素直に頷いた。
「でも、寝てしまいたくないんです・・」
呟いたと同時に、瞼に口づけが優しく降ってきた。
いいから寝てなさい
ということだ。
(ハイ・・)
冬乃はついに観念し。沖田に凭れるまま、おとなしく目を瞑った。
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